意識の中で
アークが囲まれる様子をオブセシアはただただ遠くから見ていた。
「つまらない」
アークが不利になり焦る様を見てぽつりと呟いた。
オブセシアがアークと一緒にいる理由は単純に興味があったからだ。
あの状況であんな事を呟くような変わった獲物を果たして本当に忘れているのだろうかと。
それからはアークを観察し、様々な表情を見て自分の過去の記憶から思い出そうとした。
人は表情によって受ける印象も違うので様々な表情細かく観察する事で思い出せるかも知れないと考えたからだ。
だがどの表情のアークも過去に一致するものは無かった。
思い出せないでいるとアークが強くなりたいと言った。
それを聞いたオブセシアは手っ取り早く強くなる方法を教えた。
それは強い敵を倒す事だ。
人にはそれぞれレベルというものがある。
そのレベルというものは特定の機関で特殊な道具を使うことによって可視化できる。
そのレベルの数値が高いほどその人物は強くなるらしい。
そしてレベルはどうやら強い敵と戦うほど早く上がっていくと聞いた事があった。
だからアークに依頼を受けさせた。
その依頼は推奨ランクシルバーのゴブリン討伐の依頼だった。
コロンの北西の森のモンスターは西の森と比べて少し強い。
そこのモンスターを倒していけば手っ取り早くレベルも上がり強くなれるだろう。
そしていざアークが戦闘を始めるとそれは普通の戦闘だった。
オブセシアが今まで出会ってきた過去の獲物達と遜色無い、むしろそれ以下の凡庸な戦闘。
その瞬間、オブセシアはアークへの興味を失った。
オブセシアにとっては興味があるもの以外はどうでも良い。
アークが必死にオブセシアに助けを乞う。
だが、オブセシアにとってアークの生死はどうでも良いものになっていた。
(思い出せないけど別に獲物なら死んでもいいか。結局、記憶に残すほどの獲物でも無かったし)
そうしてオブセシアはアークに背を向けた。
(帰ろう)
すると背後から声がした。
「グギャ!」
それはゴブリンの断末魔だった。
まだあの状態から足掻けるのかと少し興味が沸き、振り返るとアークは背中に乗っていたゴブリンを地面に抑え込み、その頭に剣を突き刺し立っていた。
アークの顔は俯き、表情は見えなかった。
アークの背後から二体のゴブリンが飛びかかる。
次の瞬間、二体のゴブリンは胴体を切り裂かれていた。
その剣は先程のアークが振ったと思えないほどに速く、熟練されていた。
そこから決着はすぐについた。
一瞬でゴブリン達を壊滅させたのだ。
そしてゴブリンを全て屠ったアークはオブセシアに剣を突きつける。
その姿にオブセシアの口角が上がり思わず声が漏れる。
「きゃはっ!」
それはこれから始まるであろう戦いへの期待から漏れた歓喜の声だった。
「前言撤回。少しは楽しめそう」
オブセシアは鎌を構えた瞬間、アークは間合いを詰めて剣を振るう。
その姿は先程のゴブリンから逃げ回っていた姿とはまるで別人だった。
オブセシアは迫り来る剣を鎌で受ける。
その時に見たアークの表情は感情を感じさせない無表情だった。
アークが目を覚ますと天井から吊るされた電球の光が目に入る。
思わず目を細める。
次第に光に慣れてきた目で周囲を見回した時、真っ先に一つの疑問が浮かんだ。
「ここはどこだ?」
そこは六畳間ほどの空間で窓も無く、ただ中央にテーブルがポツンと置いてあるだけの殺風景の部屋だった。
まだ朦朧とした意識でテーブルの上を見る。
そこには一台のスマートフォンが置かれていた。
「これって...」
それは僕のスマホだった。
見慣れたスマホカバー、落とした時についた小さな傷がそれを証明する。
そのスマホには僕がいつもプレイしていた【アークヴェイル:オリジン】が映し出されていた。
画面の【アーオリ】は現在、戦闘の真っ最中で主人公のキャラがオブセシアと戦っていた。
「なんだこれは」
僕の憶えている限りではゲーム内でオブセシアと戦うイベントは存在しないはずだ。
だが目の前のゲーム画面では確かに戦っていた。
僕はそれに嫌な感じがしてすぐにゲーム画面のオプションアイコンを押して戦闘を辞めさせられるアイコンを押した。
だが、アイコンは反応しない。
「なんでだ、なんで反応しないんだ?」
何度試しても反応が無いとわかると今度はほかの操作を試みた。
スマホのホーム画面に戻ろうとしたり電源を強制終了させようとしてみたが反応は無い。
そのスマホはゲームの戦闘を流すだけだった。
「なんで反応しないんだ!」
闇雲に画面を連打していると、どこからか声がする。
「どうして止めたいの?」
その声は不思議なことに頭の中に直接聞こえるように感じた。
「誰だ?ここはどこだ!」
僕は頭に思い付く疑問をその声にぶつけたが声からその疑問の返答は返ってくることは無かった。
ただ声は同じ言葉を言う。
「どうして止めたいの?」
その声は若く、どこかで聞いた事があるような声だった。
おそらく声は何故、ゲームを止めようとしているのかを聞いているらしい。
しょうがなく一旦頭の中の疑問を片隅に置き、相手の質問に答えることにした。
なぜ、ゲームを止めたいか?
