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主な登場人物

川上かわかみ あお

33歳 男性 マッサージ師で視覚障害者。全盲ではないが、白い霧の中にいるような見え方。


佐藤さとう 美彩みさ

29歳 女性。蒼が務めているクリニックで受付の仕事をしている。


深沢ふかざわ 彩佳あやか

高校3年生 女性。蒼と美彩が務めているクリニックの常連患者の一人。赤緑色覚異常がある。将来は小説家志望


花岡はなおか 優奈ゆうな

高校3年生 女性。蒼と美彩が務めるクリニックの常連患者の一人。彩佳の中学時代からの親友。強度弱視で網膜剥離になったことをきっかけに、将来は視能訓練士を目指している。

 6月16日。梅雨入りして、毎日蒸し暑くうっとおしい日が続いていた。仕事を終えて、蒼が帰り支度をしていると、美彩がパタパタとやってきた。

「お疲れさまでーす。」と美彩が蒼の横を通り過ぎようとして、ふと立ち止まった。

「川上さん、おしゃれなイヤホンしてますね?」と美彩は蒼が耳に付けたワイヤレスイヤホンに興味を示した。

「あ、これですか?これ、変わってるでしょ?ドライバーの真ん中に穴が空いてるんですよ。」と言って蒼は耳からイヤホンを外して美彩に見せた。

「わー、思ってたより小さくて軽いですね。へー。こんなのあるんだ。川上さんは、これでどんな音楽聴いてるんですか?」と美彩が尋ねた。

「実は、これで音楽はあんまり聴いていないんですよ。音楽聴くときは、音楽にもっと適したイヤホンかヘッドホンを使います。」と蒼が言った。

「え?音楽じゃないとすれば、ラジオ聞いてるんですか?」とミサが言った。

「僕の場合、スマホの音声読み上げと、歩行支援のナビゲーションの音声を聞いています。だから、カナル型じゃなくて、外の音が直接耳に入るタイプのイヤホンを使ってるんですよ。」と蒼が答えた。

「そうなんですね。川上さんって、イヤホンとかヘッドホン、いくつ持ってるんですか?」とミサが蒼に尋ねた。

「えっと、イヤホンが4つと、ヘッドホンが5つかな。」と蒼が答えた。

「えー!?そんなにたくさん!!!」ミサは驚いた。

「は、はい。ズッポリ沼にハマってます・・・。」と蒼が言った。

「すみません、川上さん、今度の日曜日、予定空いてますか?」美彩が蒼に尋ねてきた。

「え?日曜日ですか?・・・ええ。空いてますけど。」蒼はちょっと考えてから答えた。

「実は、ワイヤレスイヤホンが欲しくて、色々見てたんですけど、種類がいっぱいあって、どれがいいのかよくわからなくて・・・。だから、一緒に買いに行ってもらえませんか?」と美彩が言った。美彩が持っているイヤホンは有線のもので、ワイヤレスイヤホンは持っていないという。だが、最近は周りでも、みんなワイヤレスイヤホンを使っていて、欲しくなったということだ。

「ああ、確かに、今はいろんな種類・型がありますし・・・そういうことなら。僕なんかで良ければ、アドバイスできることもあると思います。」蒼は快く引き受けた。

「ああ、良かった。それじゃあ、今度の日曜日、10時に駅前に集合でいいですか?」と美彩が提案した。

「はい、了解です。10時に駅前ですね。」と蒼は復唱した。約束をすると美彩は蒼の横を通り抜け、トイレの方にパタパタ歩いて行った。

今まで美彩からこんな風に誘われたことがなかったので、蒼は驚いたが、何にしても頼られたのが嬉しかった。当日までに、しっかりイヤホンの下調べをしておこうと思った蒼であった。


 6月22日の日曜日。蒼は駅前に立っていた。白杖を持ち、黄色いレンズの遮光眼鏡をかけ、中折れハットの帽子をかぶっているといういつもの出で立ちだ。

「川上さん、お待たせしました。」美彩が明るい声で声をかけてくれた。

「あ、おはようございます、佐藤さん。」

「おはようございます。じゃあ、行きましょうか。」美彩が行こうとする。

「あ、ちょっと待ってください。これを渡しておきますね。」蒼は一枚のICカードを美彩に手渡した。

「これは?」

「これは、特別割引用ICカードといって、障害者本人用と介助者用の2枚があって、これで改札を通ることで運賃に障害者割引が適応されるんです。使い方は一般のICカードと一緒で改札機の読み取り部分にタッチするだけです。」と蒼が簡単に説明した。

