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34話 惜しまれし客人森を発つ

リリィはガルドと共に九尾の村長に迎えられた。

鹿族の畑を訪れ、腐素の影響下にある根菜の成長や精製方法を学ぶ。リリィは食材サンプルを手に取り、分析と応用の可能性に胸を躍らせる。


───



鹿族の畑を離れ、森の小道を歩きながらリリィは息を整えた。

「……まずは、食料ね。」


ぽつりと漏らしたその声に、ガルドが耳を動かす。


「ほかの調査は後回しでも構わんのだな?」


リリィは頷いた。

「ええ。腐素分布とか、魔物の進化とか……気になることは山ほどあるけど」

「町と村にとって何より重要なのは、森の食料が人間の供給源になるかどうか。」


ガルドは歩みを緩め、リリィの横顔を見る。


「食べられるか、どれだけ作れるか、どう届けるか……その三つが揃わんと意味がない。」


「そういうこと。」

リリィは鹿族から受け取ったサンプル袋を握りしめた。


「まずは安全性と味の調査。次に生産量の見積もり。

最後に、森の外までどう運ぶか、そこまで整えば、森と正式に取引ができる。」


彼女はふっと息を吐いた。


「他の調査は……正直、興味は尽きないけど、後回し。」


「助かる。」

ガルドが満足そうに鼻を鳴らす。

「森としても、外との繋がりの第一歩は食だ。そこを優先してもらえるなら話が早い。」


リリィは微笑む。

「じゃあ次は――食料を作っている部族を優先的に案内して。畑でも狩猟でもいいわ。供給力を数字で掴みたい。」


「任せろ。」

ガルドは誇らしげに胸を張った。

「夜までに、三つの族を回れる。」




───



村へ戻ると、すでに広場は夕暮れ色に染まり、

焚き火の周りに森の民たちが次々と集まっていた。


耳の形も毛並みも体格も違う

鹿族だけでない、見たことのない獣人たちがちらほら混じっている。

どの族も気配を読ませないまま、静かにリリィを観察していた。


「……なんだか、ご挨拶にしては物々しい雰囲気ね」


リリィが苦笑すると、横のガルドが肩をすくめる。


「歓迎だよ。

あんたを危険なく通したってことで、鹿族は面目を保ってるからな。

だから他の族も顔を出したんだろう」


言われてみれば、誰も騒がず、ただ静かに焚き火の周囲に座り始めている。

森の宴は、人間の街とはまるで違う静かな賑わいだった。


やがて、鹿族の長が木杯を手に立ち上がった。

焚き火の火が、その角の影を大きく壁へ映す。


「今日集まったのは、街より来たこの娘、リリィ殿の働きに報いるためだ。

森と街の橋渡しをしてくれた。

それは、わしらにとっても大きな一歩である」


ざわ、っと小さな波のように皆の視線が揺れた。


「リリィ殿。

あんたの調査は、森にとっても町にとっても益になる。

……だが、わしらとしてはもう少しゆっくりしていけと言いたいところだな」


族長は目尻を下げて笑う。


「ほんとですよ、姉さん。

腐素の薄い泉とか、案内するつもりでしたのに」


「せっかちだな、人間は」


ぽつり、ぽつりと惜しむ声があがる。


リリィは木杯を両手で持ち、少しだけ頭を下げた。


「ありがとう。でも、調査結果は町に急いで届けないといけないの。

食料事情はこれからを左右する……森の恵みがあるのなら、なおさら急がないと」


その言葉に、族長は「なるほど」と深く頷いた。


「義務を果たす娘は、良い娘じゃ。

ならば、わしらが引き留めるべきではないのぅ」


そう言いながらも、ほんの少しだけ尾の動きがゆっくりになる。

名残惜しさが隠せていない。


族長は木杯を掲げた。


「では

森を歩いた娘に、祝福と感謝を!」


「「おおおお――!」」


焚き火が勢いよくはぜ、

木杯同士の乾いた音が、夜気の中に静かに響きわたった。


───



村の中央にある広場では、すでに焚き火が赤々と燃えていた。

鹿族の子どもたちが跳ね回り、長老たちは静かに杯を傾け、森の仲間たちが次々と料理を運んでくる。


「リリィ殿、もっとゆっくりしていけばいいものを……」

族長が名残惜しそうに言う。


「ええ、本当はそうしたいんですが」

リリィは苦笑した。

「でも、今はとにかく町に戻って、この食材が人間にも安全かどうかを急いで確かめないといけなくて」


ガルドが大きく頷く。

「人の町も飢えているんだろう? 森としても協力したい。……だが、まさかこんなに早く帰るとはな。もう少し狩りにも連れて行きたかったぞ」


鹿族の若者たちからも口々に声があがる。

「もっと案内したかった!」

「次も来いよ!」

「これ土産ね!」と奇妙な根菜を押しつけられたり。


リリィが笑いながら荷物を抱えると、族長がそっと言う。

「帰り道、気をつけなさい。森はあんたを気に入っている。……だからこそ、また来い」


「もちろん」

リリィは胸に手を当てた。

「調査が片付いたら、必ず戻ります」


焚き火がぱちりと弾ける。

歓声と名残惜しさが混ざった温かい空気の中、

二人はゆっくりと森の出口へ歩き出す。


こうして

リリィとガルドの食料調査の旅はひとまず一区切りを迎え、

町へ帰還することになった。



───



森の出口が近づいたころ、ガルドがふと足を止めた。


「リリィ殿。最後に一つ、森から町への物の運び方を話しておこう。」


リリィが顔を上げる。


「森の中は腐素が濃い。普通の荷車も馬も使えん。

 人間の荷車は、森に入った時点で動かなくなる。」


ガルドはそう前置きすると、続けて説明した。


「もっとも、我ら魔族には森の路がある。

 森そのものを通すための道だ。

 荷を運ぶ蔦の荷車もあるが……あれは森以外では運用が難しいのではないかと思う。」


「じゃあ、人間側はどうやって受け取るの?」


「あくまで森の外縁までだ。

 森の路は人間の集落までは届かん。

 だから外に運び出すには、結局手運びで森の境まで持っていく必要がある。」


リリィは唇に指を当て、考え込む。


「つまり……森の内部には魔族の道があるけど、

 人間側と接続していないから物の流れが細いままなのね。

 森寄りに中継地を作れれば、運搬効率が一気に上がるのかも。」


ガルドが、意外そうに目を見開いた。


「……そんな発想は無かったな。

本気で、人の町と森を繋ぐ気でいるんだな。」


リリィは小さく笑った。


「安全に運べないなら、供給源として成立しない。

これは調査報告に必ず入れるわ。」


そして二人は、森の境界を越えた。

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