37話 はじめての友好イベント~別れ
リリィは町役場で森の報告書を提出し、修一と再会。最新設備の研究室案は辞退し、仲間と協力して研究を続けることに。二人はそれぞれの役割を果たし、日常が動き出す。
───
街外れ。
治療を終えて横になっている魔物たちは、まだ窮屈そうに体を縮めていた。
ソトカは腕を組んで周囲を見守り、ギルガは丸まったまま、時折尻尾だけぴくりと動かしている。
住民は距離をとりつつも、ちらちらと様子を伺っていた。
少し離れたところでは、年配の男たちが声を潜める。
「……本当に危なくないんだろうな」
「この前暴れた連中と同じ仲間なんだろ?」
恐怖というより、当然の警戒だ。
町長はその声を聞きながらも、表情を変えなかった。警戒が消えるのは、行動を見せてからだ。
───
最初に踏み出したのは、小さな男の子だった。
パンを両手で抱え、震えながらギルガへ差し出す。
「……た、たべる?」
ギルガはゆっくり目を開けた。
一度まばたきして、気まずそうに体を起こす。
「おお!ありがとー、君ぃ!」
その声に、母親が息を呑んだ。
「しゃ、喋った……!?」
ソトカは静かに一礼する。
「礼を言わせてもらう。
町の方々の親切に、感謝する」
──その瞬間、町の空気がわずかに変わった。
「思ったより礼儀正しい……」
「怖くないのかもしれん……?」
恐怖から興味へ。
───
翌日。
子供たちが三々五々と様子を見に来るようになった。
喋れない魔物たちは戸惑いながらも、自然と子供に囲まれる。
「わぁ…猫みたい!」
チーター形の獣人は、くすぐったそうに目を細め、それでも嬉しそうに尻尾を揺らした。
……やがて、完全に飼い猫状態になる。
ソトカはその様子を見て肩をすくめた。
「……あれは絶対、調子に乗るな」
ギルガの腕にも、子供が興味津々で触れてくる。
「ねぇこれ筋肉?固っ!」
「お、おい……くすぐったいって……!」
怒鳴るでもなく、困ったように耳を伏せる。
その不器用な反応が、逆に子供たちを安心させていた。
大人たちも差し入れを持ってくるようになり、街の空気は少しずつ柔らかくなっていく。
町長はその様子を窓から見て、静かにうなずいた。
「……皆、思った以上に受け入れておるのだな」
と同時に、胸の奥に小さな不安を押し込んだ。
この平穏が長く続く保証は、どこにもない。
だが今は、この一歩で十分だ。
───
翌朝。
学校の教師が町長を訪ねてきた。
「子供たちが……すっかり仲良くなりまして。
もし可能なら、正式に顔合わせの場を……」
町長は即答しなかったが、外で子供たちと魔物が転がり回っているのを見て、決めた。
「ならば、学校を使おう。
この街の未来のためにも、良い機会だ」
こうして、午後に小さなイベントが開かれた。
教室の中央に、やや緊張した面持ちのギルガが立っていた。
40人の子供たちが椅子に座って見上げる。
「今日は森の戦士ギルガさんに──」
「ギルガせんせー! 火吹いて!」
「えっ、オレ!? 火なんて吹けねぇってば! それに先生って呼ばれるのも恥ずかしいんだよ」
わたわたしつつも、表情はどこか嬉しそうだ。
「ギルガ先生ー!」
「ギルガせんせー!」
一瞬びくっとして、ぽりぽり頬をかきながら破顔した。
「……ははっ。もう好きに呼べよ。
そんな真剣に呼ばれたら、悪い気はしねぇしな!」
(耳は赤い。本人は気づいてない)
教室が一気に和む。
ぎこちないながらも、ギルガは語りはじめた。
「オレな、森じゃずっと走り回っててさ!
強いとか言われても、ただ仲間が好きで……
守りてぇから頑張ってるだけなんだよ」
「ソトカのねーちゃんも守ってるの?」
「当たり前だろ!
あのねーちゃんつえーんだぞ! ……でも、すげー欠陥があってな。
お──」
言いかけた瞬間、背後でソトカが無言で立っていた。
いつもの涼しい顔ではない。
笑っていない。
目だけが笑っていない。
完全に止めろと言っている。
「…………」
小声で「……はい……」
コクリと頷き、無言で教室の隅へ戻っていく。
「……ま、まぁ、そういうわけで!
ねーちゃんは強いし優しいけど、ちょっとだけ、
えーと……取り扱い注意なんだよ!」
「ははははは!!」
「聞こえているぞ」
「ち、ごめんごめんごめん!ちがうって!褒めてんだって!!」
───
「ギルガ先生たち、また来てくれる!?」
「んー……どーだろなぁ〜?
オレ忙しいしなぁ〜?」
(ニヤニヤ。絶対来る気満々)
「来てよ!!」
「はは、言われたら断れねぇって……!
また来るよ、約束な!
親指を立てる。
教室がぱっと明るくなった。
───
ソトカも女子たちに囲まれていた。
「髪、きれい……!」
「かっこいい!戦ってるとこ見たい!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい……
そんな褒めたって何も出ないから……!」
耳まで真っ赤。
ふと窓の外へ視線を落とし、かすかに独り言のように漏らす。
「……こんなふうに笑い合えるなんて、昔はなかったな」
近くの少女が笑顔で袖を引いた。
「ソトカおねえちゃん、また来てね!」
「……ああ。ありがとう」
少しだけ柔らかい声だった。
───
喋れない魔物たちも、撫でられたり抱きつかれたりして満更でもない様子。
町長はその光景を見て、小さく息をついた。
「……成功だな。
森と街の友好の、確かな第一歩だ」
しかしその視線の奥には、この穏やかな日の裏側に、別の影が迫っているという、ごく小さな気配があった。
───
街での友好イベントも落ち着き、ギルガとソトカは修一やリリィと一緒に、仲間たちの怪我も治ったことを確認しながら街歩きを楽しんでいた。
「いやぁ、人間の世界ってのも、なかなか楽しいもんだな! 食べ物も町も、森とは違う発見ばっかだ!」
「……そうだな。こうして平和に歩けるのも悪くないな」
ふと笑みを浮かべながら、町の景色を眺める。
しばらく歩いた後、ギルガが伸びをして空を見上げた。
「さ、名残り惜しいけど、そろそろ帰るか。森にも、仲間にも会わなきゃだし」
街歩きの最後、ソトカは修一の横に並び、静かに顔を上げた。
「……本当に、ありがとう。お前達がいなかったら、私もどうなっていたか分からない」
ギルガはいつもの軽口を封じ、真剣な眼差しで修一を見つめる。魔物たちも、言葉はないものの体をすり寄せたり、尻尾や耳を揺らして感謝を示していた。
ソトカはふと肩をすくめ、軽く笑った。
「つい、長居してしまった……でも、よくわかった。人間も、悪い生き物ばかりじゃないんだな」
ギルガは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに言った。
「俺、また来るって言っちゃったからな! 絶対、また来るよ!」
リリィもにっこり頷く。
「ええ、次はもっと穏やかに会えるといいわね」
修一は微笑みながら、魔物たちを先頭に街の門へと歩く。
魔物たちは振り返り、町の人々に別れを告げながら、森へと帰る道を進む。
門の手前で立ち止まり、ギルガが大きく手を振った。
「じゃあな! またな!」
ソトカも小さく手を振り、リリィも笑顔で見送る。
修一は魔物たちの後ろ姿を見つめながら、胸の奥で静かに安堵を噛みしめた。
夕陽に染まる町並みの向こう、ギルガと仲間たちは森へと帰っていった。