「へー。こんなのがあるんですね。私、知りませんでした。・・・でも、これ使っちゃうと電車賃、川上さん負担になっちゃう。」と美彩が言った。

「それじゃあ、後で障割一人分をいただければ。それでもお互いお得ですよ。」と蒼が言った。

「ですね。」と美彩。

「ただし!ちゃんと僕を手引きしてくださいね。」と蒼は少し冗談っぽく言った。

「はーい!承知いたしました。あはは。」蒼と美彩は笑い合って、蒼は美彩の肩に手を乗せて二人改札の中に入っていった。行き先は電車で30分ほど乗った先にある大型ショッピングモールであった。電車の中、

「そういえば、川上さん?山下さんの娘さんのこと、知ってますか?」と美彩が蒼に尋ねた。

「いえ。娘さんがいるっていうのはお聞きしたことがありますが、実際にお会いしたことはないです。それが、どうかしたんですか?」と蒼が言った。

「ええ。山下さんの娘さん、歩美あゆみさんっていうんだけど、確か今から行くショッピングモールに務めてらっしゃるの。」と美彩が言った。

「へー、そうなんですね。佐藤さんは、その歩美さんと面識はあるんですか?」と蒼が言った。

「ええ、何回か、クリニックに来られたことがあるから、たぶん顔を見ればわかると思います。あ、でも、どこの売り場にお勤めなのかは知らないのだけど。」と美彩が言った。

「あのショッピングモールはめちゃくちゃ広いですからね。」などと、話をしながら、 蒼と美彩は30分ほど電車に揺られた。


 電車を降りて、駅から歩いて約5分、大型ショッピングモールにやってきた。

「えっと、家電量販店は3階だったかな?」蒼と美彩はエスカレーターで3階に上がった。広い店内をイヤホンコーナーを探して蒼と美彩の二人はウロウロ見て回った。

「佐藤さん、まず、予算を決めましょう。」蒼が美彩に言った。

「そうね・・・。上限2万円くらいかしら。」と美彩。

「はい。次にイヤホンの使い方ですが、外で使うとか、家の中だけとか、ランニング時など運動の時に使うとか、用途は決まってますか?」と蒼。

「えっと、・・・」蒼の聞き取りに、美彩は考え考え答えていった。。

「電車の中でも使うなら、ノイズきゃんセリングが付いてるヤツがいいと思います。後、僕もそうなんですけどカナル型が合わない人がいるんです。イヤーピースでかゆくなったり、耳の圧迫感がダメとか。いくつか候補を挙げますから店員さんを探して試聴させてもらいましょう。」蒼がテキパキ言った。

「え?試聴させてもらえるの?」美彩が聞いてきた。

「たぶん、できると思いますよ。特に安いのはともかく、このくらいの価格帯のヤツなら試聴機があると思います。」美彩が周りをキョロキョロ見渡してスタッフを探した。スタッフを呼んで、試聴機をいくつか出してもらい、美彩が順番に耳に装着していった。

「すごい。同じ曲でもイヤホンでこんなに音が違うんだ。」美彩は驚きの声を上げた。

「うん、だから僕も含めたくさんの人がイヤホン沼にハマるんだよね。」蒼は苦笑いしながら言った。

「うーん、迷うなー。ねぇ、川上さんなら、これとこっちとどっちがいいと思う?」美彩が二つのイヤホンを蒼に手渡して聞いてきた。

「えっと、そうだな。僕ならこっちかな?最近はイヤーカフ型も音が良くなってるし、バッテリー持ちも良いみたいだし。何より付け心地が軽くて、外の音が自然に入ってくるので、屋外でも安全ですから。」蒼は発売されたばかりのイヤーカフ型のイヤホンを選んだ。

