38話 森の里素材 試食会開催
魔物たちは町で最初は警戒されるが、子供たちとの交流で住民に受け入れられる。学校での交流イベントも成功し、森と町の友好の第一歩が築かれる。魔物たちは感謝を伝え、森へ帰っていった。
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リリィと修一は、町の外れまで並んで歩いていた。
「今日の試食会、私ひとりで説明するより……修一のほうが説得力あると思うのよね」
「俺が? 本気か? 説明するの俺だと逆に不安だと思うけどな……」
リリィは肩を軽くすくめた。
「いや、そこは大丈夫よ。問題は名前のほうなの。 修一のままだと、もし何かでバレたときに面倒になるじゃない?」
彼女は歩きながら、ふと思いついたように顔を上げる。
「……うーん、あんたオオノ・シュウイチだっけ? オオノ → ノアってどう?
このあたりの人にいそうだし、覚えやすいし、違和感も少ない」
「ノア……? 某団体みたいだな……」
修一は口の中で転がすように言ってみる。
「まあ……悪くないか。お前が決めてくれるなら、それでいくよ」
「うん。通りもいいし、変に疑われにくいと思う」
リリィは軽く手を振り、研究室のほうへ走り出した。
修一は苦笑しながらその背を見送る。
(……ノア、か。慣れるまでちょっとかかりそうだな)
───
机の上にはノートや試験管、森の食材が並んでいる。
研究室で作業するリリナ。
「リリナ」と呼ばれるのは、本名のリリィにちょっとだけ変化を加えた偽名だ。研究者として身元を明かさず、森と町をつなぐ研究に集中するための工夫である。
彼女は熱心にデータの整理を進めていた。
「ふむ……この腐素を使った栄養液の濃度を少し調整すれば、人間の食材としても安全に使えるわね」
と、手元のノートにメモを取りながら独り言。
「この濃度調整で成長異常も抑えられる。これなら町や村への安定供給にもつながるかも」
傍らの仲間たちも、それぞれの役割に従い作業を続ける。
「リリナさん、そのサンプルをこっちに回してみて」
仲間の声に応じ、彼女は慎重に瓶を差し出す。
「ええ、少しずつでも確実に結果を出していかないとね」
柔らかくも明確な口調で言い、仲間たちも自然と集中力を高める。
試験管の中で微かに輝く液体を見つめながら、リリィは考えた。
「森の資源は、私たちだけのものじゃない。人間の生活も、村の安定も……この力で守れるなら、きっと役立てられる」
その頃森ではでは、ギルガやソトカが森へ戻り、仲間たちと再会を喜んでいた。
森の平穏と、人間社会とのつながりを意識する二人の背中は、日が沈む空に溶けていくようだった。
リリィの研究は単なる学問の探求ではなく、森と人間の町をつなぐ「架け橋」になる可能性を秘めていた。
森の食べ物が安全で安定した供給源として活用されれば、次回の街での友好イベントも、より安心して迎えられるだろう。
───
夕暮れの柔らかな光が広場に差し込み、森の食材がずらりと並んでいた。
湯気の立つ鍋や焼き台から香ばしい匂いが漂い、子供たちはわくわくと列を作る。
大人たちは慎重に距離を保ちながら、目の前の未知を品定めしていた。
試食会の開始を告げるように、町長が手を打った。
「よし……では始めようか。
リリナ君、説明を頼む」
「はい、こちらは森の腐素を除去した食材です。濃度も基準値以外を確認済みで、人間が食べても安全です」
リリナが説明すると、町長は慎重にサンプルを手に取り、隣へ視線を送った。
「ノアさん、味見してみますか?」
修一─今はノアとして振る舞う、控えめで落ち着いた物腰。
「はい。まずは私が実際に食べて確認いたします。そのうえで、町の皆さまにもご紹介できればと思います」
一口食べた瞬間、整った表情の奥で安堵が走る。
「……風味もクセがなく、問題ありません」
続いて町長も試食し、深くうなずいた。
「確かに自然の味が残っている。これなら住民も安心できそうだ」
「小規模から始めますが、いずれ安定供給も視野に入っています。安全確認が取れ次第、順次提供可能です」
「まずは無理のない範囲で試していただき、反応を見ましょう」
ゆっくりと空気が柔らかくなっていく。
「昔は森のもんなんて呪いとか腐りとか言われたが……普通に旨いな」
「張りがあるし、これなら子供に出せるかも」
「……時代が変わるのかもしれん」
そんな声が次々と上がる。
町外れの卸問屋は腕を組み、鋭い目を向けていた。
「安全で、しかも安定供給できるんなら……町の目玉商品になる。
だが調整の技術はあんたらだけだろ? 継続性はあるのか?」
「栽培は森側で行いますが、出荷量は調整可能です。増産計画も視野にあります」
「なら……誰かが先に手を出す前に契約を──」
「当面は小規模で進めます。急な大量取引は品質を損なう可能性があるので。
町の皆さんが安心してから、ゆっくり広げたいんです」
「……慎重派だな。嫌いじゃねぇ」
広場の端で、青年二人が自然を装って噂を流し始めた。
「森の食材、後から体がだるくなるらしいぞ」
「森の連中は耐性があるだけで、人間が食うと寝込むってよ」
ざわつく客たち。
「え……さっき食べちゃったんだけど」
「そんな話、聞いとらんぞ……」
リリナが動こうとするより早く、ノアが前へ出た。
「その噂、ボンボン商会からの情報ですか?」
「はァ? 俺らは町のために心配して──」
「なら、こちらを。分析結果です。体調変化の報告はゼロ。根拠もありません。
心配より流通阻止が目的に見えますね」
「ガキが……生意気言ってんじゃねぇぞ」
「年齢は関係ありませんよ。
町の人の安全より、商会の都合を優先するのが問題なんです」
人々の視線が一斉にスパイへ向く。
別の男が嫌味を吐いた。
「森の腐った土で育てた野菜なんて食わせる気が知れんね。綺麗ごとしか知らん子供にはわからんだろ」
ノアは首を傾げ、穏やかに微笑む。
「ええ、たしかに綺麗ごとは好きですよ。
──住民の健康を守るための綺麗ごとなら、何度でも」
笑いが漏れ、スパイたちの攻勢は一気に崩れた。
さらに一歩踏み込む。
「それに、森の土は腐っていません。腐素濃度が高いだけで、調整すれば非常に豊かな土壌です。
技術を知らないから腐っていると喧伝するのか……
それとも──恐怖を利用した商売ですか?」
スパイたちは凍りつき、言葉を失う。
「やっぱ噂は嘘だったか」
「ノアちゃんの説明が筋通ってる」
「ボンボン商会は昔から強引だしな……」
「意図的なデマなら町として調査が必要だ」
若いスパイたちは不満げに退散していった。
「……あれ以上、言ってきますかね」
「必ず来ますよ。でも、デマより早く事実を広めれば勝てます。
嘘は、広がる前に潰しましょう」
「……なるほど。本当に人間と森の橋になるかもしれん。協力に感謝する」
「こちらこそ。森も人間も、同じ地で暮らす仲間です」
「無理なく続く形で、少しずつ広げていきましょう」
夕陽に照らされた広場には、慎重さと期待が入り混じった静かな希望が満ちていた。
長く塞がっていた森と街の壁が、わずかに溶け始めていた。




