第3章 15話 ギルガ救出
町長の指示で、ソトカと修一は商会倉庫へ向かい、誘拐された仲間の救出に挑む。警備隊と協力し、交渉を拒む代理人に迫ったソトカの一撃で扉が破られ、全員で倉庫内へ突入する。
───
倉庫の中は、冷えた鉄と湿った土の匂いが入り混じっていた。
薄暗い灯りが揺れ、何かが床に転がる微かな音が響く。
ソトカは修一を抱えたまま、迷いなく踏み込んだ。
「……右だ」
囁き声は低く、しかし確信に満ちている。
警備隊が左右へ散開し、商会の警備との短い衝突音が響く。
「ソトカ、俺、降りたほうが」
「駄目だ。まだ何かがいる」
その言い方に、修一の背筋がぞくりと粟立った。
通路の奥から、金属が擦れる音。
微かな呻き声が続く。
「今の……!」
「仲間だ。まだ無事だ、急ぐ」
ソトカは短剣を構えたまま一気に加速する。
抱えているはずなのに、その動きはまったく鈍らなかった。
角を曲がった先
鉄格子の檻が三つ並び、その一つにボロ布を敷いて寝そべる小柄な影がいた。
金髪の毛並みに、毛皮に覆われた腕。
耳はわずかに尖り、指先には鋭い爪。
人に近いが、完全には人間ではない。
ソトカが低く呟く。
「……ギルガ」
格子の前に立ちはだかったのは商会の警備ではなく、見慣れない武装兵が二人いた。
黒い外套、重装の胸当て、見覚えのない紋章。
兵士の一人がソトカへ剣を構える。
ソトカ
「退け。今は戦う理由がない」
「……悪いが、指示だ。誰も通すなと」
その声は恐怖に濁っていた。
事情を知らない下っ端でも、退く気はないらしい。
ソトカは静かに息を吐いた。
「修一、目を閉じていろ」
「え、なんで─」
言い終わる前に、ソトカの足音が消えた。
次の瞬間。
ドンッ!
金属音とともに、二人の兵士が壁に叩きつけられる。
「っ……速すぎ……!」
ソトカは短剣を下ろし、格子に手をかけた。
「待っていろ、今開ける」
その瞬間。
「……う、うわあっ! そこで止まれ!!」
甲高い叫びが倉庫の奥から響いた。
豪奢な外套をまとった男が、ドタドタと情けない足音で現れる。
商会の跡取り、例のボンボン息子だ。
「な、ななな……何してる!!
そ、その魔物はウチの商品だぞ!? 触るなぁ!!」
修一の中で怒りが沸騰する。
「……商品? 仲間をモノ扱いすんなよ」
「仲間ぁ!?
魔物ごときが人間様と対等なワケ……、あるかよ!!」
ソトカが振り返った。
目が合った瞬間、ボンボンは真っ青になる。
「ひっ……!?」
「退け。お前と話すことはない」
「な、なんだよその目はぁ!!
魔物風情が、人間様に──!」
叫んだ瞬間、ボンボンは足を滑らせ尻もちをついた。
「いったぁぁ!!
だ、誰か助けろよ!!
俺だぞ!? 商会の跡取りだぞ!?」
後ろの武装兵ですら「やめてくれ」という顔をしている。
ボンボンは震える指でソトカを指す。
「お、お前ら……っ!
魔物ってのはもっとこう……獣みたいで……
ああいう顔した女とか、ずるいだろ!!」
意味不明すぎる文句を叫んだその時。
視線が修一に向く。
「ガキ!!
弱いくせに魔物と馴れ合って……!
何見てんだよ!!」
修一
「……見るだろ。馬鹿すぎて」
「ひぃぃっ!!
覚えてろよ!!