「そっか。川上さんがそういうなら、これにするね。」

「えっと、これにはカラーバリエーションがいくつかあったと思うけど。」蒼は店員に話しかけた。

店員は色違いのイヤホンの見本を美彩に見せた。

「わぁ、どれもかわいい!うーん、このブルーがすごくきれいでかわいいな。」美彩が笑顔で青色のイヤホンを取り上げた。

「これ、予算ギリギリになりそうだけど、大丈夫?」蒼が美彩に尋ねた。

「うん。19800円に10%ポイント・・・。これ、すごくかわいいし、装着感が一番良かったから。大丈夫!」美彩はそのイヤホンを購入した。


 時刻は11時50分。

「これからどうします?どこかでお昼食べましょうか?」蒼は美彩に尋ねた。

「そうね。ちょっと早いけどお昼にしましょっか。」蒼と美彩はレストラン階にやってきた。

「何食べます?」美彩が蒼に尋ねた。

「僕は何でもいいですよ。パスタでも和食でも。」蒼が答えた。

「パスタかぁ・・・。そうね、パスタにしよっか?」美彩がそう言ってパスタ屋さんを探した。日曜日のお昼時とあってどこのお店もたくさんの客が入っていた。パスタ屋にやってくると二人待ちだったので、美彩はノートに名前を書いて待つことにした。15分ほどで名前が呼ばれて、蒼と美彩は店内のテーブル席に座った。注文はテーブルに備え付けのタブレットで行うようだ。

「すみません、佐藤さん。タブレット操作お願いします。自分のスマホなら、スクリーンリーダーで何とかなるかもですが、よその端末はお手上げです。」と蒼は美彩にタブレットでの注文を任せた。美彩がメニューを読み上げたが、蒼には聞き慣れないメニューばかりだったので、美彩と同じものを注文してもらった。食事を待っている間、美彩が口を開いた。

「この間、お母さんに優奈ちゃんの話をしたのね。そしたら、お母さんも飛蚊症があるって言うんだけど、どう思いますか?」

「えっと、佐藤さんのお母さんだったら、50歳代ですか?」蒼は尋ねた。

「ええ。55歳だったかな。」美彩は答えた。

「50歳代からけっこう飛蚊症が出る人が多いんですけど、強度近視だったり、目に強い衝撃を受けたりしていなければ、特に問題ない人が多いみたいですよ。心配なら眼科で診てもらったらいいと思います。」蒼はそう答えた。

「ああ、良かった。川上さんに聞いてちょっと安心しました。」美彩は安心したようだ。

その時、お店の女性スタッフがやってきて

「お待たせしましたー。ボンゴレヴェルデでーす。ごゆっくりどうぞー。」とそれぞれの前にお皿を置いていった。

「ボンゴ・・・?、難しい名前のパスタですね。」蒼が言った。

「あはは。ボンゴレヴェルデ、あさりのグリーンパスタです。」と美彩が笑った。

「いただきまーす。」蒼と美彩の声がそろった。

「これ、あさりの味がしっかり出ててすごくおいしいですね。野菜はほうれん草かな?それとパセリの苦みがいいですね。」蒼が感想を述べた。

「うん。ホントおいしいですね。お昼、パスタにして正解でしたね。」美彩と蒼はもぐもぐ食べた。

「ごちそうさまでした。」

「あー、おいしかった。」

「ところで、さっきの話の続きなんですけど、特に問題ない飛蚊症でも、その症状を治すことはむずかしいんです。結構、気になる方がいらっしゃるみたいで、特に明るい場所は飛蚊症がより目立って見えるので、外ではサングラスをしたり、屋内では、照明を暗めにしたりすると、少しは気になりにくいかもです。あ、それからスマホの画面設定も初期設定のままだと白い背景に黒文字のデザインが多いんですけど、それだと画面が明るすぎて飛蚊症が気になる人もおられるようなので、ダークモードに設定すれば軽減できると思います。」と蒼が日常生活でのアドバイスをした。

