8 とても信じられない告白
未希は目の前に母が現れてきょとんとしてしまう。
「どうして、お母さんがここにいるの?」
「教頭先生から連絡貰ってね。昨日の夜に飛んで来たの」
未希の頭の中には昨日の戦闘がフラッシュバックしていた。教頭はどこまで話したのだろうか。そう思って教頭の方に目を向けると、教頭は『分かっていますよ』と言わんばかりに説明をする。
「佐久良さん、佐久良さんのお母様はすべて分かってらっしゃるんですよ」
意外な答えだった。未希には、昨日のことは母に知られてはいけないことだと思っていたからだ。
「未希、言い忘れてたわね。今日誕生日でしょ? おめでとう。18になったのね。ついに」
「お、お母さん、どうしたの。今は誕生日とか祝う雰囲気じゃないでしょ」
「いいえ、未希の誕生日なんだもの。ちゃんとお祝いしなきゃ。それに、今日のこの誕生日はね、みんなにとっても特別なのよ」
と言って、未希の母は周囲の幸子、木下、教頭夫婦に目で合図を送る。すると全員がいきなり平伏し始めた。
「えっ、ちょっと、なになに? みんなどうしたの? 教頭先生まで……」
「最初は戸惑うと思うけど、すぐに慣れるわ。あなた王になったんだもの」
「…‥‥ん? オウ? オウってなに? お母さん」
「王といえば王よ。王様ってこと」
「いやいやいや、おかしいでしょ。王様ってここは日本よ。民主主義と三権分立の国。総理大臣じゃあるまいし」
「お母さま、最初から順を追って話す必要があります。私に代わりに説明させて頂いても?」
平伏したまま教頭が意見を述べ、未希の母がそれを承認する。
「先生、私にはもうそんな態度とる必要はないのですよ。私の役目はもう終わったのですから」
「いえ、長年の癖でして。お許しを頂けるなら、このまま続けさせて頂きたく」
「もう、相変わらず真面目ね。分かったわ。好きなようにして下さい」
「ありがたき幸せにございます」
教頭は平伏したまま感動していた。小刻みに震える教頭の肩を見て、未希にはそう思えた。
「それでは、私の方から……」
「ちょっと、待ってください! お母さんも、どうしたのよ。おかしいじゃない? みんなして頭下げて、からかってるの?」
「未希、落ち着いて。それも今から分かるから」
「分からない! こんなんじゃ全然落ち着かないよ! みんな頭上げてよ、先生も、静香さんも上げてください! そうしないと私話を聞きませんからっ!」
未希の言葉に母は困ったような顔をして皆に告げる。
「みんな、未希がこう言ってるわ。頭を上げてリラックスしてちょうだい」
母の言葉を聞いて、皆が頭をあげ、片膝をつく形となった。
「これでいい?」
「よくないっ! みんなソファに座ってくつろいで。こんなんじゃまだまだ落ち着かないよ」
「あらっ、みんな未希の命令よ。そうしてちょうだい」
「お母さん、命令じゃないよ。お願いなの!」
未希の言葉は空しく流され、皆はソファに座って未希の方を向く。
「ううう、何なのこれ……」
「まあ、すぐに慣れるわよ。一旦これでいいかしら?」
未希は納得せざるを得なかった。これ以上言っても無駄であり、とりあえず先の話を聞きたかったからだ。
「それでは私から……」
「ちょっと待って下さい!」
教頭が話始めようとするのを未希が止める。
「話長くなりますよね? 私から聞きたいことがいっぱいあるから私の質問に答える形でいいですか?」
「もちろんです」
教頭に対して不遜な態度となってしまったことを未希は一瞬気にしたが、教頭はむしろ嬉しそうに答えた。
小一時間後。未希は一人になりたくなって最初に寝ていたベッドの部屋で休ませてもらうことにした。御代の国。王様。継承をめぐる国内の抗争……。どれも初めて聞くような、物語の中で聞くようなそんな言葉ばかりで実感は何もなかった。その国の王になったと。
「そんなこと言われたって『うむ、そうか。皆の者、平伏せよ』とか言う訳ないじゃん。ファンタジーじゃないんだから。それに何なの王の力って。私の能力ってそんなに凄いの? そもそも私にそんな能力が本当にあるの?」
未希の脳裏に昨日の戦闘が蘇っていた。必死に食らいついた固くて重たい腕。そこから何か自分の中に入ってくる感覚があった。それが未希の能力であった。
「能力喰い(スピット・イーター)か。変な名前……もういやだ。帰りたい。昨日までの平和な日常に戻りたい。さっちんと一緒に馬鹿やりたい」
