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36話 英雄は地味研究者に戻る

リリィはガルドから羽を受け森を出る。町では二人の英雄ぶりが噂に。修一は子ども姿で無事に通り抜け、ソトカと町長のもとへ。町長は安全な部屋を用意し、二人は安息を得る。


───



翌日。

朝の光が差し込む町役場は、いつもより慌ただしい。

昨夜の「英雄帰還騒動」の余韻で、役人たちが書類を抱え走り回っていた。


そこへ、外套のフードを深くかぶった少女が入ってくる。


泥のついたブーツ。

革の鞄には薬草や試料の瓶。

髪は後ろでざっくり結ばれ、分厚い眼鏡。

――完全にいつもの地味研究者の姿に戻ったリリィだった。

手には、森で採取した資料と調査報告書。


「森の腐素変動……去年より濃い。町長に早めに渡しておかないと

誰も、彼女が「噂の英雄リリィ」だとは夢にも思っていない。

受付の役人ですら、書類の山に追われて視線すら向けない。

リリィは静かに階段を上がり、報告室へ向かった。

角を曲がったそのとき

同じく書類の束を抱えて走ってきた、小さな少年と正面衝突した。


ぱさっ、と二人の手元から資料が散らばる。


「わ、ご、ごめんな──」


声を聞いた瞬間、リリィの足が止まった。

少年のほうも、目をぱちくりと見開く。

静かな廊下に、微妙な沈黙が落ちる。

「……リリィ?」

「……修一?」

次の瞬間、二人同時に小声で言った。


───



修一は慌てて散らばった書類を拾いながら説明した。


「町長がさ、宿は危険すぎるからって……。

ほら、また記者が押し寄せるとか言われて……

それで町役場の空き部屋を仮住まいにさせてもらった。」

リリィは目を瞬かせる。


「.....騒ぎ、本当に大変だったんだね。……私全然知らなくて」


「むしろ知らないほうがいいよ……あれ、ひどかったから。

俺の隣を記者がダッシュしていくんだぜ? 誰も俺を見ないんだぞ?」

リリィは思わず吹き出しそうになり、手で口元を押さえた。

「……それは確かに、酷いわね。

修一本人なのに、誰も気付かないなんて」


「いや、笑うなよ! 本気で毎回心臓止まるかと思うんだぞ!」

リリィは散らばった書類を丁寧に拾い集め、そっと修一の腕に戻した。


「でも……無事でよかった。

森に行く前より、なんだか……元気になった気がする」

修一は赤くなり、目をそらす。

「お、お前こそ……なんか、すげぇリリィに戻ったって感じだな。

研究モードのときの、あの……地味……いや、いい意味で!」


「……褒め方が雑すぎるよ」


二人は顔を見合わせ、ふっと笑った。


─── 



そこへ、階上から声が飛ぶ。


「リリィ殿! 森の報告書を受け取りにきましたぞ!」

「修一、昼には町長が会議に呼ぶから、準備をしておきなさい!」

リリィと修一は同時にため息をついた。

「またバタバタするね……」

「まあ……二人で巻き込まれたほうが、まだマシか」

そう言って歩き出す二人。

地味研究者リリィと子供修一という誰も気付かない英雄ペアが、

町役場の廊下を並んで進んでいく。



役場の裏庭へ向かう途中、町長が足を止め、

何やら言いづらそうに咳払いをした。


「……その、リリィ殿。

実は町として最新式の個別研究室を用意する案が出ておりましてな」


リリィと修一は同時に瞬きをした。


「最新式……?」


「うむ! 薬品棚も作り直し、魔術換気装置も新品にし、

机も椅子も立派なものを仕入れようと――

英雄殿が不便してはならん、と皆が……」


町長は胸を張りかけたが、

リリィがそっと首を振ったので、言葉が止まる。


「……それは、ありがたいです。でも」


リリィは首を振った。


「研究は、一人でこもるだけでは進まないんです。

他の研究者の声が聞こえる場所で、

気軽に質問したり、何気ない雑談からヒントを得たり……

そういう流れが大事なんです」


彼女は胸元のメモ帳を軽く叩く。


「私は英雄じゃなくて、研究の一部でいたいんです。

仲間の中に。

そのほうが、ずっといい結果が出せます」


修一が、なるほどという顔で頷く。


町長はしばらく口をぽかんと開けていたが、

やがて深いため息をつくと、どこか嬉しそうに笑った。


「……まったく、君らは、揃いも揃って謙虚じゃのう。

わかった、その方向で調整するとしよう。

ただし、簡易的な休憩室ぐらいは用意させてくれ。

森の調査に行くのじゃから、身体は休めねばならん」


リリィは素直に頭を下げた。


「それなら……助かります。ありがとうございます」


役場の裏庭に出ると、朝の光が柔らかく差し込んでいた。

リリィは荷物を棚に置き、深く息をつく。


「さて……今日から本格的に調査を始めるわ」

修一が隣で首をかしげる。


───


リリィが研究室に向かおうとするのを見送りながら、修一は少し考え込む。


「そっか……でも、俺も俺がやれることをやってみるみるよ。

もしかしたらリリィが見落とすこと、気付くかもしれないし」


リリィは少し驚きながらも微笑む。「それなら心強いわ」


「じゃあ、俺も負けずにやらなきゃなあ」

修一は小さく拳を握る。


「ええ、二人でそれぞれ頑張りましょう」


その後、修一は町長と今後の町の運営や手順について打ち合わせを始める。

森までの安全な道の計画、報告書の整理、住民の協力……やることは山積みだ。


互いに別々の場所でそれぞれの役割を果たすことを決め、二人は気持ちを新たにする。

研究者としてのリリィ、町を支える修一。

互いに頑張ろうと心の中で誓い、日常が静かに動き出すのだった。

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