第3章 14話 商会倉庫 強制捜査
修一が街と森双方の立場を調整し、森の食料の安全を条件に協定をまとめる。ソトカは誘拐された仲間の返還を要求し、町長と魔獣の長の立会いのもと、正式に「バクフーン湿原相互不可侵・交易協定」が締結される。これにより、街と森の新たなる関係が始まった。
───
町長が地図を広げ、全員に向き直る。
「修一くん、ソトカさん。誘拐された仲間の所在は商会の倉庫だ。警備隊と共に向かってほしい」
ソトカはすぐに立ち上がる。
「……やっと行けるんだな」
一方、リリィは森側の代表に視線を向け、肩の鞄を叩いた。
「食材の安全性は私が確かめるわ。精製方法もね」
修一は二人を見渡し、短く頷く。
「じゃあ、ここからは別行動だ。互いにやるべきことをやろう」
こうして、街と森へ
二つのルートが同時に動き始めた。
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街中心部、ボンボン商会の倉庫前。
ソトカは修一を片手で抱えたまま、冷たい風の中に立っていた。
修一は片腕の中でバランスを取ろうとしながら、倉庫の建物を見上げる。
昨日、代理人が「知らない」と嘯いた場所だ。
ソトカ
「……匂いがする。ここに仲間がいる」
修一は息を飲む。
扉の前には商会の警備が数名。
町長から送られた警備隊もすでに影に潜んでいる。
「……隊長。ひとつ頼みがある」
隊長は息を呑むように姿勢を正す。
「なんだ?」
ソトカは静かに右手を差し出した。
「武器を貸してくれないか。
私は剣士だ……丸腰では、あなたたちを守りきれん」
警備隊の面々がざわっとする。
その言い方は傲慢ではない。
当然の事実を述べているだけの落ち着いた声。
だが、なぜか逆らえない重さがあった。
隊長は一瞬だけ迷ったが、すぐ決断し、自分の腰に下げていた短剣を外した。
「……我々の標準装備だ。人間の武器だが、使えるか?」
ソトカはその短剣を受け取り、軽く一振りして重さを確かめる。
「恩に着る。」
その動きに、数名の警備隊が思わず息を呑む。
剣の扱いを知る者だけが持つ無駄のない重心だった。
修一が、抱えられたまま小声で耳打ちする。
「ソトカ……人間の武器、使ったことあるのか?」
ソトカは短剣の重さを確かめながら、低く答える。
「刃物なら何でもいいってわけじゃない。だが、何もないよりは、ずっとましだ」
短剣を逆手に構えた瞬間
彼女の気配が、魔族ではなく 武の者 に変わった。
隊長がそれを見届け、短く命じる。
ソトカが一歩前に出ると、警備の男たちが槍を構えて道を塞いだ。
「ここは関係者以外立入禁止だ。帰れ」
そう言い放つが、その顔にはわずかな強張り。
何かを隠している者の態度だ。
ソトカは目を細める。
「必要なら力づくでもいいが……できれば穏便に済ませたい」
修一が小声で問いかける。
「やっぱり、中に?」
「間違いない。仲間の気配がする。」
胸がざわつき、修一は拳を握る。
そのとき、陰から町長の警備隊長が姿を現した。
「合図をくれれば、すぐ制圧に移る。
だが、まずは正規の手順で扉を開けさせる方が早いかもしれんぞ」
隊長は、巻物に押された町の印章を示した。
“正式な捜査許可証”だ。
警備の男たちは一瞬戸惑い、互いに視線を交わす。
「こ、こんな突然……俺たちは聞いてないぞ」
「聞いていないのはお前らの都合だ」
隊長が冷たく言い放つ。
場の空気が張り詰めたその瞬間
倉庫の扉がギィ……と、内側からわずかに開いた。
そこから顔を覗かせたのは、昨日の代理人だった。
「……聞きましたよ。町長のお達しだとか。
ですがね、これは商会の管理する倉庫でして、勝手に踏み込まれては困ります」
薄い笑み。だが目は笑っていない。
ソトカの気配が一瞬、牙を立てる獣のように変わる。
「仲間を出せ。嘘をつけば……後悔することになる」
代理人は肩をすくめる。
「仲間? なんの話です?」
修一の眉が跳ね上がる。
まだしらばっくれる気か!
隊長が前へ出た。
「修一くんから事情は聞いている。既に証言も得ている。
捜査許可証もある。拒否するのなら──」
「なら?」
代理人は笑みを深めた。
「上に確認を取りましょう。少し待っていただければ」
そう言って扉を閉めようとする。
が、ソトカの腕がすっと伸び、扉を押さえた。
金具が悲鳴を上げる。
「待たない。仲間を返してもらう」
代理人の顔が引きつり、周囲の警備がざわつき始める。
隊長が短く頷いた。
「突入する。各員、構え!」
隊長の号令が落ちた瞬間、
倉庫前の空気が一気に刃物のように研ぎ澄まされた。
「構え──!」
町長側の警備隊が一斉に前へ出る。
槍が水平に揃い、盾が鳴った。
商会の警備が慌てて武器を上げるも、
明らかに士気も訓練も違う。
修一は息を飲み、ソトカが一歩前へ出た。
ソトカ
「……最後に聞く。仲間を返す気はあるのか?」
代理人は一瞬だけ口を開きかけたが、
すぐに目を伏せ、唇を噛みしめた。
その仕草は「認めている」のと同じだった。
修一
「……あんた、終わったよ」
その一言に代理人の顔が跳ねた。
「ふ、ふざけるな! 商会には後ろ盾が──」
ソトカの右足がすっと滑り込み、
次の瞬間、彼女は地を蹴った。
ガッ!
扉が外側へ弾け飛ぶ。
人間が蹴ったとは到底思えない重さの一撃。
破片が飛び散り、商会の警備が悲鳴を上げた。
隊長
「今だ、突入!」
警備隊が一斉に雪崩れ込む。
修一もソトカの背に続き、倉庫の暗闇へ踏み込んだ。




