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主な登場人物
深沢 彩佳
高校3年生 女性。赤緑色覚異常がある。将来は小説家志望。
花岡 優奈
高校3年生 女性。彩佳とは中学時代からの親友。強度近視で網膜剥離になったことがきっかけで、将来は視能訓練士を目指す。
東野 ことね(ひがしの ことね)
高校3年生 女性。彩佳、優奈のクラスメイト。
7月18日、彩佳と優奈の学校は1学期の終業式だった。夏休みが始まるといっても、彩佳と優奈は、受験生なので、土・日・祝を挟んで22日からは夏期講習があって、8月の上旬までは毎日学校に行くことになっていた。夏期講習は、3年生の教室で、クラスごとに行われる。朝9時~正午までの予定だ。
22日。彩佳と優奈は夏期講習を終え、昼食を摂ってから学校の図書室にやってきた。夏休み中ではあったが、夏期講習を終えた3年生や、文芸部の部員達で結構混み合っていた。
彩佳と優奈が図書室に入って、本棚から数冊ずつ本を取ってから座席を探した。図書室の隅の席にひときわ目立つ人がこちらに背中を向けて座っていた。大きなツバのハット帽に明るい茶色の髪。他の場所は座席が埋まっていたが、彼女の周りに、人はいなかった。
「東野さん、隣の席いいかしら?」と、彩佳は図書室の隅に座る女子生徒に話しかけた。
「あら?えっと、深沢さん、花岡さん。ええ、よろしくてよ。どうぞ。」とその女子生徒 東野ことねが答えた。
「ありがとう。」彩佳と優奈はお礼を言って、ことねの隣に並んで座った。
彩佳と優奈は座席に座って、東野の手元を見ると、タブレット端末に似たデバイスを持っていた。
「あ、それ、拡大読書機ですか?」と彩佳は思わず、ことねに問いかけていた。
「え?は、はい。よく、ご存じですのね?」と、ことねが答えた。
「ええ。いつもお世話になっているクリニックに視覚障害当事者の先生がおられて・・・。それで、その先生が使ってらっしゃるところを見たことがあるんです。」と彩佳が言った。
「そうでしたの。私、生まれつき視力も弱いので、こういうのがあると、すごく助かりますのよ。」と、ことねが言った。そのとき、後ろの方で「チッ」という舌打ちが聞こえた。
「ごめんなさい。ここ、図書室でしたわね。」と、ことねと彩佳は反省して自分の本に集中した。
3時間が経った。隣にいたことねは、先ほど席を立っていった。もう帰ったのかと彩佳と優奈は思った。
「私たちも、そろそろ帰ろっか?」優奈が彩佳に言った。
「うん、そだね。」彩佳はそう答えて立ち上がった。
彩佳と優奈は図書室を出て、校舎の1階に降り、玄関ロビーで、上履きから下履きの靴に履き替えていた。そのとき、後ろから
「あら?花岡さんと深沢さん?」と、ことねがやってきた。
「あ、東野さん。先に立って、図書室から出て行ったから、もう帰ったと思っていたわ。」と彩佳が言った。
「ええ、ちょっと、お花摘みに行ってましたの。」と、ことねは恥ずかしそうに答えた。
「あ、ごめんなさい。ところで、東野さんも、もうお帰り?」と彩佳がことねに尋ねた。
「ええ、そうですわ。」と、ことね。
「じゃあ、一緒に帰ろうよ!」と優奈が言った。
「え?・・・でも。」と、ことね。
「何か?用事でもあるの?」と彩佳がことねに尋ねた。
「いいえ、そういうわけではありませんの・・・。わかりましたわ。一緒に帰りましょう。」と、ことねは笑顔で言った。ことねは、バッグからメガネケースを取り出すと、今かけている緑のレンズのメガネよりも濃い色のメガネにかけかえた。
「それ、遮光メガネですか?」と彩佳が、ことねに尋ねた。
「ええ、私、光に弱くて、とても眩しく感じますの。それで、屋内用と屋外用がございまして、レンズの色の濃さが違いますのよ。」と、ことねが説明してくれた。
「へー、遮光メガネにも、色々な色と濃さがあるんだね?蒼先生は黄色いのしてたよね。」と優奈が言った。
「あ、蒼先生っていうのは、さっき図書室で言ってたクリニックの先生のことね。」と彩
佳が細くを入れた。
「確かに、黄色いのが一般的ですわね。でも、私は緑色の方が見やすい気がしますの。これは、人それぞれですから。」と、ことねが答えた。
