俺だけが気がついた薄い魔力の膜の様なものの件
テオドールの居城への移動中、城の最寄りの砦に到着する前に俺はそれに気がついた。なにやら薄い魔力の膜の様なものが砦の門を覆っている。
どうやら目的地の居城には砦の、この門を通過しないと行けないらしい。
「どうされたのですか?」
テオドールの部下の1人、女性魔術師のミシェラが不意に馬車を停止させた俺を不審に思ったのか、訊いてきた。
「【魔力障壁】にしては薄過ぎて、防護として使うには全く役に立たないものがあそこに展開されているのだが、何か知っているかな?」
「いいえ、その様な物が展開されているのですか⁉」
ミシェラと周囲の反応から誰も知らないらしい。
「スキル【解析】で調べたところ、特定人物の出入りを魔力判別で行うものみたいだな。しかも、テオドールとマリア、騎馬で来たメンバーがここを通過したら、この膜の施術者に通過が知られる様になっているみたいだ」
領主であるテオドールが自分達の通過を知らせるために予め設置していたものであるならば問題ないのだが、ご丁寧に高レベルの鑑定系スキル【解析】スキル持ちでなければ察知されない様な細工がされていた。
「? どこにあるのですか?」
普通の人間族では特殊な眼を持っているか、専用の魔導具を使わないと見分けることができないレベルの代物だから、当然、ミシェラ達には視認できない様にされている。
竜族の中でもあまりいない、魔力の波動を見分けることができる特殊な眼の一つである【竜眼】持ちの俺は魔力の可視化ができる。
そして、この手のやり口に俺は覚えがある。それはもう、俺が赤竜の里に引き篭もる前に、ウンザリする程、俺に嫌がらせをしてくる奴等の定番の手口の一つだ。
「これをかけて、あそこを見てみてくれ」
口で説明しても上手く伝わらないのが明白なモノなので、俺は判別対象となっているテオドール達に、某七番の光の巨人の変身アイテムに似たグラス状の【解析】を付与した魔導具『アナライズアイ』を魔導具の『アイテムボックス』から取り出して、テオドール達に貸した。
「あんなものがあるとは知らされていないのですが……」
「……私は設置を許可した覚えがないな」
マリア、次いでテオドールが驚いた様子で声をあげた。
その他の通知対象になっている面々も渋い顔をして魔力膜(仮)を凝視している。
全員があのグラスを模した魔導具を装備して、とある一点を見つめている。その様子は、とてもシュールに見える。そのことに気付き、問題の膜がくっきり鮮やかに見えている俺は噴き出しそうになるお口にチャックをして堪えた。
ちなみに見習い騎士達はここまで走ってきた影響で息を整えることに集中していて、テオドール達に目を向ける余裕は全くない。
「では、俺が施術者に意趣返しをしてもいいですか?」
「何をするのですか?」
全員が魔力膜(仮)を確認し終えたのを見計らってから告げた俺の言葉に、頭に疑問符が浮かんでいる様な一同を代表してミシェラが尋ねてきた。
診たところ、魔力膜(仮)は安全策が全くとられていないセキュリティが穴だらけの感知術式で構築されている。
これは「押すな、押すなよ」と言いつつ、押されるのを期待しているのと同じ様にしか大魔導師の俺には思えない。あまりにも酷い冗談レベルの術式だった。
「まず、あの膜に俺の魔力を許容量以上流して、機能不全を起こさせる。その間に全員でここを通過。過剰に流れた魔力は対策をしていない術式を通じて、通過の通知を受信する術者に流れる様になっているから、犯人は魔力受容過多を起して通過を感知することはできないうえに、余剰魔力の操作に失敗すると魔力酔いを起こして気絶する……術式の作りが雑だから、この膜は完全に使い物にならなくなる」
俺がそう言うと、
「私が許可したものではないので、別に壊れても構わないのでやってください。全員が通過することは当然として、オーランドを先行させ、これを設置した不届き者を私達が到着するまで拘束させます」
話し合いを終えたテオドールが開口一番に俺にそう言って、その言葉に頷くオーランドが愛馬に騎乗して準備万端の状態で待機した。
術者との内通者がこの場にいないのは既に確認済みなので、テオドール達に貸した『アナライズアイ』を漏れなく回収した俺はテオドールの許可の下、ヒトの社会に溶け込むために封印し、抑え続けている魔力の数千分の一を解放した。
「うっ⁉」
「これはぁっ⁉」
先程貸した魔導具の補助なしでも視覚できるレベルの解放した俺の濃密な緑色の魔力を感知したテオドール達の口々から、うめき声らしきものが漏れ聞こえた。
予め、意識をしっかりもつ様に言い含めていたので、俺の言葉を信じてくれた面々は気をしっかりもって気絶していなかった。
その一方で、俺に対して、敵対的かつ反抗的だったジャンを始めとした若手騎士達の面々は軒並み気絶して、その場で再びズボンの股間を沁み濡らす醜態を晒した。
それには構わず、俺は目の前の魔力膜(仮)に触れて、思いっきり有り余っている解放した魔力を流しこんだ。
パアーンッ!
という周辺に響き渡る小気味いい耳朶を打つ音と共に、門に張られていた魔力膜(仮)が破裂した。少なくとも、あと数秒位は保つと思っていたのだが、予想以上に脆かったな、この魔力膜(仮)。
「では、先行する!」
脆さに呆れていた俺の横をスタンバっていたオーランドが短くそう告げて、颯爽と門をくぐり抜けて行った。
騎乗したその背中はどんどん小さくなっていく。テオドールのメンバーの中で、オーランドが先行するのは相応の立場がないと魔力感知膜(仮)を張った犯人を捕まえることはできないという事情からだ。
そのオーランドには犯人が誰か分かる様に魔力膜(仮)に使われていた犯人である施術者の魔力を登録した『アナライズアイ』を貸している。それに加えて、テオドールが正式な命令書を手早く認めて渡しているから、設置した犯人は捕まり次第、豚箱入りになるのは確定だ。
また、既に魔力膜(仮)を設置した犯人に目星がついているのか、テオドールが纏う雰囲気が、これまでの穏やかだったものと一転して、険しい剣呑なものに変わった。ピリピリした空気がテオドールから漂う様になった。
安全運転で、可及的速やかにテオドールの居城に到着を果たす様に、俺は馬車に乗る全員の乗車を確認してから、馬型ゴーレムに命令して停止していた箱馬車を出発させた。




