表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/36

第1章 4話 観察対象:修一

浄化術士リリィと出会い危うく浄化されかけた修一。

だが今ようやく人と念話ができる段階に。

冷たい石畳の上での生活から脱する希望の光がようやく一筋差し込みはじめていた。


───



「……とりあえず、持ち帰って調べるわ」

リリィはため息まじりに言った。


「持ち帰る!? いやいや、俺そんな気軽に持ち運べるもんじゃ─―」


修一の抗議をよそに、リリィは背負い袋を取り出した。

古びた布の内側には、ところどころ褪せた紋様が縫いこまれている。

どこか儀式めいたそれを、彼女はためらいもなく地面に広げた。


「……ちょ、待て、それ……封印とかのやつじゃ?」


「衛生上の対策よ。見た目の割に便利なの」


「いや、便利の次元おかしいだろ!?」


リリィは小さく息を吐くと、淡々と修一を布でくるみ、きゅっと縛った。

まるで農村の肥料袋。


「おい! これどう見ても運搬用じゃねぇか!?」


「違うわ。安全輸送用。臭い、抑えないと歩けないでしょ」


「ぐぅの音も出ねぇ......」


そう言いながら、リリィは軽々と修一を背負い上げた。

その細い腕に似合わないほど、安定した動き。

足取りに迷いがない。


「おいおい、本当に担ぐのか!?」


「うるさい。喋ると重く感じるの」


「それ気のせいだろ!?」


湿原を抜ける風が、ふたりの間をすり抜けた。

リリィは背中の袋を時折気にしながらも、黙々と進む。

靴音だけが、ぬかるんだ地面に小さく響く。


「……動いたら爆発するからね」


「だから危険物扱いやめろって!」


その言葉に、リリィの口元がわずかに緩んだ。

ふと、遠い記憶を思い出すような懐かしさを帯びた笑みだった。


すぐに彼女は表情を戻し、歩を速める。

馬車の待つ街道まで、あとわずか。


こうして、喋る馬糞は、浄化術士の背に担がれて王都へ運ばれていった。


袋の中で、修一は小さくつぶやいた。

「……ま、拾われただけマシか。

 前の世界じゃ、誰も俺を背負っちゃくれなかったしな」


リリィの背中は、不思議なほどあたたかかった。


雪の感触が途切れ、足音が石畳を打つ音に変わる。

街が近いのだろう。

人の話し声や、車輪のきしむ音が遠くから混ざって聞こえてきた。


(……ほんとに、このまま入るつもりか?)


袋の口がわずかに開き、冷たい外気が流れ込む。

門前には兵士が二人、槍を構えて立っているのが見えた。


「止まれ。荷は何だ?」

「旅の標本です。凍死した小動物を、学院に届ける許可をもらってます」


リリィは表情ひとつ変えずに答えた。

修一は思わず息をひそめる。


兵士は袋をじろりと見たが、すぐに鼻をしかめ、顔をそらした。

「……ふん、物好きな学者もいるもんだな。通れ」


門が軋む音がした。

リリィの足取りが少し軽くなる。

修一は胸の底で小さく安堵した。


(……助かった。匂い、漏れてないな)


なんとか入城した二人は、学院の一室に案内された。

学院長の許可を得て、修一は「観察対象」として正式に扱われることになる。


───



リリィは研究記録を手に、淡々とペンを走らせた。


対象:修一=不定形有機生命体

 外見:クソ。概ね泥。時々泡立つ。

 状態:発声可能。自称人間。

 性質:自己主張が強く、精神構造はおそらく健全(?)。

 特徴:腐敗せず、むしろ発酵する。

 注意点:刺激を与えるとしゃべる。うるさい。


ペン先が止まる。


「……あとは、なんだろ。意外と愛嬌がある、っと」


「おいそれ観察項目に入れんな!」

袋の中から、修一の抗議がくぐもって響いた。


リリィは小さく肩をすくめた。

「観察者の主観も、立派なデータなのよ」


彼女はさらさらとペンを走らせた。

修一はその横顔を見ながら、苦笑する。


……実体:クソ、か。

まさか真顔で書かれるとは思わなかった。

けど、こうして誰かに記録されるってのは、案外悪くない。

前の世界じゃ、俺なんてただの数字のひとつだったからな。


───



夜。

学院の裏庭。月明かりの下で、修一は静かに座っていた。

発酵の湯気がかすかに揺らめく。


「……こんなロースタートで、どこまで行けるんだろうな」


リリィが隣に腰を下ろす。

彼女の髪が、夜風にふわりと揺れた。


「……今日はもう休みましょ。あなたの体質、未知数すぎるからね」


「そっちの研究者も、休んだほうがいいと思うけどな」


リリィは苦笑して立ち上がる。

月光に照らされた白衣が、かすかに光った。


「私は学院の寮。あなたは……向かいの宿舎を取ってあるわ。爆発しても距離的に安全」


「おい、安全距離って言ったな」


軽口を交わしながら、二人は並んで中庭を後にした。

石畳に夜露が降り、街の灯が遠くで瞬いている。


そうして、それぞれの夜が静かに更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