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9 王の宣言

 未希は自宅で朝を迎えた。教頭の家での出来事が嘘のような普通の日常の始まりに戸惑いを覚えながらも、自分の中に感じる異能力の力、すなわちスピットを実感することで現実と向い合うことができていた。


「おはよう、お母さん」

「あら、おはよう未希。昨日はよく眠れた?」

「うん、何とかね? お父さんは……あっ、まだ出張か」

「そうね、仕方のない人よね、ほんとに」


 未希の母は御代みよの国の王であった。なぜ退位したのかは未希はまだ聞かされていない。昨日多くのことを聞き過ぎて何をどう整理したらいいかまだ分かっていなかった。いつか分かるだろう、そう軽い気持ちで流した疑問はたくさんある。


「お母さん、今日、私行かないといけないのよね?」


 未希の母は朝食の支度をいったん止め、未希に向き直った。


「そうね、怖い? でも心配ないわよ。怖いところじゃない。こっちの世界とそう多くは変わらないわ」

「うん……、でも」

「しっかりしなさい。これでもあなたは先代の王の娘なのよ」

「うん、それもまだ信じられないんだけどね。お母さんが王様だったなんて」


 母は娘の肩に手を乗せて優しく微笑んだ。


「お母さんもね、いろいろあったけど何とかやり切れた。運が良かったって思うこともある。そして今はあなたという跡継ぎができてとても幸せ。何も命が取られることではないの。でもね、誰かがやらないといけないことなの。大丈夫、未希ならきっと立派な王様になれるわ」


 母の言葉がくすぐったかったのか、未希は目を合わせられれず下を向いた。


「うん、何とか頑張ってみるよ」

「うん、行ってらっしゃい。まずは最初の宣言が大事だからね」

「うん、分かってる。玉座に座って『御代みよの国を統べる王の即位を宣言する』って言うのよね」

「そう。それが済まないといろいろ大変だから。しっかりやってらっしゃい」


 未希は母の言葉に少し安心して、朝食を済ませて身支度を始める。急いて着替えをしているところで、机に置いているスマホから未希の大好きなイケボの声が聞こえてきた。


「あっ、さっちんかな」


 スマホを開けると幸子から『着いた。早く用意しなさい。時間かけても大して変わらないから』という失礼なメッセージだった。


「うっさいな。どうせ私は平均日本人顔ですよ」


 未希は幸子のメッセージには返信をせず、玄関へ走る。


「いってきます」

「はい、いってらっしゃい。遅くならないようにね」


 母の声を後ろで聞きながら玄関の扉を開ける。玄関を出ると幸子が立っていた。いつもの学校の制服ではなく、動きやすそうなラフな服装だった。ラフな服装だが、モデル体型のためそのラフな服装であってもそこにいるだけで景色に華が出る。未希はそんな幸子に少しの嫉妬を覚えるも、いつもの親友のお出迎えに気持ちを切り替えた。


「悪かったわね。時間かけても意味ない顔で」

「何いっているのよ、時間かけて顔を作らなくても十分可愛いって意味だったのに」

「なっ、何言ってるのよ……」


 未希は照れながらも、ちょっと嬉しそうにニヤついた。


「ちょろい」

「ん? 何か言った? さっちん」

「ん? 何も? さあ、早く乗りな」


 幸子の後ろには白い軽自動車が待っていた。静香の車だった。運転席には静香が座って手を振っている。


「静香さん、おはようございます」


 未希は丁寧に静かにあいさつした。


「おはようございます。ささっ、時間もないので乗ってください」

「はい」


 未希は後部座席に座り、助手席には幸子が座る。そのまま静香は車を走らせる。


「あの、さっちん。どうやって御代みよの国まで行くの?」

「あれっ? 言ってなかったけ? 教頭先生の家の中にゲートがあるからそこから簡単に行き来できるよ」

「えっ、そうなの!? そんなに簡単に? 私大きな魔法陣の真ん中に座って、一時間くらい魔法の詠唱を聞いてなきゃいけないんだと思ってた」

「それ、どこのファンタジー漫画よ……。言っとくけど、スピットの力は魔法じゃないからね。個体差のある精神エネルギーをそれぞれが力として昇華しただけのものだから」

「うーん、そのスピット自体が私にはファンタジーなんだよね……」

「何を言ってるのよ。あんたみたいにスピットに直接作用できる力を持っているのはかなり稀な存在なんだからね。だからあんたが王足り得るの」

「そう言われても、私は特に努力したわけでもないし……」

「それが、特別な証拠よ。私も、静香さんもすごい大変な思いをしてここまでスピットを使えるようになったんだから。そんなこと言われると『えー数学なんてー勉強なんかしなくても、簡単じゃん』って言ってる痛い女の頭いい自慢みたいでムカつくわ」


「ちょっと、山上さん。流石にそれは失礼よ」


 幸子が未希に対して毒づいているのが気になって、静香が注意する。


「あっ、静香さん、すみません。ついいつもの調子で……」

「私に謝るんじゃなくて……」

「いいんです、静香さん。さっちんは私の友達ですから、このくらいただのじゃれ合いの内です」

「そう……ごめんなさいね。でもそうならあなたたちとても仲がいいのね」


 幸子が仕切り直す。


「と、とりあえず。あんたは王なんだからあっちに言ってもちゃんとしてよね。あと、ゲートは大昔の王様が作ってくれたもので、もし壊れちゃったら大変なことになるから、気をつけてよ」

「えっ、もし壊れたらどうなるの?」

「うーん、壊れたことがないから分からないけど、こっちの世界との行き来ができなくなるんじゃなかったかな」

「えっ、それは困るよ」

「そう、だから気を付けて」


 未希と幸子が会話でじゃれ合っていると、あっという間に教頭の家に着いた。静香がゆっくりと駐車をする。


「さあ、着きましたよ。どうぞ」


 教頭の家は大きな家だ。純和風な外観で、大きな池付きの庭があり、お手伝いさんが何人も雇われている。その大きな家の母屋の裏に、人が数人しか入れなさそうな小屋があり、未希はそこに案内された。


「こ、この小屋はなに?」

「佐久良さん、これは小屋ではなく、『離れ』って言うんですよ」


 静香が優しく訂正してくれる。隣では幸子が笑いを堪えていた。


「そ、そうなんですね。ははっ。えっと、教頭先生たちはどこなんですか?」

「あの人たちは一足先に向こうに行ってお出迎えの準備をしているわ」

「な、なるほどー」


 幸子が未希の背中を押して急かしている。


「さあ、行くよ。新王様」

「えっ、さっちん。ちょっと押さないでよ」


 未希は幸子に背中を押されて、静香が開ける扉の向こうに足を踏み入れた。



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