馬車生活の合間で(閑話)
※本編とは直接関係のない小話です。
修一は背を伸ばし、揺れのない座席に体を預ける。
「にしても、この環境……王族の旅行かよ」
「王命の任務だから当然よ」
「そういや、アルトレイン卿ってなんだ? もしかして偉い人なのか?」
沈黙。
リリィは視線を窓に向けたまま、答えなかった。
「……逃げんなよ」
「逃げてないわ。ただ偉いかどうかなんて、人によるの」
リリィの声は、どこか急に硬くなっていた。
「ふーん。つまり、そう呼ばれてるだけってことか」
「そう呼ぶ人は呼ぶけど……私にはよく分からないわ」
「……なるほどな」
修一は小さく笑った。
「...言いたくないことを無理に聞くほど、野暮じゃない。俺、パワハラはしない主義なんだ」
リリィの肩が、わずかに揺れた。
笑ったのかどうかは分からない。
修一は窓を見た。白い世界が流れていく。
二週間、止まらず、眠らず、ただ進む。
それがどんな地獄か、まだ知らなかった。
そこからが、長かった。
◇◇◇
列車の静かな揺れの中で、沈黙が続いた。
どこまでも雪原。
風も音もない。
修一は膝の上で腕を組み、長い息をついた。
「……なあ、娯楽ってないのか?Switchでも本でもなんでもいい。何か暇つぶしがないと、頭が爆発しそう」
「スイッチ?」
「……いや、なんでもない」
修一はポケットを探る。
当然ながら、スマホなんて出てこない。
「……スマホなんて、ねぇよなあ」
ぽつりと漏らした声に、リリィが首をかしげた。
「すまほ?」
「……魂が休まる道具だよ。暇があれば、ずっと小説読んでた。
ああ、まあつまり、本読んでたってことだ」
「それ、魔導具?」
「いや、もっと原始的で、もっと依存性が高いやつ」
リリィはきょとんとしたまま、微妙な間を置いて言った。
「……あなた、本当に変わってるわ」
「それ、褒め言葉なら受け取っとく」
修一は背を預け、座席の革の感触を確かめた。
柔らかすぎて、逆に落ち着かない。
窓の外では、相変わらず白い世界が流れていた。
……と、その景色が、ふっと揺らいだ。
修一は眉をひそめた。
「……おい、なんか景色、変わってないか?」
窓の外には、どこまでも続く白い原野のはずが、今は海だった。
波が寄せては返し、光が壁に反射して、ゆらゆらと揺れている。
「おい、また変えたのか?」
リリィは小さく指を動かし、幻影幕の魔法を調整していた。
「気分転換よ。雪ばかり見てたら、目が疲れるもの」
「気分転換ってレベルじゃねぇ。次は何だ、砂漠か?」
「……じゃあ、夜空」
ぱち、と音がして、満天の星が広がる。
まるで空の上を走っているようだった。
修一は苦笑した。
「便利だけど、現実感がバグるな。
こういうの、長く見てると脳が休まらないタイプだわ」
「じゃあ、これで」
リリィが指を鳴らすと、夜空がふっと消え、
薄い橙色の光だけが残った。
天井に吊るされた魔導ランタン。
魔力で灯る淡い光が、呼吸に合わせてわずかに揺れている。
「これが一番落ち着くのよ」
「……確かに。人間、光の揺れがある方が安心するんだな」
修一は目を細め、壁に映る二人の影をぼんやりと眺めた。
「静かすぎて、逆に落ち着かねぇ……」
「防音結界、張ってあるから」
「地獄の静寂サービスかよ」
リリィの肩がわずかに揺れた。
笑ったのかどうかは分からない。
そしてまた、列車の中に沈黙が戻った。
修一は座席に沈み、あくびを噛み殺した。
窓の外には、どこまでも続く白い原野。
……のはずが、今は海だった。
「おい、また変えたのか?」
リリィは小さく指を動かし、幻影幕に波の映像を走らせていた。
青い光が車内の壁に反射して、ゆらゆらと揺れている。
「気分転換よ。雪ばかり見てたら、目が疲れるもの」
「気分転換ってレベルじゃねぇ。次は何だ、砂漠か?」
「……じゃあ、夜空」
ぱち、と音がして、満天の星が広がる。
まるで空の上を走っているようだった。
修一は苦笑した。
「便利だけど、現実感がバグるな。
こういうの、長く見てると脳が休まらないタイプだわ」
「じゃあ、これで」
リリィが指を鳴らすと、夜空がふっと消え、
薄い橙色の光だけが残った。
天井に吊るされた魔導ランタン。
魔力で灯る淡い光が、呼吸に合わせてわずかに揺れている。
「これが一番落ち着くのよ」
「……確かに。人間、光の揺れがある方が安心するんだな」
修一は目を細め、壁に映る二人の影をぼんやりと眺めた。
「静かすぎて、逆に落ち着かねぇ……」
「防音結界、張ってあるから」
「地獄の静寂サービスかよ」
リリィの肩がわずかに揺れた。
笑ったのかどうかは分からない。
そしてまた、列車の中に沈黙が戻った。




