俺がテオドール達と領城を目指す旅路の件
『ホネっこ、たぁ〜べぇ〜て〜』
毒気を抜かれてしまう様なのんきな音声を垂れ流し、骨ガ◯型対犬・狼系魔獣誘引魔導具の機能が発揮され、人体には完全無臭だが、嗅覚に優れる犬や狼系の魔物に抜群の効果を発揮する臭いが周囲に流れる。
なぜ、また俺が魔導具の『ホネっこ』を起動しているかというと、実際にフォレストウルフの群れが引きつけられて討伐される様子を見ていないテオドール達、特に魔術師の女性――優等生なメガネのつり目美人、ミシェラ――の強い要望があったからだ。
今回は発生する爆発の効果範囲も確認してもらうため、俺がテオドール達、見学者を含め、この場にいる全員に【魔力障壁】を張っている。
「Wow、Wow、Wow 、Wow、Wow、Wow、Wow、……」
『ホネっこ』から漂う匂いに大興奮したフォレストウルフの群れの大合唱と共に、目を血走らせ、口から大量の涎を垂れ流しながら周囲に撒き散らし、フォレストウルフ達がその姿を次々に見せて集まってきた。
その集まってきた全てのウルフ達の、火傷ではすまないレベルの熱過ぎる熱を感じさせる視線は俺の手の上の『ホネっこ』一点へと注がれている。
あっ、昨日はいなかったヘルハウンド――フォレストウルフよりも大柄で、体毛が黒地に赤が混ざっている――が紛れているな。
もっとも、そのヘルハウンドの様子もフォレストウルフ達と全く同じで、鼻息荒く、汚く地面を溶かしている酸を含んだ涎を盛大かつ派手に周囲に撒き散らし、垂れ流している。
犬・狼系の魔物だからまだ本当にギリギリの瀬戸際で、この光景を目にしていられる。しかし、もし、犬・狼系の亜人系魔物だったら、その顔の全体にモザイク処理をしないと公共の電波に載せられないレベルの壊滅的に酷い絵面になるのは火を見るよりも明らかだ。
我先にと『ホネっこ』に引き寄せられて狂乱している魔物達が俺の腕ごと手に握っている『ホネっこ』へと噛みつこうとしてくることは考えるまでもなかったので、俺は予め爆発が見えやすく、状況の観察に影響が出ない場所を割り出して、テオドール達にも伝えていたその少しだけ離れた場所に『ホネっこ』を投げた……ここまでは大体俺の想定していた展開だった。
しかし、『ホネっこ』が地面に着地する直前に、フォレストウルフの中に紛れてやってきていた数匹のヘルハウンドの1匹が、『ホネっこ』を喉から手ならぬ、その前足が出るほど渇望している他の面子達を鮮やかに出し抜いて、跳び上がり、その口でもって、見事な『ホネっこ』を空中キャッチをし、音が聞こえたと錯覚する程、強く噛み締めた。
その直後、俺の耳は予めしていた耳栓越しに大爆音による振動を感じた。
咄嗟に瞼を閉じて目を守ったが、俺の両目は起爆時に発生した激しい閃光による強い刺激を受けた。
『ホネっこ』を鮮やかなジャンプキャッチしたヘルハウンドはもとより、集まってきていた狂乱状態のフォレストウルフの大集団も爆発で発生した強烈な閃光に一瞬で飲み込まれたのが、瞼を閉じる瞬間に垣間見えた。
『ホネっこ』の爆発から数分経過した。元に戻った視界にはあれだけ大量にいたフォレストウルフ達はおろか、紛れ込んでいた数匹のヘルハウンドの姿は体毛一本残らずなく、爆発範囲だった地面は瞬間的な超高熱によってガラス化していた。
流石、上級火属性魔術である【インフェルノ】相当の威力。
俺の【魔力障壁】で守られていたテオドール達は当然、『ホネっこ』の爆発の影響は皆無なのだが、テオドールとオーランド、教官のロイを除いた全員が完全に腰を抜かしていた。姫騎士のマリアと魔術師、弓兵の女性達もその例外ではなかった。
そんな中で一番早く五感が回復した紳士な俺は即効感知困難な自作魔術の【浄化】を、腰を抜かしている女性陣へ誰にも気取られない様に施術した。
その一方、俺を敵視していた野郎どものことは知ったことではない。存分に恥を晒すがいい。
「……いやはや凄まじい威力だね。ジェイド殿の【魔力障壁】がなかったら、あの爆熱に包まれて私達も魔物達と同じ運命を辿っていた訳だ。それにしても、フォレストウルフの群れにヘルハウンドまで引き寄せる魔導具の誘引効果は素晴らしいな……最後の爆発を今の私達では防ぎようがないのが残念だ」