3人は校舎を出て、帰路についた。
「4月の始業式の時から、東野さんのこと、ずっと気になってたんだよ。」と優奈が言った。
「最初、私たちの間の席だったけど、一番前の席に移動しちゃったから、なかなかお話しするきっかけがなくって・・・。」と彩佳が言った。
「そうですわね。私、視力が弱いので・・・。」と、ことねはうつむいてしまった。
「あ、ごめんね。別に東野さんを責めてるわけじゃないのあたしたちも、そんなに誰にでも気安く話せるタイプじゃないから、ちょっと話すきっかけがなかったというか・・・。」と優奈が言った。
「うん、東野さんってどんな子かな?って優奈とよくお話してたのよ。」と彩佳が優しくことねに言った。
「ありがとう。」と、ことねが言った。彩佳と優奈、ことねの3人は学校最寄りの駅にやってきた。
「東野さんは、どこまで帰るの?」と彩佳がことねに尋ねると、同じ方面で、ことねは2つ目の駅までと言った。彩佳と優奈は4つ目の駅までなので、同じ電車に乗れることがわかり、同じ電車に乗り込んだ。
「私、2年生の終わりに、この学校に転校してきたのですけれど、こうしてどなたかとご一緒に下校するのは初めてですわ。」と、ことねが言った。
「そうだったの?東野さんさえ良ければ、また一緒に帰りましょ?」と彩佳がことねに言った。
「ええ。ありがとうございます。私、視力が弱い者ですから、お知り合いの方とすれ違っていても気づけないことが多いんですの。ですので、よろしければ、また話しかけてくださいませね。」と、ことねが言った。
「うん、わかったわ。また、お話しましょ!。」と優奈が答えた。そうこう話をしているうちに、ことねの降りる駅に到着した。
「それでは、ごきげんよう。」と、ことねが言って、小さく礼をした。
「うん。じゃあ、また明日、学校でね!」と彩佳と優奈は、手を振って、ことねと分かれた。
次の日も、彩佳と優奈は、夏期講習のために学校へやってきた。教室に入ると一番前の席に、いつも通り、ことねが座っていた。
「東野さん、おはよう。」と彩佳と優奈が挨拶をした。
「あ、おはようございます。花岡さん、深沢さん。」と、ことねが顔を上げて、挨拶を返した。彩佳と優奈は、教室の後ろの自分たちの席に着いた。
正午になり、夏期講習が終わった。前の席では、ことねがノートや筆箱、拡大読書機をバッグに片付けている。
「ねぇ?東野さん?もし、良かったら、一緒にお昼食べません?」と彩佳が、ことねに声をかけた。
「え?・・・私と・・・ですか?」と、ことねは驚いたような氷上をした。
「うん。一緒に食べた方がおいしいよ。」と優奈が笑顔で言った。
「ありがとう。・・・じゃあ、一緒に食べましょう。」と、ことねも笑顔になって答えた。
3人は机を囲んで、それぞれお昼ご飯をバッグから取り出した。
「わぁ!東野さんのお弁当、すごくおいしそう!」と優奈が感嘆の声を上げた。
「ありがとう。いつも、お母様が作ってくださいますの。・・・花岡さんのお弁当、すごくかわいらしいですわね。」と、ことねが優奈の弁当を見て言った。
「でしょ、でしょ。最近、キャラ弁作りにはまってるんだー!」と優奈は嬉しそうに答えた。
「いいなー、ウチはお母さん、お仕事忙しそうだから、お弁当作ってなんて言えないし。毎日、コンビニ弁当かパンだよー。」と彩佳が自分のパンを手に持ちながら言った。
「そうでしたの。深沢さんは、ご自分でお弁当を お作りにならないの?」と、ことねが彩佳に尋ねた。優奈が何か言おうとしたが、彩佳は自分で答えた。
「えっとね。私、赤緑色覚異常なの。言い訳なんだけど、食材に火が通ってるか、よくわかんないし、やっぱりお料理は苦手で。つい、手軽なコンビニに買いに行っちゃうんだよね。」と彩佳が言った。
「ごめんなさい。そんな事情も知らないで、私ったら・・・。」と、ことねが彩佳に謝罪した。
「ううん。気にしないでね。」と彩佳は優しく答えた。
「あたしもね、元々強度近視だったんだけど、5月に網膜剥離やっちゃって・・・。」と優奈が話し始めた。
「ええ。それで、しばらく体育の授業を見学なさってましたよね?」と、ことねが言った。