親父が黙って……な……い……っ!!」
ソトカが一歩近づくと、ボンボンは床を這って逃げる。
「ひあああっ!! 来るなぁ!!」
ソトカ
「邪魔だ。退け」
「ひぃぃぃ!!」
兵士の後ろに隠れようとして、兵士に嫌がられていた。
修一
「……救いようねぇな、マジで」
───
格子の向こうで、小柄な影がゆっくり身を起こした。
薄い金髪毛並みが揺れ、毛皮に覆われた腕が光を吸う。
長い眠りから覚めた獣のように瞬きをして、
次の瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
「おー! ソトカのねーちゃん、やっと来た! 遅いぞー!」
「悪い。少し手間取った」
そう言いながら、ソトカは腰のポーチから細い黒鉄のキーを取り出す。
檻の施錠を確かめるように指先で触れ、カチリ、と音がして錠が緩む。
「だいじょーぶ! ねーちゃんは絶対来ると思ってた!」
ギルガは檻の奥を振り返る。
ソトカは扉中央の《統括錠》に手をかけ、深く息を吸った。
カチャリ――。
ひとつの鍵が回ると同時に、檻全体に走っていた封印刻印がふっと光を失う。
金属の枷も連動して外れ、束縛がほどける気配が広がった。
最後の光が消えると、ギルガはぐいっと胸を張った。
その声には、幼さと同時に不思議な安心感がある。
「ほらみんな、出るよー。ついてきて! こわくない!」
言葉をまだ話せない魔物たちが、まるで指揮を理解したかのように立ち上がる。
ギルガの落ち着いた動きに合わせ、順番に檻を出ていった。
ソトカは短剣を握り直し、通路の先へ視線を向ける。
「私が先に行く。遅れるな」
「りょーかい! ねーちゃんのうしろは安全だからなー」
その声が軽いせいで緊張感が削れるが、歩みは一切乱れない。
ところどころ警備が残っていたが、
ソトカの鋭い一撃と、ギルガの素早い指示が合わさり、
危険は最小限に抑えられた。
「大丈夫だよー。ギルがいる! こっちこっち!」
全員が外へ出た時、町長派の警備隊が待機していた。
ギルガは前に飛び出し、手を高く上げる。
「はいはいー! 並んで並んで! おしくらすんなー!」
小柄な体からは想像できない統率力で、
魔物たちは自然と整列していく。
まるで群れを先導する旗印のようだった。
────
倉庫の裏口から外へ出ると、冷たい夜風が流れ込んだ。魔物たちはギルガの誘導で無事に保護され、町長派の警備隊が静かに引き取っていく。
町長が駆け寄り、深く頷いた。
「ご苦労だった。……商会の跡取りは、裏口から逃げたそうだ」
「逃げたか。まあ、らしいな」修一は肩をすくめる。
町長は渋い顔をしつつ帳簿を受け取った。「だが証拠は十分だ。価格操作、横流し、隠蔽……代理人は指示通りにしただけだと自白したよ。結果として全責任を負う形になるだろう」
「坊っちゃまが押しつけたわけだ」修一の呆れを含んだ声に、町長は重く頷く。
「そうだ。あの年齢で、あれでは先が思いやられるな」
ソトカは冷ややかな目で倉庫を振り返った。「どうでもいい。私たちが救うべきものは救った。それで十分だ」
ギルガもこくりと頷く。「よし、全員無事。あとは大人に任せときゃいい」
町長は苦笑しつつ深く頭を下げた。「……助けられたよ。ありがとう」
修一は軽く手を振った。
「礼なんていらねぇよ。俺らはできることしただけだ。……つっても、俺は今回もソトカにおぶられてただけだけどな」
夜風が倉庫の埃をさらい、騒ぎの余韻を静かに攫っていく。
修一は背伸びをしながら息をついた。
「……さ、帰るか。明日からが本番だしな」
ソトカは無言で頷き、ギルガは尻尾を揺らして笑う。
救出は終わった。だが、この町の問題はまだ続いている。
それぞれが胸に小さな決意を抱き、三人はゆっくりと夜の道を歩き出した。