「なるほど!ちょっとメモしておきますね。お母さんに伝えます。」美彩は今、蒼が言ったことをスマホのメモアプリに書き留めた。

「他も見て回ります?」蒼が美彩に尋ねた。

「そうですね。せっかくだから、色々、見て回りましょ。あ、ここの支払いは私がするね。今日、付き合ってもらったお礼です。」と美彩がバッグから財布を取り出した。

「え?あ、はい。そういうことなら、素直にごちそうさまです!」と蒼は答えた。そして、蒼と美彩はパスタ屋を後にした。


 レストラン階からエスカレータで降りてきた。エスカレータ降り口からすぐ近くのお店に美彩の目がとまった。

「あ、あのワンピース、めっちゃかわいいかも。川上さん、ちょっと見てもいいですか?」と美彩が蒼に尋ねた。

「はい。もちろんいいですよ。行きましょう。」蒼と美彩はエスカレータから降りてそのお店の方へ行って、美彩はワンピースを手に取った。

「ねぇ、これ、私に似合うかな?」美彩が蒼に尋ねた。

「え?あ、あの、えっと・・・。」蒼はちょっと困り顔を浮かべた。

「私にはちょっとかわいすぎるかな?」美彩が少し寂しげに言った。

「あ、ごめん。そうじゃなくて、僕にはそれがどんなワンピースか見えてなくて・・・。」蒼は正直に答えた。

「あ、そっか。ごめんなさい。えっと・・・白いワンピースで小さいお花柄なんだけど・・・。美彩がどんなワンピースかを説明した。蒼は、今ではほとんど見えておらず、現在の美彩の姿を視認することはできないが、クリニックに就職した当時はまだ今よりは見えていたので、美彩の姿をイメージすることはできた。蒼は自分の記憶の中の美彩とワンピースのイメージを重ねて考えた。

「うーん。いいんじゃないかな?なんて言うか、爽やかで清楚な感じ・・・?」蒼は考えながら答えた。美彩はワンピースの値札に目をやった。

「あ!ダメだわ。これ、予算オーバー。」そう言って、美彩はワンピースを元の場所に戻して、蒼を連れてその場から立ち去った。


 蒼と美彩はショッピングモール内をウロウロと歩いていた。

「あ!川上さん。ちょっと、こっち来てください。」美彩は蒼を連れて、あるお店に入った。

「これ、ちょっとかぶってみてもらえますか?」美彩はディスプレイされた帽子を取ると蒼に帽子を手渡した。蒼はそれを受け取った。

「帽子?これ、フェドラですね?」そう言って、蒼は今かぶっている帽子を脱いで、その帽子をかぶった。フェドラは頭頂部に縦にへこみが有り、水平なツバが特徴的なハットである。

「どうですか?」蒼は美彩に聞いてみた。

「わぁー、川上さんのイメージにぴったりですよー。クールな感じでめっちゃ似合ってます。」

「そ、そうかな?」蒼はちょっと照れた。

「これ、いくらなのかな?」蒼はその帽子を脱いで美彩に見せた。

「えっと・・・、3980円だって。」値札を見ながら美彩が言った。

「サンキュッパか。佐藤さんがいいって言ってくれるんなら、買おうかな。」蒼がつぶやいた。

「うん。似合うと思うよ。」美彩がさらにプッシュしてきた。

「フェドラって持ってないし、たまには違う形の帽子もいいかな?」蒼が迷う。

「うん。いいと思うよ。」

「わかった、買います!」蒼と美彩はそのフェドラの帽子を持ってレジに向かった。

「ごめんなさい。なんか無理矢理買わせちゃったかな?」美彩が蒼に聞いた。

「いえいえ。そんなことはないですよ。たまには違う感じのもいいかなって。どうしても自分で選ぶと同じのばっかりになりますから、今日は佐藤さんが見立ててくれたから、嬉しいです。」蒼は美彩にそう言った。


 しばらく歩いていると、美彩が立ち止まった。

「あ、このパンプスかわいいなー。」美彩が商品を手に取って見た。今度はしっかり値札も確認する。

「3680円かー。ねぇ、川上さん、このピンクのパンプス、どう思います。?」美彩は蒼にパンプスを手渡して尋ねた。

「えっと・・・。佐藤さんはスレンダーで足も細いから、どんなのだって似合いそうですけど、ピンクは佐藤さんのかわいらしさにぴったりかな。」蒼は上の法を見ながら答えた。頭の中で美彩の足を思い出しているのだ。

「あ、あの。あんまり足ばっかり思い出さないでくださいね、なんだか恥ずかしい・・・、でも川上さんがそう言うなら買っちゃおうかな。」

」美彩はしばらく考えて、パンプスを購入した。


 蒼と美彩は1階に降りてきた。エスカレータを降りて、出口に向かっていると

「あ!あれ、めっちゃかわいいかも!」美彩が声を上げた。美彩と蒼はヘアピン売り場の前に来た。色とりどりのたくさんのヘアピンがあった。

「そうだ!彩佳ちゃんと優奈ちゃんにおみやげを買おう。」美彩はそう言ってヘアピンを選び始めた。

「同じデザインで色違いで付けてたらオシャレだよね?同じリボンの形で色違い・・・たくさんあるね。優奈ちゃんはピンクがいいかな?で、彩佳ちゃんは・・・あ、このオレンジ色かわいい。わぁ、こっちのビジューの付いたリボンのヘアピン、キラキラしててめっちゃかわいいわ。」美彩は一人でテンションが高まっていた。蒼はその様子をにこにこしながら眺めて聞いていた。