コンコン。誰かが部屋のドアを叩いた。
「はい……」
「私、幸子。未希、入っていい?」
「さっちん……、うん、いいよ」
幸子が部屋に入って来る。未希は布団にくるまって壁の方を向く。
「未希、大丈夫か?」
「さっちんこそ、大丈夫なの? 私王様だよ。そんな口きいて。さっきみたいに平伏しないの?」
未希は布団にくるまって壁を向いたまま幸子の方を見ようともしない。
「何いじけてんのよ。あれは公式の場ってことでみんなあんな感じになっただけよ。一応新たな王様の誕生なんだから、場は絞めた方がいいでしょ?」
「うそ、何か急にさっちんが遠い人になったみたいに思ったもん。私のこと、ずっとそんな風に思ってたんだって。私が王になるまでの守護者って何よ。さっちん友達じゃなかったの? 私の友達だよね? それとも私を守るっていう仕事のために近づいてきて、近くに置いておくために私と友達になった振りして、大して仲良くもないのに、無理やり合わせてくれてたってことでしょ?」
幸子が布団の上から未希の肩に手を置いた。
「友達だよ。未希は私の友達」
「うそ、あなたは私の守護者なんでしょ? 友達っていうのは……」
「友達だよ。何言ってんの? あんたみたいな我儘で妄想癖があって自分に自信がなくてその割には自意識過剰な痛い女の友達に誰がなるっていうのよ」
「ひどっ、で、でもそれは仕事だからでしょ、どうせ」
「違うよ。未希は私の友達じゃない。あんたがどんな性格してようが、どんなに泣きわめこうが、友達なんだよ。だから守ってきたし、必死で守らなきゃって思った。友達じゃなきゃ、あんたのことなんて守ろうと思わないよ」
未希はこれまでの幸子から守ってもらった記憶が脳裏をよぎった。どんな時も幸子から守ってもらっていた。自分がどんなにピンチになっても幸子が守ってくれるって安心感があったことを思い出した。だから他に友達がいなくても、なんだかんだで平気だった。一人で思う存分妄想にふけって気持ち悪がられるようなことをしてきた。
「さっちん、本当? まだ友達ってことでいい?」
「ばか、『まだ』じゃない。『ずっと』だよ。友達だ。でも未希は王になった。だから公式の場では平伏してしまうことを許しておくれ」
「うん……許す」
「おっ、やっと王らしくなってきたな」
「ばか、うるさい」
「はい、王の命ならば静かにします」
「違う、もっと話しなさいよ。私が笑顔になるまで」
未希の我儘が幸子には愛おしかった。そして同時に懐かしかった。こんな風に甘えてくれることもこれからはなくなっていくのだと思うと寂しくなった。
「それと、スピットって何よ? 中二病みたいな名前」
「スピットは能力の根源である精神力の象徴じゃない。正式にはもっと長い横文字だったけど、先々代の偉大な王がみんなが分かりやすいように『スピット』って名付けたのよ。だからみんながそれを使っているの」
「いやいやいや、最初聞いたときは真面目に笑いそうになったよ。中二病全開じゃない。まさか、みんなあれをかっこいいって思っているの?」
「……なによ。悪い? 先代のあんたのお母さんなんて私の能力に名前も付けてくれたんだから」
「いやいやいや、そっちの世界の人たちの美的感覚を疑うわ。さっちんの能力って、糸みたいなのを出すやつでしょ? どうせ『見えざる糸』とかなんでしょ?」
「……未希、あんた天才? それかっこいい!」
「えっ、まじ? さっちんってそっち系の人?」
「いやいやいや、あんた王の器あるわ。私の能力は今日から『インビジブル・スティング』よ。現王に名付けてもらったんだもの。先代も分かってくれるわ」
幸子が目を輝かせて喜んでる。未希は幸子の、いや御代の国の人たちの感覚にはまだついていけなさそうであった。
「未希、もしよかったら木下の能力にも名前つけてあげなよ。あいつ飛び上がって喜ぶよ」
「えー、木下くんでしょ? いやだな~」
「ぶっはぁ、木下のことまだそんな風に思ってるの?」
幸子は口に手を当てて笑っている。
「ちょ、幸子ってば笑い過ぎ。そ、そうね木下君も一応守護者なんだよね……」
「一応じゃなくて、れっきとした、な」
幸子の笑い声と未希の楽しそうな声はリビングにいるみんなにも聞こえていた。それを聞いた未希の母、教頭、静香は安心したような表情で受け止めた。これから待ち受けている困難は今このひと時だけは忘れて皆で新たな王の誕生を祝った。