39話 町が動き俺たちも森へ
修一とリリィは、森の安全な食材を町に広めるため試食会を開催。
ボンボン商会がデマを流すが、ノアが冷静に反論して信用を取り戻す。
試食会は成功し、森と町の関係がわずかに前進した。
───
町役場の奥にある執務室。
大きな窓から差し込む朝の光の中で、町長は分厚い帳簿の束を机いっぱいに広げた。
「……これが、今後の計画です。
まずは町政の立て直しから着手しますぞ、修一殿」
修一とリリィが覗き込む。
町長は一本の棒で図を軽く示しながら言った。
「道路や学校を作るのは……その先ですな。
まずは町の内側を直さねばならん」
「内側?」と修一。
「帳簿の透明化、癒着の切り離し、役所の立て直しです。
土台が腐ったままでは、何を積んでも崩れます。
「なるほど……基礎から、ってことか」
「ええ。食が確保できた今が好機。
まず膿を出すところから、ですな」
町長はそう言うと、ため息をひとつ落とし、別の束を取り出した。
表紙はひどく汚れ、紙はところどころ黒ずんでいる。
「そして……こちらがこれまでの記録だ」
ノアが手に取った瞬間、眉間にしわが寄る。
「……えぐいな、これ。
裏金、賄賂、物資の水増し請求……
完全に町政への介入じゃねえか」
リリィも思わず息をのむ。
町長は静かに頷いた。
「ええ。私も気づいていました。
いや、町の者も薄々は察していたでしょう。
しかし食を握られていては逆らえなかった」
「商会か」
「はい。
やつらには貴族との繋がりもあります。
罪に問われることなど、まずありません。
証拠を突きつけても、うまく逃げてしまうでしょう」
町長は悔しげに拳を握りしめた。
「ですが──
リリィ殿たちが腐素食材を生産してくれたおかげで、
我々はもう人質ではない。
これからは町を、町の手で変えていきたいのです」
修一はしばし黙り、帳簿を閉じると、
腰の袋から巾着をひとつ取り出して机に置いた。
じゃら……と、金貨が重い音を立てる。
「な、修一殿……これは?」
「町に貸す。個人として、だ。
どうせ俺には金の価値なんてよく分からんし、
立ち直るまでのつなぎになればいい」
町長の目が見開かれる。
「こ、これは……!
数ヶ月どころか、場合によっては半年は持ちこたえられる額……!
本当に、よろしいのですか?」
修一は肩を竦める。
「まあ……王様から勇者への手切れ金だと思っとけ。
余裕できたら返してくれればいい」
「修一殿……」
リリィは驚きつつも、どこか誇らしげに彼を見つめた。
町長は深く頭を下げる。
「……必ずこの町を変えてみせます。
貴族にも、商会にも振り回されぬ町に」
ノアは軽く手を上げた。
「そっちが本気なら、俺も協力するさ」
───
修一は軽く伸びをしてから、ふと町長に向き直った。
「……あ、そうだ町長。
すげぇ恥ずかしい話なんだが……ちょっとお願いがある」
「なんなりと。今の町なら、できることはなんでもしますぞ」
修一は視線をそらし、耳まで赤くなる。
「俺、今ちっさくて機動力ゼロなんだよ。
戦闘力も1だし……」
「そ、それは……確かに……」
横でリリィがコクコク頷く。
「うん。修一、走るとぷるぷる震えてるし……かわ……いや、大変だしね」
「……かわいいって言いかけただろ絶対。
で、まあ……その、ずっとソトカやリリィに抱っこされてんのはいいんだが……
二人とも片手ふさがっちまうだろ?」
町長の目がぱっと明るくなる。
「おおっ、分かりましたぞ! おんぶ用の道具ですな!
籠タイプの小型のやつがある!」
「……はい。お願いします……」
リリィは口元を押さえ、くすりと笑う。
「ふふ……じゃあ修一くん、おんぶデビューだね」
「言い方ァ!」
町長は嬉しそうに頷いた。
「ではすぐに職人に用意させましょう!
軽くて丈夫で、揺れないものを選ばねば!」
こうして準備が整い、いよいよ森への出発に向けて動き出した。
───
森の入口が見えたところで、リリィがぴたりと足を止めた。
「……ねぇ修一、ちょっとだけ確認していい?
この羽、ガルドさんに教わった通りかどうか」
修一は籠の中から顔を出す。
「おう。今んとこ俺、風景は背中越しにしか見えねぇからな。説明頼む」
リリィは胸元から光る羽を取り出した。
淡い緑光がふわっと周囲を照らす。
「これね、古尾の羽なんだって。
森の中では磁場が乱れるから方向感覚が狂うらしいけど……」
羽の先端がふわりと動き、ひとつの方向を指し示した。
「こうして、先が勝手に里の方角を向くの。
だから迷った時は、これだけ見れば大丈夫」
修一は目を細めた。
「へぇ……完全にコンパス以上GPS未満じゃん。ガルド、やるな……」
羽が一瞬だけ光り、細い道筋のような光跡が森の奥に伸びた。
「こう宙に浮いて
少しだけ道筋を照らしてくれるの。
ガルドさん、『危険が近いと光が濁る』って言ってた」
「便利すぎる……完全に上位アイテムだろコレ」
「だから……ほんと大事にしないと。
誰にでも渡すわけじゃないって言ってたし」
リリィは羽をそっとしまい、修一のほうへ振り返る。
「……じゃ、そろそろ行こっか。
早く里に戻って、いろいろ確かめたいし」
修一は背中でこくりと頷いた。
「おう。町も動き出したし、次は俺らの番だな。
頼んだぞ、ドライバー」
リリィは歩き出しながら、じと目で肩越しに修一を見る。
「……ねぇ修一。
ドライバーって呼ぶの、だんだん慣れてきてない?」
「いや? 気のせいじゃね?」
「気のせいじゃないよね!?」
掛け合いが森の静けさにぽつぽつと溶けていき、
二人の足音だけが、ゆっくりと闇へ吸い込まれていった。




