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第3章 9話 商会の倉庫へ潜入そして捕縛

翌朝、修一とリリィは街の噂を避けつつ町長を訪ね、村の物資欠乏を報告し支援を要請。町長は二人に同行を依頼する。修一とリリィは協力を承諾し、街やスィレン村の支援のため、現場での行動を決意する。


───



町長との会議を終え、修一とリリィは街を歩きながら様子を見て回った。

露店の前では、ジャガイモやニンジン、キャベツの値札を見て眉をひそめる町民たちがいる。


「また値段が上がった……昨日より高いぞ……」

年老いた男性が、かごの中のジャガイモを見下ろして小さくつぶやいた。


「ライ麦のパンも買えん……」

若い母親が子どもの手を握りながら、肩をすくめる。


修一は黙って頷き、リリィがぽつりと漏らす。

「出し渋りね……問屋や商人たちが値段を釣り上げてるわ」


川魚を抱えた青年が荷車を押しながらため息混じりに言う。

「川魚も最近、問屋がまともに出さないから、値段が跳ね上がるんだ」


修一はうなずく。町民たちの困窮が、そのまま口から滲み出ている。

リリィも心の中で思う。

(なるほど……町長が頭を抱えるのも無理はないわね。)


二人が市場を歩き続けると、八百屋の奥で老婦人が小声で愚痴をこぼしていた。

「うちのパン屋も、王都から仕入れる小麦代が高くて……値段上げるしかないのよ」


リリィは小さく眉をひそめる。

「物資を出し渋って、利益だけを追う……これじゃ街の人が困るのも当然ね」


修一は市場の奥を見渡しながら、軽く頷く。

(町長一人の力じゃ、この状況は打開できない……)


ちょうど近くで野菜を売る青年が荷車を整理していたので、修一は声をかけた。

「すみません、この先にボンボン商会の問屋元締めってありますか?」


青年は少し目を細め、指差す。

「ああ、あの大きな倉庫か。道なりにまっすぐ、三つ目の角を右に曲がったところです。ただ、昼間でも警備は厳しいよ。柄の悪い連中も出入りしてるし、あんまり近づかないほうがいいよ」


修一は小さくうなずき、隣のリリィに目配せする。

(やっぱり、ここは念のため顔を隠したほうがよさそうだな……)


リリィは渋々、少し嫌そうな顔をしながら厚底のビンメガネを取り出す。髪をざっくり三つ編みにまとめ、数本のピンで地味に整える。

「……この格好、あんまり人前でしたくないんだけどね……」


修一はにやりと笑う。

「でも隠密行動にはぴったりだ。誰もあの女だとは思わない」


リリィは小さくため息をつき、肩をすくめた。

そして眼鏡の位置を指で押し上げながら、少しうつむく。

「……仕方ないわね」


「意外と似合ってるぞ」

「……調子に乗らないでよ、バカ!」


二人は荷袋を肩に担ぎ、青年に教えてもらった道を静かに歩き出した。

夕陽が西の空を赤く染め、建物の影を長く伸ばしている。

街灯のひとつもまだ灯らず、路地には薄暗い影が落ち、昼間より静まり返った空気が漂う。


「もうすぐ日が沈む……」修一が小さく呟く。

リリィも視線を路地の奥に送る。

「この時間帯のほうが、人目にはつきにくいわね。でも、暗くなるほど不気味さも増す……」


沈みゆく太陽の光が倉庫の壁に斜めに反射し、鉄扉や木箱の影が不気味に揺れる。

二人は慎重に歩を進め、影に溶け込むように体を低くして進んだ。


────



倉庫街の空気は重く、通りを歩く者もどこか急ぎ足だった。

 修一とリリィは、人気の少ない裏道を抜けて倉庫群の外縁に出る。


「……距離を取ったほうがいい」

「ええ」


路地は狭く、荷車や木箱が無造作に置かれていた。二人は互いの影に隠れるように、自然と別々の道を選ぶ。

修一は壁沿いを伝いながら進み、リリィは少し先の木箱の陰に身を潜める。

狭い通りの隅を使えば、互いの存在を目立たせずに済む。息を潜め、周囲の気配に耳を澄ませながら、二人は慎重に歩みを進めた。



そのとき――

「おい、おまえ!」

背後から怒声が響いた。修一の背筋に冷たいものが走る。振り向くと、黒い腕章を巻いた男たちが二人、こちらに向かってくる。


一人は手に鉄の束ね棒を握り、もう一人は鋭く研がれた短剣を腰に差していた。

棒の先端は鈍く光り、短剣は月明かりを反射して冷たく輝く。


「ここは一般人立入禁止だ。許可証を見せろ」

「……視察の依頼を受けてきた。.....町長の」

言いかけた瞬間、男のひとりが鼻で笑う。

「町長? へぇ……あいつ、また余計な詮索をしてやがんのか」

もう一人が吐き捨てるように言った。

「じゃあ、なおさらだ。こいつは聞き取り、だな。中でゆっくり話してもらおうぜ」


 修一が咄嗟に身構えたそのとき、背後から別の影が迫り、鋭く光る刀の刃が彼の肩に突きつけられた。

 「……っ!」

 「うーん?やっぱこいつ、見覚えがねぇ。中で話を聞こう」

 男たちは半ば強引に修一を倉庫の奥へ連れて行く。


───



少し離れた路地の影に身を潜め、リリィは修一の姿を見つめて息を呑む。

黒い腕章の男たちが鉄棒を肩に担ぎ、短剣を抜きかけながら彼を取り囲む。

修一の腕がねじ上げられ、抵抗する間もなく倉庫の奥へ引きずられていく

その一部始終が、月明かりに照らされてまざまざと浮かび上がっていた。


「――修一……!なにやってんのよ、もう……」

思わず漏れた声は震えていた。

喉が焼けつくように熱く、胸は痛いほど締めつけられる。

だが次の瞬間、理性が鋭く彼女を引き戻した。


(だめ……今行ったら私まで捕まる……それじゃ取り返しがつかない……)

(見張りも多い。武装もしてる。正面突破したら、修一が……)


歯を食いしばり、拳を握る。爪が掌に食い込むほど力を入れても、震えは止まらない。

視線は修一から一瞬たりとも離せないのに、身体だけが動けない。


(時間は……まだある。今は動くべきじゃない……落ち着け……)

(助ける。必ず助ける。でも今じゃない……!)


悔しさと恐怖が入り混じり、喉の奥で小さく呻くように息がこぼれた。

リリィは影の中に身を伏せる。

それでも、連れていかれる修一の背中からは目を離さなかった。


月明かりに消えていくその姿が、胸に焼き付いて離れなかった。

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