転生した元嫁からのお願いを聴くことになった件
諸事情で奴隷になっている?
おら、なんだかとてつもなく嫌な予感がプンプンすっぞ⁉
だが、その前に、
「ユグドラはこのまま龍脈との接続を維持して会話を続けても大丈夫なのか?」
「ええ、今回に限れば大丈夫ですよ。今回限りのとっても優秀な補佐役の協力を得られましたので、心配してくださってありがとうございます……やはり、私が奴隷になった理由が気になりますか?」
「ああ、かつて愛した相手が転生して奴隷になったと知ったら、その理由に好奇心が刺激されるのは当然だと思うが?」
死別する前の人間だったころにはもったいぶることなく、すぐに理由を教えてくれていたルシア改めユグドラがその理由を全く教えてくれそうにない。
いや、これはもしかして、ユグドラから今は「話せない」のかもしれない。ユグドラの表情から察するに、どうやら上からなんらかの制約をかけられているみたいだ。
俺が手段を選ばず聴き出そうとすれば、誰であっても聴き出せるが、それをやってしまうと、ユグドラにどんな罰則が科されるかわからない。
どうやら、このことについては俺が下手に突かない方が良さそうだ。
それにしても、ユグドラが俺に連絡をしてくるタイミングがあまりにも良すぎる気がする。俺が赤竜の里で墓守りをしているときも、連絡できなかった訳ではないはずなので、このタイミングで接触してきたのには何やら裏がありそうだ。
それに、
「俺を頼ってくれるのは嬉しいが、今は俺以外に頼れる相手はいないのか?」
ルシアがヒトとしての生を終えて天界に戻って、どれくらいの時間が流れているか細かくは認識していないが、大雑把に五、六百年は経っている筈だ。
ほぼアウェイな孤立環境の赤竜の里に引き篭もっていた俺とは違い、ルシアは同族の天使達や上司である神族がいる天界に戻ったのだから、少なくとも、奴隷という今の状況から助け出してくれる仲間がいないとは考え難い。
「ええ、今の私にはあなた以外に頼れる相手はいません。奴隷の身になったのも、この身を守るためなのです」
ユグドラはそう悲しそうに笑った。
こういう場合には大抵この世界でも、だいたい第一候補としてまず、最初に挙がるはずの勇者パーティーの「ゆ」の字すらでないということは、当代の勇者パーティーにユグドラが頼れない事情がある可能性がかなり高い。
まぁ、俺が冒険者として,
この世界の人間社会で生活していたときに出会った勇者パーティーも、勇者とは名ばかりの傍迷惑な犯罪者軍団だったからなぁ……。
冒険者を始めた当初、権力者達にいい様にこき使われていたときの記憶が蘇ってきて、ユグドラに対しても強い警戒心が俺の中に芽生えている自覚がある。
人間だったユグドラの前身のルシアは、確かに俺の最愛の妻で、最優先で護るべき大切な人であったが、その人としての生は既に終わっているからだ。
加えて、今日に至るまでの彼女の来歴は分からない。
【解析】を使えばいいと思うかもしれないが、親しい家族であっても、本人の許可なく鑑定系のスキルを無暗に使うことは固く禁じられていて、戦闘中や敵対関係が明確になった時以外に使用した場合は、一例として、数日間スキルが使えなくなるといった様々なペナルティが発生するうえ、どのペナルティが課せられるかは未知数の上、課されるペナルティ1つだけという決まりはない。
リスクしかないため、疑心暗鬼に囚われて行使するべきではないな。
ユグドラはルシアという存在を内包している別の存在。違う存在だという思考がどうしても働いて、警戒してしまう。彼女の種族が竜族と因縁深い天使だったのも少なからずそれに拍車をかけていると考えられる。
『オレを恣に利用しようというのならば、かつて俺が愛した者と同じ魂を持つ生まれ変わりだろうとも、その思い上がりごと喰い殺してやればいい』
ん? なんか今、ヤバ気なときの低い自分の声が聞こえた様な?
それと、ユグドラの立体魔力映像と通信が今、一瞬揺らいだぞ?
