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1話 浄化術士リリィ不思議な馬糞を発見する

急に始まった異世界ライフ、モード馬糞、今もまだ継続中。

雨は止み、流されずに残ったのは、奇跡というより粘度の勝利だ。

……異世界生活、俺の職業はいまだに馬糞である。

女神さま、そろそろチュートリアルくださいません?


───


雨上がりの城下。

薄靄の中を、一人の少女が歩いていた。


淡い紫のローブに銀糸の刺繍。

手にした杖の先で、光の粒が舞っている。


「この辺り……腐素が不自然に濃い。

 空気が淀んでるわ。……発生源はどこ?」

その瞬間、修一の中であの欠片が震えた。

光が脈打ち、内部に熱が走る。


(やべぇ……わからんけど……体のセンサーが超うまそうみたいな反応してる!!

 いや何で!? 俺、馬糞だぞ!?)

ブゥがざわめいた。

『ボス、あのこ、くう?』

(やめろ! 人間食ったら即討伐だぞ! テンプレ的に!)

だが、少女はすでにこちらに気づいていた。

視線がぴたりと修一の上で止まる。


「……腐素反応……?馬糞から?いや、そんなはず……」


少女は眉をひそめ、そっと距離を取った。

「……え、ちょっと待って。喋るとかじゃないよね? まさか動く? 爆発とかしないわよね?」


(おい待て、なんで爆発前提なんだよ!?)


彼女はおそるおそる杖の先で修一をつつく。

「……ぬ、ぬるい……。って、やだっ! 本当にあったかいんだけど!?」


(やめろ触るな! 俺、今たぶんデリケートな時期なんだよ!)


少女は飛び退き、青ざめた顔で杖を構えた。

「な、なにそれ!? 腐敗してるのに生命反応がある!? キモい! いや怖い! いやキモ怖い!」


(順番に落ち着いて言え!)


ローブの裾をひるがえし、杖を構える。

先端から白光が放たれた。


「《浄化ピュリファイ》!」


少女が光を放った瞬間、修一の体が焼けるように熱くなった。


ぐぉぉぉっっ!? ちょ、ちょっと! 女神さま、殺す気かよ!?


───



ザザッ、ザザザ──。


世界がひっくり返るように、修一の意識が一瞬とろけて消えた。


──その刹那、

 本来この世界のどこにも属さない何かが、

 微睡むようにひとつだけ姿を現した。


「……んぁ。誰だっけ……あ、いま死んだやつ……えっと……まあいいか」


足の指で何かをつまむ仕草。

眠気に濁った目。

無造作に放られる光の飛沫。


「ほらよ……指定先で生きろ……むにゃ……」


光の軌道はふらつき、狙いとは別の方向へ墜ちた。

どこかで、馬の嘶きと何かが落ちる鈍い音がかすかに重なる。


その存在は、また糸が切れたように崩れ落ちた。


「……チュートリアル……めんど……すぅ……」


その最後に、

途切れ切る寸前の電波のような声だけが、かすかに残った。


 《……誤差……まあ……いっか……》


ザ……ザザッ。


修一の意識が戻る。

何も知らぬまま、痛みと熱だけが現実だ。


───



少女の瞳が、ピクリと揺れた。

「……今、声……?」


(……ぐぉぉぉっっ!!)

(俺の中で……なにか、目覚めるッ!)


馬糞の表面がぼこぼこと脈動し、蒸気と光が入り混じる。

周囲の蠅たちがぶわっと飛び立った。


白光の中で、二つのエネルギーが混ざり合う。

臭気魔力と浄化残滓。

相反するはずの力が、螺旋のように結合した。


◆スキル融合:臭気魔力 × 浄化残滓 → 腐香魔法へ進化



少女の目には、馬糞が脈動して光る様子が信じられないもののように映った。

(この瘴気の中で、普通の物質がこんなに暴れるなんて……)


少女はおそるおそる杖を引いた。

(……魂の波形が二重……? まるで生者と死者が同居してるみたい)


「な、なにすんだ! 死んじゃうだろ! ……って、あれ、声出てる!?」


恐怖よりも、好奇心のほうが勝っていた。

そして、杖を構えたまま目を見開く。


「……しゃ、喋った!? 馬糞が!?」

少女は自分の耳を疑った。声は空気ではなく、心の奥に響いている。

(……私にだけ聞こえる?)


「ちがう、俺は―元・サラリーマンだ!」


「余計に怖いわよ!? 何者なのよ!」


「名前は……大野修一。

 たぶん、異世界転生した......クソだ。」


少女は瞬きを三回した。

沈黙。風の音だけが通り抜ける。


「……」

「…………」


やがて、少女は額に手を当てて深くため息をついた。


「……なるほど。異世界転生した馬糞。

 もうこの世界、終わってるのかもしれないわね。」


「いや、まだ始まってもねぇよ!」


「……あきれて名乗る気にもならないけど、一応私はリリィ。浄化術士よ。」

彼女は杖を軽く掲げ、疲れたように肩をすくめた。


「リリィね。助かったよ。

 浄化っていうか、若干焼かれたけど。」


「助かった? 普通なら消滅してたのよ?

 どんな魂の構造してんの、馬糞のくせに。」


「くせには余計だろ!」


光が収まると、修一の内部で何かが形を成した。

それは、魂の核―小さな光球。

泥の中で生まれた、存在の種。


◆進化達成:発酵生命体

──無機から有機へ、進化の第一歩。


(……俺はもう、ただのクソじゃない。

 俺は存在になったんだ。)


『ボス、あのひと、つよい。たべたら おなかこわす。』

『でも におい、ちょっと すき。』

(お前ら感想の方向おかしいだろ……)


『ブゥ、報告するわ。共鳴率上昇。ボス、まだ進化途中。』

(よし、上出来だ。今日は休め)


湿原に、聖光と腐臭が混ざり合う。

リリィは杖を下ろし、呆然と呟いた。


「……本当に、何なのよ、あなた。」

「ただの馬糞さ。

 道端の底から、世界を見返してやるさ。」


リリィはため息をつきながら杖をくるくる回した。

「……ま、興味はあるわ。どういう構造してるのか、調べさせてもらう」

(ああ、やっぱりそうなるのか……)


まさか、誰かが俺を見つけてくれて

それが研究対象としてだとはいえ、こうして外に出られるとは。

俺のウンも、まだ尽きちゃいないらしい。

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