「うん。それで、日常生活ではあまり気にはならないんだけど、時々、消しゴムがない!ってなったり、リモコン取ろうとして手前に置いてあるコップに気づかず、倒して中身こぼしちゃったり・・・。今までしなかったような失敗も増えたよ。」と優奈が言った。
「・・・私だけじゃありませんでしたのね。みんな、それぞれに・・・。」と、ことねが小さい声でつぶやいた。
「うん、そうだよ!みんな何かしらの悩みを抱えてる。将来のこととか、自分に何ができるんだろう?とか。」と彩佳が言った。
「特に、私たちって、他の人達に理解してもらえないことってあるじゃない?」と優奈。
「うん。あるある!」と彩佳が同意する。
「ありますわね。顔を合わしたのに無視したとか・・・。お高くとまってるとか陰口言われたこともありましたわ。」と、ことねも言った。
「うんうん。まだ、言ってくれる人には、『見えなくて気づかなかった、ごめんね』って言えるけど、陰で言う人はイヤよね?」と彩佳が言った。
「ってか、こっちは気づいてなかっただけだけど、そっちは気づいててマジ無視してんじゃん!」と優奈がプンプンし出した。3人は、それぞれの話をしながら、昼食を摂った。昼食後、3人は昨日と同じように図書室に行って、自習をした。3時間ほど自習をして、帰路についた。
「昨日、今日とお二人とご一緒できて、本当に楽しかったですわ。」と帰りの電車の中、ことねが言った。
「うん。そうだね。私たちもよ。」と彩佳と優奈も言った。
「また、こうして、私とお話してくださる?」と、ことねはうつむきながら彩佳と優奈に尋ねた。
「もちろんよ!私たち、もうお友達でしょ!」と彩佳が言った。
「そうよ!お昼ご飯の時も言ったけど、他の人達にはわかってもらえないことも、あたしたちなら理解して、励まし合えるでしょ?だから、これから、仲良くしましょ!」と優奈。
「ありがとう。転校してきてから、ずっとひとりぼっちで、私、こんな見た目ですし、目も悪いし、みんなとうまくコミュニケーション取れなくて・・・。」と、ことねが少し涙声になった。
「うんうん。ごめんね・・・。私たちも、なかなか声かけれなくて。でも、同じクラスになってから、ずっと東野さんのこと気になってたんだよ。」と彩佳が言った。
「そうだ。ね?もう、お友達になったんだから、名前呼びしようよ!」と優奈が言った。
「うん、いいね。じゃあ、ことねちゃんって呼んでもいいかな?」と彩佳がことねに尋ねた。
「ええ、もちろんですわ。それじゃあ、私も、彩佳ちゃん、優奈ちゃんって呼んでもよろしいかしら?」と、ことねが言った。
「うん。もちろん!」彩佳と優奈の声が揃った。
8月8日まで、夏期講習は続いた。彩佳と優奈、ことねの3人は励まし合いながら毎日学校に通い、勉強に取り組んだ。
-ある夜、リリアとカイは、満天の星空の下、浜辺に座っていた。波の音だけが静かに響く、静寂の世界。リリアは、星空を指さしながら、カイに話しかけた。
「カイ、見て! あの星座、きれいだよ。」
「うん。」
カイは、リリアの指さす方向を見た。しかし、カイの目に映る星空は、リリアとは少し違っていた。
「リリアは、星の色が、わかるの?」
カイの言葉に、リリアは少し驚いた。
「わかるよ? 赤や青、黄色、いろんな色の星があるじゃない。」
「僕は、星の色が、わからないんだ。僕には、すべて白黒に見える。」
カイの言葉に、リリアはハッとした。
「そうだったんだね……。ごめんね、カイ。」
リリアは、カイの肩にそっと頭を乗せた。
「リリア、謝らないで。僕は、リリアと一緒にいられて、幸せだよ。」
カイは、リリアの頭を優しく撫でた。
「カイ……。」
リリアは、カイの優しさに、胸が熱くなった。
その時、カイは、何かを思い出したように、顔を上げた。
「リリア、僕は、自分がどこから来たのか、わからないんだ。」
「どこから来たのか……?」
リリアは、カイの言葉に、興味津々だった。
「僕は、ある日、突然、この浜辺にいたんだ。記憶も何もない。ただ、リリアに会いたい、という強い思いだけがあった。」
カイの言葉に、リリアは、驚きを隠せなかった。
「カイ……。」
リリアは、カイの手を握りしめた。
「きっと、カイは、特別な存在なんだよ。」
カイは、リリアの言葉に、心が温かくなるのを感じた。-
つづく