第3章 11話 擬態の子を抱き剣士は歩む
修一は倉庫で捕らえられが、子供姿に変身する能力で脱し、ソトカに抱えられて地下牢から脱出。追手の混乱を尻目に、二人は夜の街へと姿を消す。
───
朝靄の街を、冷たい風が抜けていく。
リリィは建物の影に身を潜め、杖を握りしめた。
昨夜の罠、修一が姿を消してから、もう夜が明けようとしている。
(修一……生きてる……よね?)
胸の奥で不安が渦巻く。
そのとき、裏口のほうから、軽い物音がした。
リリィは咄嗟に身をかがめ、身構える。
「……誰?」
影が朝の光に浮かび上がる。
片腕に小さくなった修一を抱え、静かに降り立った。
人に近い姿をしているが、瞳の奥に異質な光、背筋に獣のような張りがある。
魔物、いや、人に似せた高位種の魔物だ。
「落ち着け」その声は低く、しかし張りのある響きを持っていた。
「私はソトカだ。森の者だ、安心してくれ、危害を加えるために来たんじゃない」
リリィは一歩後ずさる。声を出すことすら忘れ、目の前の異質な存在をじっと見つめる。
「……森の者……? 魔物……なの?」
握る手に力が入る。理性が動き、逃げるべきか、戦うべきか、本能が問う。
「安心してくれといったろう、彼をここまで連れてきたんだ、ほら」
「リリィ、俺だ、修一、混乱するのはわかるが落ち着いてくれ。」
リリィは杖を握ったまま、言葉が出ない。
「は?……なんだか、私に似てる……?」
修一は小さく肩をすくめる。
「あー……そうなんだよ。理由はわからねぇんだが、なんか急におまえそっくりになっちまった」
「今は説明する時間がない」ソトカは冷静に周囲を見渡す。
「追手が来る前に、安全な場所まで抜ける」
リリィは拳を握り締め、覚悟を決めて答えた。
「なにがなんだかわからないけど敵ではないのね...」
三人は朝靄の街を抜けるため、互いに視線を確認し合いながら、静かに動き出した。
「……まず、どこか身を隠せる場所はあるか?」ソトカが低く問いかける。
リリィは周囲を見渡す。
「ええ、裏道を抜ければ、私たちが泊まっている宿『月影亭』に行ける。そこならたぶん安全よ」
「宿屋か……了解した」ソトカは修一を抱え、リリィに視線を向けた。
「道は、君が案内してくれ」
「ええ、ついてきて」
三人は互いの位置を確認しながら、朝の街の影に身を潜め、『月影亭』へと足を進めた
宿屋の玄関の影に到着する頃には、追手の気配は遠くに消えていた。
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宿屋『月影亭』に到着し、中に入ると、ソトカは慎重に修一を床に下ろした。
修一は小さく肩をすくめながら頷き、体を縮めるようにしてリリィの足元にそっと寄り添う。
床の感触もいつもと違い、椅子や机がまるで巨大な障害物のように見える。小さくなった身体で身をかがめながらも、修一の目は周囲を警戒して、わずかな音にも反応していた。
「……失礼」ソトカは静かに一礼する。人の姿に似ていても、背筋の張りや瞳の光はやはり異質だ。
リリィは警戒を緩めず、軽く会釈する。
「リリィよ……こちらこそ、よろしく……ソトカさん」
沈黙のあと、リリィは問いかける。
「……ねぇ、何があったの? どうして修一があんな姿に……」
「さあな。私は人間がどんなものか、あまり深く理解してはいない。だが……私たちの仲間、同類なのではないかとも思った」
リリィの視線が修一に向く。
修一(子供姿)は小さく眉をひそめ、言葉を選ぶように話し始めた。
「油断して警備兵に捕まった、しばらく尋問されたんだ……。そしたら急に身体が熱くなって、なんでリリィの姿になったのか、俺にも理由はわからない」
少し間を置き、声を低くして続ける。
「でも……身体が縮んだおかげで、逃げ出すきっかけにはなった。その後はソトカの鍵を外して二人で脱出したんだ。」
身体が縮むと同時に、淡い光と文字が視界に浮かんだ。
擬似擬態スキル Lv1 獲得
接触時間が長い人に擬態可能
模倣時間は短い(魔力と腐素を消耗)
感情リンクが途切れると維持できない
精神までは変化しない
無機物やモンスターには同調不可
(あ……これが、あのとき獲得したスキルか)
修一は視線を前に保ちつつ、話を続けた。
「そう、あの瞬間だ……頭に文字が浮かんだ途端、身体が熱くなりだして、縮み始めたんだ」
修一はようやくソトカの腕から降ろされ、椅子に腰を下ろした。
「……にわかには信じられないけど、信じるしかなさそうね、元々貴方の存在自体がイレギュラーだものね。」
「……まあ、こういう状況で言うのも変だけど、俺、元馬糞だし……いや今もか?まあそんなとこだ」
ソトカは眉をひそめ、首をかしげた。
「馬糞……?」
「いや、気にしないでくれ、こっちの話だ、まあ俺自身も仕組みかなんて、正直わかんねぇ。」
「でも……似せられるって感覚だけはある。
よくわかんねーけど、思い浮かべた人になれた、って感じかな」
リリィが瞬きをし、唇を震わせた。
「……私を?」
「変な意味じゃねぇぞ?」
修一は苦笑し、子供の姿のまま頭をかいた。
「親父もお袋も、知り合いもこっちの世界にはいねぇし……
まあ、お前がこの世界での唯一の家族みたいなもんだって思っただけの話だよ」
「……家族、ね」
リリィが小さくつぶやく。
修一は照れ隠しに肩をすくめた。
「頼れて、でもどこか抜けてる姉貴みたいな感じ?」
「誰が抜けてるですって…!」
リリィは眉をぴくっと跳ね上げ、口角を軽く引き上げ、ちょっと呆れたように言った。
修一はにやりと笑った。
「ほら、そういうとこ」
リリィは頬を膨らませ、そっぽを向いた。
その小さな不満げな仕草がおかしくて、修一は思わず笑顔になった。
「……でも、こうして無事に帰って来れただけでも上等だろ。
正直、今こうして話してるのが信じられねぇんだよ」
その声は少し笑っているのに、奥底に震えが残っている。
「ほんの少し前まで、俺……本当に、終わったと思ってたからさ」
リリィは息をのむ。
ソトカは静かに目を閉じた。
安全な場所に着いた今になって、
修一はようやく恐怖を外にこぼせたのだった。