「彩佳ちゃんにはオレンジのリボンにブルーのビジューが付いたヤツ、優奈ちゃんはピンクのリボンにパープルのビジューって、どうかな?」美彩は蒼に同意を求めてきた。

「うん、いいと思う。どっちも二人のイメージ通りだと思います。・・・そうだ!せっかくだから佐藤さんも色違いでひとつどうですか?3人でって言ったら彩佳ちゃんも優奈ちゃんもすごく喜びそうですけど。」と蒼は提案した。

「え?私?でもちょっとかわいすぎないかな?」

「そんなことないですよ。・・・それじゃあ、佐藤さんの分は僕がプレゼントします。えっと・・・さっきブルーのイヤホン買ったから、それに合わせて・・・ブルーのリボンにピンクかゴールドのビジュー・・・佐藤さんならピンクの方がいいかな。」蒼がどんどん決めていく。

「ホントにいいんですか?」美彩が改めて蒼に問うた。

「もちろんですよ。佐藤さんには、いつもお世話になってますし、そのお礼です。今日も完璧に手引きしていただきましたし。」と蒼が笑顔で言った。

「・・・ありがとうございます。それじゃあ、遠慮なくいただきますね。」美彩は少し考えてからそう答えた。


 数日後、蒼がクリニックの治療室で待機していると、美彩がパタパタやってきた。

「川上さん。今、彩佳ちゃんと優奈ちゃんが来たんですけど、『アレ』を渡すのに待合じゃ他の患者さんの目もあるし、こっちに入ってもらってから渡してもいいですか?」美彩が蒼に尋ねた。美彩の髪には先日のブルーのリボンのヘアピンがキラキラしていた。

「ええ、もちろんです。じゃや、二人に入ってもらいますね。」蒼は治療室のドアを開けて彩佳と優奈を治療室に呼び入れた。

「これ、いつも頑張ってる彩佳ちゃんと優奈ちゃんに、優しい美彩お姉さんからプレゼントだよー。」美彩は笑顔で小さな袋をそれぞれに手渡した。

「ええー?!なんだろ?開けてもいいですかー?」彩佳と優奈は嬉しそうだ。

「もちろんよ。」美彩のその言葉を聞いて二人は袋を開いた。

「わぁー!めっちゃ、かわいい!!!あ、これ、同じ形のリボンで色違いだぁー。」優奈が感嘆の声を上げた

「あ!これ、今日、美彩さんが付けてるヤツと同じだわ!今日、クリニックに来たときから、美彩さん、かわいいヘアピン付けてるなって思ってたんだ。」彩佳が言った。

「えへへ。気づいた?二人のヘアピン選んでたら、川上先生が、三人おそろいにしなって言ってくれて、私の色は川上先生が選んでくれたの。」美彩はチラっと蒼の方を見て言った。

「ええーーっ!!お二人、デートしたんですかー?」彩佳と優奈は声をそろえて驚きの声を上げた。

「え?!デ、デートじゃないわよ!」

「そうそう。佐藤さんがイヤホンを買うって言うので、そのアドバイスをしただけで・・・。そもそも僕なんかと佐藤さんがデートだなんて、佐藤さんに失礼過ぎます。」美彩と蒼は二人してデートを否定した。

