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第3章 10話 金瞳の剣士と幼き逃亡者

修一とリリィは街を歩き、物価高騰や町民の困窮を目の当たりにする。二人は変装して倉庫街へ向かう。しかし、黒い腕章の男たちに修一が捕らえられ、リリィは影に身を潜めて見守るしかない状況に。


───



倉庫で捕らえられた修一は、冷えた石床の上で目を覚ました。

「……っ、ここどこだ……?」


痛む頭を押さえながら身を起こす。視界がぼやけ、鉄格子が並ぶのが見えた瞬間、舌打ちがこぼれた。


(くそっ……油断したな。リリィがいないと俺なんて、このザマだよ……)


背筋に冷気が走る。


(リリィ……無事か? いや、あいつなら……大丈夫か。全員まとめてぶっ倒してでも逃げられるだろうし……)


自分が捕まった情けなさと、彼女への妙な安心感が混ざり合う。


少し落ち着きを取り戻した修一は、周囲へと視線を巡らせた。薄暗い地下牢の奥、影に沈んだ檻のひとつ。そこだけ、不自然なほど静かだった。


黒髪の女が座っているように見えるが、影が彼女の身体に吸い寄せられている。肌の境界がぼやけ、影と溶け合っているようだった。動かず、呼吸すら聞こえない。


ふいに顔を上げる。暗闇の中で金色の縦長の瞳が光った。その一瞬で、修一の背筋が冷えた。人間でも、ただの魔物でもない。上の何か、だ。


温度のない声が落ちる。

「……起きたか。手荒にやられたな」


修一は思わず身構えた。

「……誰だ? そこに誰か……いるのか?」


「私は最初からいる。おまえが殴られて、床に沈むまでな。気づかなかったのは、おまえだ」


「……俺、気絶してたのか」

「そうだ」


淡々と告げる女の瞳が、ふっと金色に光る。

「……その目……お前、何者だ?」

「当たり前の疑問だな」


「魔物ってやつなのか?」

「私をあれらと一緒にするな。ヒトガタに近い種だ」


落ち着いた、張りのある声。

「っ……お前、喋れるのか?」

「珍しくもない。もっとも、私ほどはっきり思考を言葉にできる個体は、まだ少ないがな」


修一が息をのむ。

「……じゃあ、お前は何者なんだ?」


女はゆっくりと立ち上がり、影をまとわせた。

「他の魔物とは階が違う」


少し間を置き、名乗った。

「ソトカだ。……お前は?」

「俺は修一だ」


「シュウイチ、か。覚えた」


短く言い、視線を伏せる。次の言葉だけ、わずかに温度が変わった。

「私は剣士だ、そうそう捕まる間抜けは犯さない......だが、裏切りに遭った」


「裏切り……?」

「里の者の中に、誰かが人間と通じて私腹を肥やしたのだろう。愚か者よ……だが、誰かは分からない」


怒りを押し殺した低い声が、檻の空気を震わせた。


「おい、見張り交代だ! 坊ちゃんが五分以内に呼んでる!」

「チッ、急すぎんだよ! あとであの男を上に連れてけ!」


荒い足音が階段を駆け上がり、扉が閉じる。


再び静寂。


(……ぶぅ……?)


胸の奥で、小さな痛みが波のように走った。修一が殴られた衝撃の残りが、ぶぅにも遅れて伝わってきたのだ。

(ボス いたい うけみとって)

(すまん……喧嘩慣れしてないんだ)


そのとき修一の手首が淡く脈動した。

(……また、あの感覚)


そのとき──

骨がきしみ、軋む音が耳に響く。皮膚がねじれ、筋肉が内側から押し潰されるように変形していく。

「な……身体が……!?」


視界が急激に低くなり、机も椅子も周囲の景色も、まるで巨大化したかのように見える。肩まで垂れていた髪がふわりと落ち、手足は細く小さくなり、かつての大人の身体は消え失せている。


修一は自分の手を見る──小さく、細い、幼い手。思わず後ずさりし、目がくらむ。頭の中が真っ白になり、声も裏返った。

「ちょ、ちょっと待て……これ、俺……!」


ソトカも思わず息を呑む。目の前で起きる異様な光景に、わずかに眉が寄った。だが、すぐに呼吸を整え、声を落ち着けながら判断を下す。


「おまえも魔の者なのか……?ワケはまた後でだ。今は使える力を使って脱出だ」


「お、おう……!」

修一は困惑しながらも周囲を必死に探り、机の上で鍵束を見つける。


震える手で鍵を掴み、檻の錠前を探る。手が小さく、力も入らず、何度も指が滑る。

ようやく鍵を差し込み、ガチャ、と音を立てて鉄檻が開いた。心臓はバクバクと暴れ、息も荒い。


「……恩は返す。脱出できたら、何でもおまえの好きなことを一つだけ言え。必ず叶えよう」


そう言うとソトカは即座に周囲を確認する。

「お前のその身体では動けまい。私が運ぶ」


「えっ……ま、待っ」


次の瞬間、修一は軽々と抱き上げられていた。訓練された兵士のような安定した腕。

「軽い。速度は落ちないな」

「……それ褒めてるのか?」

「事実を言っただけだ」


階段を下りる足音が響く。男たちが戻ってくる。


「仲間を助けたいが……今は無理だ。追撃されれば全員終わる。救出は後だ」


判断は鋭く速い。

「来るぞ、掴まれ」


修一が腕を回した瞬間、ソトカが通路へ踏み出す。影のような静けさと、獣の速さ。薄暗い地下牢を一気に駆け抜ける。


怒号が背後から飛んだ。振り返る暇もなく、二人は夜の倉庫街へ駆け出した。冷えた石畳を踏む音が、闇に吸い込まれていく。


その数十秒後。


「……おい、檻が開いてるぞ!」


階段を降りてきた見張りが立ち止まり、呆けた声を漏らした。

「は? 鍵がねぇ。どういうことだ」

「さっきの男もいない!」

「くそっ……逃げられたか!」


慌てた足音が地下牢に散り、ざわめきが広がる。

「坊ちゃんに報告しろ! 全員起こせ!」

「くそっ、夜中にやらかしやがって……!」


怒号が再び響いたときには、ソトカと修一の姿はもう倉庫群の影に消えていた。

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