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不死身の女公爵は恋をした

作者: 千秋 颯

 アンジェラ・クウォーク女公爵は不死身だ。

 三百年前、王国へ訪れた巨龍を魔法によって打ち倒した功績を持つ彼女はその時の戦いの代償に不死身の呪いを受けた。

 国を救った彼女には莫大な領地と富が与えられ、それから数百年に渡って彼女は女性でありながら公爵という地位に在り続けている。


 そんな彼女の元にはこの三百年間、家が傾き、没落の危機に瀕した貴族の令息が何人もやって来ては婚約を申し出ていた。

 彼女は不死身の為、世継ぎを必要としなかったが、金は有り余る程持っていた為に婚約を申し出た者達の申し出を受け、婚姻を結び、金銭的な援助を行ってきた。


 そして数年前、何人目かの夫を亡くしたアンジェラは再び独り身へ戻った。

 悲しみはしなかった。

 彼女は自分へ婚約を求める男性たちは皆金にしか興味がない事を知っていた。


 例えかつての英雄と呼ばれ、国から名誉を与えられようとも、不死身という異質な存在が社交界で嫌われる事は避けられなかった。

 魔女と揶揄される事もあるアンジェラ。自身へ向けられる嫌悪に気付いているからこそ、彼女は社交界に滅多に顔を出さない。

 そんな者へ婚約を求めるような者の動機など、政略的なもののほかに存在はしない。




 そして現在。

 アンジェラの元へ十歳の少年が訪れた。

 ニール・プロウライト。伯爵家の次男だ。

 勿論目的はアンジェラとの婚約。プロウライト家の財政はこの時すでに火の車だったのだ。


 家の都合に巻き込まれ、年増の婚約者に選ばれるなどとアンジェラは多少の同情心をニールに抱く。

 だがここでアンジェラが断ればそれこそ、プロウライト家に未来はないだろう。

 アンジェラはあっさりとそれを受け入れた。




 「家の経済が安定すれば、いつでも婚約破棄を申し出て良い」


 アンジェラは常々、ニールへそのような事を言っていた。

 婚約し、交際を始めたばかりのニールは不思議そうな顔をしながら「わかりました」と答えていた。


 しかし年を重ね、青年とも呼べる大きさにもなれば彼は口が達者になった。


「申し出て良い、という事は、申し出なくても良いという事?」

「そうまでして家の未来の保証を望むか」

「俺はアンジェラと一緒に過ごしたいだけだよ」

「下手な嘘を」


 婚約者同士である二人は定期的に顔を合わせていた。

 この日も、アンジェラの家の庭で二人はお茶を飲み交わす。


「ねえ、結婚はしてくれないの」

「しなくても困らないだろう」


 財産の共有は婚姻してからが常識ではあるが、アンジェラへ婚約を申し出た時点で相手の思惑は理解している。

 故にアンジェラは婚約を結んだ後から、相手の家に援助を行うようにしていた。

 だからプロウライト家も、わざわざ無理矢理にアンジェラとニールの結婚を進めずとも困るような立場にはないのだ。


 だがそう考えるアンジェラの言葉にニールは不満そうに口を尖らせた。


「家は困らないだろうけど、俺はしたいよ」

「生憎、君のような子供に恋慕は抱けないし、結婚するメリットも感じられないな」

「俺、一応成人したんですけど?」


 大半から見れば大人の仲間入りを果たしたニールの歳など、三百年も生きたアンジェラからすれば余りに可愛らしい数字だ。

 アンジェラはカップに口を付けながら小さく笑った。


 ニールは不服そうに息を吐いてから、話し始める。


「俺は、アンジェラが色んな人と婚約して来た理由を知っているよ」

「金が有り余っているから」

「それだけじゃない……でしょ? いくら金が余っていたって、無駄だと思う事に使う人はいない」


 ニールはアンジェラを真っ直ぐと見つめる。

 婚約者を映す彼の瞳が、愛おしそうに細められた。


「寂しいんだ」

「寂しい」


 ニールは頷く。


「一人は寂しくて、それに誰かの温もりを求めたくなる。だからアンジェラは助けを求めて来た俺みたいな人間を無条件で受け入れる」


 彼から語られる言葉を聞きながらもアンジェラの心には実感が伴わず。

 他人事のようにアンジェラは聞いていた。


「それに気付けないくらい不器用で、けど優しくていじらしい貴女が好きだよ」


 頬を染めながらそう言ってはにかむニール。

 彼が不治の病に倒れたのはそれから半年後の事だった。




「ニール」


 プロウライト伯爵邸を訪れたアンジェラは、ニールの部屋へ足を踏み入れる。

 ベッドの上で縮こまり、掠れた咳を繰り返していたニールはゆっくりと寝返りを打ち、アンジェラを見やる。


「……やあ、アンジェラ」


 その顔は酷くやつれていて、目は落ち窪んでいる。

 彼は力なく笑った。


「うつるよ」

「そんな簡単にうつってくれるのなら、私はとうの昔に死んでいるだろうな」


 汗ばんだ額に触れてやれば、ニールは心地よさそうに目を閉じた。

 彼の余命は長くて一ヶ月。

 残された時間がいくばくも無いと聞かされたアンジェラは、彼を撫でながら口を開く。


「君の家には見舞金を山程渡そう。だから気にしなくていい。だから」