「……そうですね。最後の爆発の威力はおそらく、上位火属性魔術の【インフェルノ】に相当します。【インフェルノ】の使い手だけでも、三人も今の帝国内にはいないのですから、それを防ぐとなると、果たしてどれだけいるのやら……。誘引する方法だけでも、ご教授いただきたいですね」
テオドールの『ホネっこ』の評価に完全復活した女魔術師ミシェラが話を継げて応えた。
そうか、【インフェルノ】の使い手は減ったのか、というか全然いなくなったな。
俺が冒険者していた時には結構な頻度で【インフェルノ】を使える魔術師を目にしていたのだが、平和になった影響かねぇ。
それにしても、まだ残っているらしい自称賢者達の組織内でも、【インフェルノ】を使える奴がいないとか。本当に連中は賢いのか疑問だ。
「ああ、やっぱり最後の爆発はどうにかして防げないといけないよな。
う〜ん、『ホネっこ』の作り方は対価を払ってもらえれば別に材料と製法を教えても構わないけれども、個人的に自分達で作るのはお勧めしないかな」
「えっ? それはどうしてですか?」
俺の返答にようやく復活したらしいマリアがテオドール達も思ったであろうことを代弁した。
「まず、素材となる魔物の見た目が目に優しくないから、精神衛生上よろしくない」
「ホネっこ」の犬系・狼系魔物を惹きつけて止まない臭いは、ワーム系の中のミミズ種の魔物であるイヌマンが発する臭いが元になっている。
イヌマンの見た目はミミズの胴体に多数の眼球付き触手が付いているというミミズに耐性がある者でも、対面すると思わず、うっ、となってしまう程の代物。
気の弱い女性には悪戯でも見せては絶対にいけない。絶対にだ。
不意に遭遇した初見のときは、俺も思わず絶叫しそうになったレベルの外見だ。
「次に、臭いだ。『ホネっこ』は人体には無臭になる様にしているけれども、そこまで加工する途上で、酷いという文字ですら生温いレベルの超強烈かつ凶悪な悪臭が発生する」
『ホネっこ』の開発で一番厄介だったのがこの臭いだった。前世で一度だけ好奇心で買って、激しく後悔したシュールストレミング。あれと同レベルのヤバさだった。
なにせ、人化していたとはいえ、立ち入り禁止にしていたのに謎理論で強引に作業場に乱入してきた竜族最強種の一角である紅玉竜のルベウスが、扉を開けた瞬間に目を開けたまま気絶した位だ。当然、竜であるルベウスに生半可な毒は効かない。
「その時着ていた服は破棄。ああっ、焼却しようとすると、悪臭が煙に移って被害が拡大するから、焼却ではなく、入念に【浄化】をかけて、深く掘った土の中に埋めないといけない。あと、少しでも関わったらしっかり入浴して臭いを落とさないとダメだ。間違っても手を抜いて香水で臭いを誤魔化そうとしないことだ。最悪、死ぬ……社会的にも」
これも実体験からだ。
着ていた作業着を焼却しようとしたら、悪臭が煙に移って広範囲に拡散。という恐ろしい事態になってしまうことになんとか気付いて、俺は咄嗟に、汚染された煙を空間ごと、【結界】で隔離した。
短時間とはいえ、運悪く臭いが移ってしまった普段着も、最上級の浄化魔術の重ねがけでないと元に戻せないレベルだった。
そして、まぁ、案の定というか、俺に嫌がらせをしてくる賢者の連中が、俺のイヌマンの研究成果を横取りしようと、悪臭漂う作業場に侵入して、作業場に漂う臭いで気絶するとともに、無意識の人体の防衛本能なのか、体の中のありとあらゆるモノをその場にいろいろぶち撒けていた。
そんな侵入者達に俺がかける慈悲は皆無どころかマイナスなので、その侵入者達は人通りの多い、判明していた奴等の活動拠点の前に【転移】で飛ばしてやった。
また、臭いの被害を受けない使い魔を通して、加工中のイヌマンの悪臭に香水をかけると、即効レベルの超凶悪な最臭兵器になることが確認された。イヌマンの臭いをブレンドした香水をかけて気絶した侵入者達とその仲間達も、人通りの多い路上で社会的に完全終了する醜態を晒して、彼等はあらゆる面で終わった。
その日、自称賢者達の組織の拠点の一つは名実ともに、あらゆる意味で壊滅した。
そこに所属していた賢者達の中には伯爵位以上の貴族の嫡子、次期当主もいたそうで、醜態を人通りで晒したその者達は1人の例外もなく廃嫡・存在抹消となったり、謹慎後に病死の公表がされて、その後、二度と俺の目の前に現れることはなかったとか。
俺の話を聞いた面々は皆一様に顔を強張らせていた。まぁ、そうなるよなと俺は内心で苦笑いをせざるを得なかった。