……まぁ、今は特に目的のない気ままな旅だから、ルシア≒ユグドラを助けに行ってもいいか。
「わかった。まずは、ユグドラと合流して、奴隷から解放すればいいんだな?」
「はい、ありがとうございます。私を奴隷から解放してもらうには身請けしていただく必要があります。そのためには単純な金銭だけではなく、帝国(この国)で身元を保証する後ろ盾が必要です」
ユグドラは俺の返答を聴いて微笑んだが、人間社会復帰早々に、後ろ盾を作れという割とハードルが高い難題を提示してきた。
現カーン辺境伯にユグドラを身請けする為に後ろ盾になってもらうことを頼むにしても、大森林でフォレストウルフの群れに襲われていたマリアを助けた実績だけでは後ろ盾になってくれるかは怪しい。はてさて、どうしたものか……。
「参考までに、あなたのいる辺境伯領内で、現時点の魔物大氾濫の予測はこんな感じです。」
俺が頭を悩ませていると、ユグドラがそう言って、カーン辺境伯領の立体地図を表示し、冒険者時代に何度も目にしていた、現時点の魔物大氾濫の発生予測ポイントと思しい場所を分かりやすく表示してくれた。
しかし、一見するだけで分かる程、魔物大氾濫が発生する可能性がないということがわかった。言い換えるならば、テオドール達がきちんと魔物が過剰に溜まらない様に仕事をしているということでもある。
残念だが、対魔物関係で俺がテオドール達の力になる必要は今の所なさそうだ。
「俺の後ろ盾については明日、現カーン辺境伯に相談してみるが、俺が身請けする前に他の客にユグドラが買い取られる方が早いと思うのだが、そのことは大丈夫なのか?」
「その点に関しては、問題ありません。私が提示している条件を満たさなければ、買うことができない様になっています。ただ、なるべく早く来てくれると嬉しいです」
懸念を伝えるも、ユグドラは問題ないと返してくれた。俺の懸念は全くの杞憂であったことがその表情からわかった。
「今の座標を教えてくれないから、こっちでユグドラを捕捉した。パーティー申請を送っておいたから、受諾することで、パーティースキルコマンドを使える様にしている。
パーティー限定で使える【空間収納】である【共通収納】の細かい操作方法は冒険者のころと同じだ。使用テストとして、非常用のエリクサー10個などを入れておいたから、後で確認しておいてくれ。
こっちは今日の所は以上だ。まだなにか緊急の要件はあるか?」
スキル【並列思考】で会話しながら、俺は龍脈から魔力を介した通信の流れを遡って、ユグドラのいる場所を捕捉した。そこは帝都にある大店の奴隷商の店舗の一室で、ユグドラはそこにいた。
できればもっとルシアもとい、ユグドラと話したいことはたくさんある。
しかし、ユグドラとのこの通信のサポートをしているという存在に掛かっている龍脈接続の負担を考えれば、談笑は今度、改めて再会したときにするべきことだろう。
そう考えた俺は本来龍脈に接続して調べたかった情報が分かったのでユグドラに確認した。
ちなみに、パーティースキルコマンドの【共通収納】は、地味に性能はチートスキルの類だ。
俺が座標を把握して送ったパーティー申請を受けてパーティーメンバーになったメンバーであれば、どんなに距離が離れていてもパーティーメンバー間でアイテムを自由に出し入れできる。
連絡事項を書いた手紙のやりとりはもちろん、お互いが必要な物品のやりとりもできる。他にも多くの便利なスキルコマンドを使用できるが、定員という人数制限がある。そのパーティーメンバーの定員は最大六人までだ。
「パーティー申請、確認しました。ありがとうございます。
こちらも喫緊で、お伝えしなければいけないことはもうありません。
直接また、会えることを楽しみにしています、ジェイド……おやすみなさい」
ユグドラはそう言うと、流れる水の様な自然な動きで、俺の頭をその胸に抱きしめてきた。魔力で構成されている立体映像のはずだが、体温や心音が伝わってくる感じがした。
また、不意のことだったため、俺は動くことができず、完全に固まってしまっていた。
しばらく経ってから、俺を解放したユグドラの立体映像は寂しげで儚げな笑みを浮かべながら空間に溶け込む様に消えた。




