第3章 1話 動かなければ終わる
社畜の俺は王様に表彰されるも、湿原に追放された。
隣には無表情の浄化術師リリィ。
こうして俺たちの異世界サバイバルが始まる。
馬糞だった俺は、浄化術師リリィと出会い人型となる。
王都でのスライム暴走を経て発酵勇者となった俺だが、王様に管理責任者名目で実質バクフーン湿原に追放され、辺境の村にたどり着いた。
雪解けの村で、泥人形を使い土地を改良
食料危機に直面した俺たちは、リリィ先導で魔物の森を抜け、町を目指し動きだす。
───
まずは行ってみて考えよう。
このまま動かないなら詰みだ。
食い扶持は、少しでも少ないほうがもつ。
修一は背の荷を締め直し、リリィとともに村をあとにした。
薄明の森を抜け、雪解けの小川沿いに道を取る。
ベルガの言っていた通りなら、このまま東に三日で街に着く、はずだった。
だが、昼をすぎた頃、行く手の橋が半ば崩れ落ちていた。
濁流が轟々と音を立て、板は流され、支柱だけが黒く突き出ている。
「……あんた、飛び越える気じゃないでしょうね」
リリィが眉をひそめる。
「まさか。川沿いを下って、別の道を探す」
そう決めて迂回したものの、森は思った以上に深かった。
地図にない小道がいくつも入り組み、足跡もすぐぬかるみに消える。
「ベルガの話じゃ、このあたりは真っすぐだったはずなんだけどな」
「つまり、あてにならないってことね」
太陽は雲に隠れ、木々の影が濃くなる。
風が止まり、森の奥から、遠くで何かが崩れるような音がした。
修一は足を止め、リリィと目を合わせた。
…迷ったかもしれない。
──
リリィが肩の荷を下ろす。
袋の中からは、乾いた食料や薬瓶、それに鍋まで出てきた。
修一は思わず目を丸くする。
「おい、それ……中身なに入ってんだよ。岩か? なんでそんなでかい袋担げるんだよ、ゴ─」
言いかけて、リリィの視線に気づいた。
にっこり。だが、目はまったく笑っていない。
「……今、なんて言おうとしたの?」
「え? えーと、ゴ、ゴリラの親戚?」
「へぇ、そう」
「ち、違う違う、褒めてる! 筋力の話だ!」
「そう。ありがと」
リリィが笑顔のまま、鍋を地面に置いて火を起こす。
パチパチと火の粉が上がるたびに、修一の背筋が少しずつ冷えていった。
(……こええ。俺、今、完全に地雷踏んだな)
彼女は無言で鍋を地面に置き、手早く火を起こした。
「休憩よ。道を間違えたってわかったなら、体力を戻すほうが先」
修一は渋々座り込む。
その手際の良さを見て、(こいつ……あんまり話してくれないがただものじゃないな)と内心つぶやいた。
──
夜、焚き火の灯りの中でリリィが口を開く。
「浄化術は、大昔は一般的だったけど今は誰でも扱えるものじゃないの。
けど、生き延びる術なら今からでも覚えられる」
「生き延びる術?」
「そう。たとえば、こうやってかわすとか」
次の瞬間、リリィの手刀が風を切った。
修一の鼻先をかすめる。
「おいっ! 危ねえだろ!」
「今のを避けられなきゃ、魔物相手じゃ死ぬわ」
「冗談じゃねえ……俺、ただの社畜だったんだぞ?
喧嘩したこともねえし、殴り合いなんて考えたこともないっての」
「そう、なら今人生初の実地訓練ね。おめでとう」
「どこがめでたいんだよ……」
──
修一は息を切らしながら間合いを取る。
リリィは髪を払って、涼しい顔のまま構えを変えた。
「でもあんた、疑似生命体なんでしょ? 叩かれたら痛いの?」
「痛覚は鈍いけど、まったくないわけじゃない」
「じゃあ、手加減してあげるわ」
「お、おい、それは 」
リリィの足がわずかに沈む。
次の瞬間、風が裂けた。
「うわっ、ちょ、待っ━━!」
風が裂ける。修一の息が止まる。
次の瞬間、手刀が視界をかすめた。
(ブゥ:今の動き、完全にアウト…)
夜の森に、小さな悲鳴と足音が交じった。
不格好な修一の動きに、リリィの短い指導が続く。
──
不格好な修一の動きに、リリィはため息をついて、淡々と首筋の血をはらった。
「あんた、弱いわね」
「は?」
「死ぬかどうかは分からないけど、なんとかしないと」
修一は胸を押さえながら半笑いで返す。
「おい、それ改造されたロボットに向かって言うセリフかよ……
俺、社畜だから筋トレはジムでしかしてないっての」
「言い訳は聞かない。やるのよ、今から」
リリィは簡単に構えを直し、修一に向かってゆっくり歩み寄る。
「まずは素早く動く癖をつける。相手の軸を見るの。腰が先に動いたらアウト」
「軸ってなんだよ、ヤンキーか」
「違う。足元を見ろ」
言われた通りに足元を見ると、リリィが小石をはじいて見せた。
「ほら、こうやって流れを読めば、力任せに当てられるよりはるかに安全でしょ」
修一がぎこちない真似をすると、リリィは手短に次の型を繰り返す。
叩き方、避け方、受け流し。声は冷静だが、ひとつひとつに丁寧さがある。
──
「で、痛いの?」とリリィが小声で訊く。
修一は眉をひそめて答えた。
「鈍いけど、ある。だから雑に扱うなよ」
(ぶぅも いたい しっかり 修一)
「...すまん」
リリィは口元を緩める。
「へぇ、意外とデリケートなのね」
「当たり前だ。機械でも石像でもねぇんだぞ」
修一がちょっと胸を張ると、リリィの拳が容赦なく飛んだ。
「うぐっ!? 言ってるそばから殴るな!」
「確認よ。耐久テスト」
「ブラック職場かよここは!」
森の闇が深まり、訓練は短くとも濃密に続いた。
不器用な動きにリリィが軽くツッコむたび、修一の表情は少しずつ真剣になっていく。
振り返れば、焚き火の光が二人の影を揺らしていた。
明日、こいつが本当に役に立つかどうかは分からない。
だが少なくとも、手加減なしの現実だけは、ほんの少しだけ馴染み始めていた。
──
翌日、薄明の霧の中。
「……昨日のが、まさかこんなに早く役に立つとは……」
リリィが一歩、前に出る。
霧の向こうで、鳥の声がぱたりと止んだ。
今回のブゥは、修一の脳内生命体としてほんの少しだけ顔を出しています。
最近はぐっと寒くなってきましたね。私は少し風邪気味ですが、皆さんも体調には気をつけてください。
森の描写は、実際に公園を散歩したときの印象を少し参考にしています。修一とリリィの冒険に役立つかは分かりませんが、雰囲気だけでも味わってもらえればと思います。
いつも読んでくださる皆さん、ありがとうございます。これからも二人+1?の冒険を一緒に楽しんでください。




