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最初に出会ったのは蠅の群れだった

──目を覚ませば、また石畳の上だった。


腐る時間ほど、退屈で長いものはない。

昼も夜もわからない。光も射さない。

ただ、じわじわと崩れていく自分を感じるだけ。

それでも、意識は消えなかった。

息も心臓もないくせに、思考だけが残る。


(……地獄って、こういうのかもな)


雨が上がったあとの石畳。

湿った土と、腐敗の甘い匂いが混ざる。

その中心に、黒くて丸い俺がいた。


(……何日経った?)

(犬に転がされ、子どもに棒でつつかれ、カラスに突かれて……)

(それでもまだ、意識がある。俺は、消えてない)


その時、かすかな羽音がした。

ブゥゥゥゥン……。


(ん? 虫……?)


小さな影が群がってくる。

蠅だ。十匹、二十匹……いや、もっと。

俺の上で宴でも始めたみたいに、好き放題たかっている。


(おいコラ、やめろ! 俺だぞ! 食うなって!)

もちろん、声なんか届くわけがない。

そう思っていた。


『……この糞、あったかい』

『なんか……動いてる?』


……え?

聞こえた? 今、聞こえたよな?


(いやいや、まさか……俺、蠅の声を……?)


叫んでも届かない。

でも、確かにわかる。

彼らの声が、思考が、頭の中に流れ込んでくる。


……うるさい。頭に直接、何かが流れ込んでくる。

音じゃない。言葉でもない。

意味の断片だけが弾ける。


『……ボス?』


(ボ……ス? たぶん俺を呼んでるのか?)


脳の奥で雑音みたいな思考がうごめく。

意味は分からないのに、呼ばれてる感覚だけは伝わってくる。


(ん? こういう時って……テンプレ的には名前付ける展開か?

……よし、やってみるか。)


(......おい、ちっこいのども。とりあえず代表をブゥと呼ぶ。)


『わかった、ボス。ぼくブゥ、いまなかま 二十四。みんなげんき。』


(お、おぉ……なんか部下できた……のか?)


(……声って、こんなに安心するもんだったか。)

(何日も独りだったからな……蠅でもありがたい。)

(社畜時代よりマシって……俺、何と比べてんだ)


『ボス、あったかい匂い。腐素がいっぱい。』

(ふそ? なんだそれ)

『死んだ命の残り香、燃えカス。ここ、生きるのにいい場所』

(……死んだあと、まで使われる世界かよ。エコすぎだろ)


(俺、いきなり生態系の底辺スタートかよ。マジでチュートリアル泥まみれだな)


蠅たちが体の中で動き、熱を生み、

俺もそれを感じながら、なぜか満たされていく。

腐っているのに、生きている。

いや、進化している、そんな感覚だった。


『ボス あたたかい けど すこし くさい』

「え、今なんて言った……?」

『いや、ボスのにおい なんか おちつく ねむたくなる』


ちょっと褒められた……のか? この小さな群れに。


体の奥で蠅の動きがより鮮明に感じられる。

温度も匂いも、微細な変化まで手に取るようにわかる。


蠅のリーダー格ブゥが静かに笑った。

『あなた、ただの糞じゃないわね。』

その一言が、妙に嬉しかった。


……と、思った矢先だった。

ぬかるみを踏む音。

(ん? 足音……?)

(やめろよ、誰だって糞踏むとテンション下がるんだぞ)

「……この辺?特に変わった様子はないけど……」

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