 ――婚約を破棄しよう。


 幼くして未来を定められてきたニール。

 彼の人生があと少しで幕を閉じるというのなら、せめて形だけでも、彼に柵のない自由を与えてやろうとアンジェラは思った。


「アンジェラ」


 だがその言葉をニールが遮る。

 彼は隙間風のような呼吸を数度繰り返しながらも笑みを絶やさなかった。


「結婚、してくれないかな」

「……なに、を」

「どうせ死ぬなら……その前に君の家族になりたい。そうすれば、俺はきっと、幸せなまま逝ける」


 これまでの彼の求婚が偽りのない本心であったことをアンジェラは漸く悟った。

 驚き、呆然とし、言葉を失う彼女を見て、ニールは眉を下げる。


「やっぱりだめ……かなぁ……」


 弱々しくそう呟いてから、弱り切った彼は意識を手放した。

 微かな寝息を聞きながら、アンジェラは自分の胸に手を当てる。

 鼓動が少し早かった。同時に胸が締め付けられているような感覚に陥った。


 過るのは彼と茶を飲み交わした時間の思い出ばかりだ。


「私は……君に、死んで欲しくはないのか」


 人はいつかは死ぬ。

 ニールだって、例えここで助かったとしても、必ずアンジェラより先に旅立つ。

 だが、それでも――


「あと少し……いや、出来るだけ長く、あの時間を手に出来たなら」


 アンジェラはいつの間にか頬を伝っていた雫を指先で掬い上げると、意を決したように唇を引き結んだ。




 今日が峠だと、意識の遥か遠くで医者が告げていた。

 泣き崩れる母の声を聞きながらニールは「ああ、自分は今日死ぬのか」とぼんやりと思う。

 その時だった。

 聞き慣れた、とても愛おしい声がして、誰かがニールの額や頬を優しく撫でたのだ。


「ニール」


 口へ、清涼感のある味が広がる。

 流し込まれたそれを小さく呑み込む中で、また聞こえる。


「君が無事に生きられたら、結婚してやろう」


 え、待て待て。絶対死ねないんだけど。

 死に瀕した状況下で、ぼんやりとしていたニールの意識は急激に理性を取り戻していった。



***



 ニールが峠を越えてから三日が経った。

 その間アンジェラは片時もニールから離れはしなかった。

 そして、開けられた窓から流れる風に身を委ねていた時。三日間一度も開かなかったニールの瞼が持ち上げられる。


「おはよう」

「…………アンジェラ?」

「ああ」


 寝過ぎてぼんやりとする頭を持ち上げ、暫くアンジェラの顔を見つめていたニールはふと


「……結婚してくれるって」


 と呟いた。

 その声にアンジェラが目を見張る。


 確かに言った。だがアンジェラがそう口にした時、ニールは殆ど意識がなかったはずだ。

 自分との結婚に対するニールの執念深さを感じたアンジェラは小さく吹き出してしまう。


「…………ああ、わかったよ。それでいいから、まずはゆっくり体を治してくれ」

「ほ、本当……!?」


 喜びからベッドを飛び降りそうな勢いのニールをアンジェラは寝かしつける。

 それから、どうして自分は回復したのかと問うニールへ、アンジェラは自分が医師や薬師と手を取り合い、治療薬を開発したという事を語った。

 治療薬として求められていたものの内、もう絶滅したと思われていた稀少な植物をアンジェラが血眼になって探したのだ。


「今後は同じ病で苦しむ者達も死を恐れずに済むだろう。君のお陰でな」

「いやいや……どう聞いたって、アンジェラの手柄でしょ」

「私はこれまで……他人の死を見届ける選択しか考えられなかった。それから抗いたいと思ったのも……諦める事をしなかったのも、君が初めてだ」


 だから君のおかげとも言える――そう続けたアンジェラは、酷く優しい顔で笑った。

 その顔に頬を染めながら、ニールもつられて笑う。


 こうして、二人は結婚への道を歩むことになった。




 それから数ヶ月が経ち。

 全快したニールがあまりにも結婚を急いた為、二人は早々に式を挙げ、籍を入れる事となった。


「アンジェラ」


 関係が変わろうと定期的に続けられるお茶会。

 ティーセットが並んだテーブルの前に腰を下ろしていたアンジェラへ、遅れてやってきたニールが近づく。


 彼はアンジェラを腕の中に閉じ込め、彼女の頬にキスを落とす。


「おはよう」

「ああ」


 短く答えればニールがあざとい顔で自身の口を指す。

 全く、仕方のない甘えん坊だとアンジェラは笑い、それから――彼と唇を重ね合わせた。


「愛してるよ」

「ああ」

「……アンジェラは?」


 唇が離れるや否や、愛の言葉を求められ、またもやアンジェラは呆れてしまう。

 だがそんな彼に惚れてしまったのは彼女自身なのだ。

 彼の我儘も甘んじて受けてやろうと、彼女は――偽りない言葉をニールへ捧げる。


「私も愛しているよ――ニール」


最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


それでは、またご縁がありましたらどこかで!

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