その問いに僕は返答を悩んだ。
(ゲームを止めようとしたのは嫌な感じがしたからであって具体的な理由は無い...なんて答えたら)
しばらく考えたが結局、正直に感じた事を伝えることにした。
「なんか嫌な予感がしたんだ。オブセシアと敵として戦っているのをそのままにしちゃいけないような...」
その返答を聞いた声は不思議そうに返す。
「どうして?彼女は敵だよ」
その言葉に疑問が浮かぶ。
(オブセシアが敵?なんで?)
すると心を読んだかのように声がその疑問に答えた。
「彼女は君を見殺しにした。それが彼女が敵である理由だよ」
その言葉を聞いて思い出す。
直前の記憶を。
(そうだ!僕はゴブリンと戦っていてそれで...死んだのか?じゃあここはあの世なのか?)
ゴブリンに負けて死んでしまったのだとしたら僕が居るここはあの世のような所なのだろうか。
それとも電車に轢かれた時点で既に死んでいた今までの出来事は全て走馬灯みたいなものだったのだろうか。
考えれば考えるほど頭の中に様々な事が浮かんで混乱しそうになる。
「うおおおおおおおお!!!!」
僕は大声をあげて勢いよく顔を叩く。
パァン!部屋全体に音が響き渡りジンジンと痛みが生じる。
(考えてもわからない事は二の次!今考える事はとりあえずひとつだけ!まずはゲームの戦闘を止めること!)
深呼吸をして、落ち着きを取り戻すと声に向かい言う。
「戦闘を止めてくれ!オブセシアは敵じゃ無い!」
このスマホと空間を用意したのが声の主ならこのスマホの止め方も知っているかも知らない。
なにより色々試してダメだった僕にはこの声に頼るしか無かった。
(声はオブセシアが僕の敵だと言っていた。僕の敵だからゲームは戦闘しているのか?だったら敵じゃないと理解させたら戦闘を止めてもらえるかも)
確かにオブセシアは僕を助けてくれなかった。
だけどもしかしたらあの時、オブセシアには助けられない何かしら理由があったのかも知れない。
(もしかしたら僕が知らないだけでオブセシアには何か考えがあったのかも...いや!なくても良い!)
今の僕にはオブセシアが実際、何を考えていたかわからない。
わからない以上、敵と断言できないはずだ。
「オブセシアは敵じゃないんだ!あの時だってなにかしらの事情があったのかもしれない!だから戦闘を止めてくれ!」
必死の訴えに声が返す。。
「じゃあ、君を見殺しにしても良いほどの事情は何?」
その言葉に正直、僕はなにも言い返せない。
心の奥底ではわかっていた。
僕の主張が弱いことを。
(それでも!それでも彼女は僕の推しだ!推してる僕が信じなくてどうする!)
だが、僕がどう思おうとそれは声を説得する材料にはならない。
頭を必死に振り絞り僕は言う。
「オブセシアは敵じゃない!敵じゃ無いんだ!」
考えのゴリ押しだった。
その言葉に声はすぐさま言い返す。
「見殺しにして殺そうとした。君を見捨てたんだ。そもそもこの依頼はオブセシアからの提案だった。もしかしたら初めからそうするつもりだったのかもしれない」
(確かに声の言うとおりそうなのかもしれない。だけど僕は推しを信じる!)
「とにかくオブセシアは敵じゃ無いんだ!そもそも殺す気なら初めて出会った時に殺せたはずだ!」
「気が変わったのかも知れないだろ。君をやっぱり殺そうって」
「ならそんな回りくどいことしないだろ!適当に人目につかないところに僕を呼び出して始末できたはずだ!」
その後も声と同じような押し問答を1時間ほど続けていると声が呆れたようにため息を吐くと聞く。
「オブセシアが君を見殺しにしようとしたのは明らかだ。敵じゃないなら彼女はなんなんだ?」
「彼女は...僕の推しだ。だから敵じゃない」
その言葉にしばらくの静寂が流れると声が言う。
「...君はまるで彼女の狂信者だ」
「そうとも言えるかもしれないな」
声は再び、ため息を吐くと観念したように言う。
「わかった」
その瞬間、スマホの画面から強烈な光が放たれ僕を包み込んだ。




