異世界転生したら馬糞だった件
ブラック企業で過労死したサラリーマン、大野修一。
次に目を開けた場所は──異世界の石畳の上だった。
手も足も動かず、視界もない。
あるのは、脳の奥を突き刺すような刺激臭だけ。
(……まさか俺、これ……馬糞じゃねぇか!?)
人生ワーストどころか、異世界史上最低クラスのロースタート。
動けない。進めない。名もない塊のまま、腐って終わるだけ──のはずだった。
だが、偶然出会った浄化術師の協力を経て、修一に再生の可能性を与える。
《馬糞転生 元社畜、肥料から始める異世界再生記》
──笑える出発点だが、ここから先は意外なほど真剣で、しぶとい成長物語になる。
倒れ込む瞬間、最後に見たのは天井の蛍光灯だった。
白すぎる光が、目の奥に刺さる。
その向こうに浮かぶのは、二週間前に急に短縮された納期、
理由が「上層部の気分」。
胃が捻れたあの瞬間の感覚まで蘇る。
(……このプロジェクトが終われば休める。せめて一日だけでも)
そう願った矢先、視界がすうっと暗く沈んだ。
次に意識が戻ったとき、
俺は石畳の上に──いや、上にある何か、の中にいた。
……いや、違う。
「転がっていた」のは俺じゃない。何か別の物質、だ。
(どこだ、ここ……?)
手も足もなく、動けない。
視界の代わりに、全方向からにじみ込んでくる異常な匂いが、
脳みその奥を直接掻き回してくる。
(……なんだこれ……?)
体は動かない。
手も足もない。
目もない。
あるのは
ずぶり、と何かが沈む感触だけ。
(……俺、埋まってる? いや、溶けてる……?)
雨粒が落ちてきて、冷たい液体が内部へ染み込む。
そして──ぐしゃり。
馬の蹄の振動が伝わった。
(馬……? 街道? でもこの嫌な感覚……)
自分の中心から、腐った刺激臭が湧き上がっている。
嫌でも理解する。
(……まさか……これ、俺?)
恐る恐る、意識を動かす。
どろり、と何かがずれた。
その瞬間、確信が雷みたいに落ちた。
(……嘘だろ。……俺、馬糞じゃねぇか!?)
声は出ない。
出せる形も、もうない。
(……マジかよ。異世界転生したと思ったら、素材がクソって……)
笑えねぇ。
というか、俺こういう展開を何百回と読んだ気がするぞ。
ブラック企業に疲れた主人公がトラックに轢かれて、目を覚ましたら王子だったり、勇者だったり、スライムだったり。
「やり直し」のお約束だ。
(……いや、スライムまではわかる。スライムなら動けるし。
でも馬糞ってなんだよ。行動不能チュートリアルどころか、チュートリアル前だろ……)
思えば、昼休みも終電待ちのホームでも、スマホで「なろう」読んでた。
異世界転生が現実逃避みたいなもんだった。
けど──まさか本当に転生するとは思わなかった。
(マジで勘弁してくれ……
神様か女神か知らねぇけど、絶対ブラック寄りだろ......。
ほんの気まぐれで、誰かの人生ぐらい転がしてそうだ。)
笑える形もないのに、
なぜか笑ってしまいそうな気がした。
力尽きた社畜の残りかすなんて、そんな扱いなのか。
───
雨が降り続ける中、微かな光が漂った。
蛍のような粒がふわりと浮き、俺の周囲を巡る。
(……なんだ、これ。あたたかい……?)
「遠くで誰かが『腐素値が上がってる?』とかなんとか言った気がした。」
雨音にかき消され、すぐに静寂が戻った。
それが何を意味するかなんて、まだ誰も知らない。
(……気のせいか。まあ、馬糞がしゃべるよりマシだな)
そして頭の中に直接、
見慣れたシステムウィンドウのようなものが浮かんだ。
使用可能スキルを検出しました。
◆発酵
自身の分解・再形成。微量の熱と栄養生成。
◆嫌気爆発
嫌気発酵でガスを溜めて爆発する能力
◆臭気汚染
一帯の空気を支配し、敵を錯乱・混乱させる。
(……スキル?
俺、スキル持ち馬糞!? そんなガチャ引いた覚えないぞ!?)
───
馬車に踏まれ、犬に嗅がれ、雨に打たれながら、
修一は意識だけの存在として時を過ごした。
しかし偶然通りかかった、浄化術師が放った力の欠片を吸収し、
初めて力を得る。
そして温度が生まれた。
静かで、内側を押し広げるような脈動だ。
泥の粒子がひとつ、またひとつ
見えない中心へ引かれるように集まりはじめる。
輪郭のなかった存在に、ごく薄い膜のような境界が滲む。
それが再生なのか、ただの揺らぎなのかは分からない。
けれど、腐れた暗闇の底で、確かに何かが息をした。
そのとき。
どこかで、小さくブゥゥゥン……と震えが走った。
(......なんだ!?なんかが俺の周りに......!)
こんなタイトルですが、読んでくださって本当にありがとうございます。
楽しんでもらいたくて(そして自分も楽しむために)始めた物語ですが、書いている本人はいたって本気です。
もし少しでも続きが気になったなら、それだけで十分に報われます。