「いや、それってデートじゃん!」。彩佳と優奈が同時に言った。そして、彩佳と優奈の寸劇が始まった。

蒼(優奈)「美彩さん、手引きお願いします。」

美彩(彩佳)「ええ。でも、日曜日のショッピングモールは混んでるから、こうしましょ。」彩佳と優奈は手を恋人繋ぎした。

「僕は、佐藤さんを名前呼びなんてしたことないです!!」蒼はあわてて訂正を入れた。

「私たち手なんてつないでなーい!!」美彩も反論した。

美彩(彩佳)「ああー、これでもはぐれそうだわー。」と優奈の腕にしがみついて腕を絡めた。

「もう!二人とも!!」本物の美彩の声はもう届かない。

美彩(彩佳)「蒼さん、彩佳ちゃんと優奈ちゃんは、この色でいいかしら?」

蒼(優奈)「ああ。それじゃあ、君のを僕が選んであげよう。このブルーにしよう。」

美彩(彩佳)「あら?私、蒼さんにとってブルーなのかしら?」

蒼(優奈)「ううん。ブルーは青、青は蒼だよ。これを僕だと思ってくれ。僕はいつでも君のそばに・・・。」

「え?!!」本物の美彩が声を上げて、蒼の方を見た。

「え?僕はそんなつもりじゃ、ただ、純粋にブルーが佐藤さんのイメージに合うかなって・・・。」蒼の顔がみるみる赤くなっていった。

美彩(彩佳)「まぁ!蒼さん!嬉しいわ。」

蒼(優奈)「美彩!きれいだよ。」彩佳と優奈は強く抱きしめ合った。

彩佳と優奈「おしまい。

「ぜんんぜん違うからー」蒼と美彩は声をそろえて言った。

「あははは・・・。」彩佳と優奈はお腹を抱えて笑った。

「あー、ごめんなさい。」

「こんなに笑ったの久しぶりー。」彩佳と優奈はまだ笑っていた。

「でも、ホントにありがとうございます。めっちゃうれしいです。美彩さんと彩佳とあたしでおそろいの色違いって最高過ぎ!」と優奈が改めてお礼を言った。

「うん。私、オレンジ色が大好きなんです。色覚異常の私のことを考えてこの色にしてくれたんですよね?めちゃくちゃ嬉しいです。」彩佳の目には光る物があった。


 クリニックからの帰り道彩佳と優奈は話をした。

「ねぇ、あの二人、お似合いだよね?」と彩佳。

「うん。特に蒼先生は、絶対美彩さんのこと好きだと思う。今日も顔、真っ赤になってたし。」と優奈が言った。

 彩佳と優奈二人の髪にリボンのヘアピンが光っていた。


 診療時間が終わって、蒼と美彩が話をしていた。

「今日の彩佳ちゃんと優奈ちゃんには、びっくりしましたね。」と蒼が言った。

「そうですね。でも、二人ともすごく喜んでくれて良かった。」と美彩がしみじみ言った。

「優奈ちゃんの目のこともあったし、受験勉強で大変でしょうから、今日はあんな感じになったのかな。」と蒼が推察した。

「そうですね。受験まで、まだまだ長いけど、あの二人なら大丈夫ですよね?」と美彩。

「ええ。僕たちも陰ながら応援しましょう。」蒼と美彩は微笑み合った。



-リリアとカイは、湖のほとりに座っていた。夕日が水面に反射し、あたりはオレンジ色に染まっている。リリアは、本を読みながら、時折、カイに話しかけた。

「カイ、この物語、面白いよ。主人公の女の子がね、魔法使いになって、世界を救うんだって。」

「魔法使い……。」

カイは、リリアの言葉に耳を傾けながら、湖面に浮かぶ水鳥を眺めていた。

「人間は、本当に不思議な生き物だね。物語を作ることもできるし、絵を描くこともできる。音楽を奏でることもできる。アンドロイドの僕には、そんなことはできない。」

カイの声は、少し寂しそうだった。

「カイだって、できるよ。」

リリアは、カイの肩にそっと手を置いた。

「カイは、もうすでに、たくさんのことができるようになったじゃない。歩くこともできるし、話すこともできる。それに、私の話を聞いて、感情を理解することもできる。」

リリアの言葉に、カイはハッとした。

「感情……。」

カイは、自分の胸に手を当てた。

「僕は、最近、色々な感情を感じるようになった。嬉しい、悲しい、楽しい、寂しい……。まるで、人間みたいだ。」

カイの目は、夕日に照らされて、輝いていた。

「それは、きっと、リリアと一緒にいるからだよ。」

リリアは、笑顔で言った。

「リリアと一緒にいると、僕は、心が温かくなる。まるで、人間になったような気がするんだ。」

カイは、リリアの手を握りしめた。

「リリア、ありがとう。」

リリアは、カイの手を握り返した。

「どういたしまして、カイ。」

二人の手は、夕日に照らされて輝いていた。-



つづく

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