5 異能力って言われても
未希は何とか腕を振り解こうとしたが、全くびくともしなかった。
「な、何で、同じ女の子同士なのに……」
「無駄です。私の能力をご存知ありませんか?」
「えっ、なに? 能力?」
女の気が未希に向いたところを狙って木下が瞬時に間合いを詰める。
「なによそ見してんだよ!」
木下の拳が女に向かう。
「は、早いっ」
だが、女は木下の拳を未希を掴んでいる反対の手で受け止めた。
「きゃっ」
木下の拳の衝撃だけが未希にも伝わってきた。
「お前、女に向かって容赦なく拳を向けるとは、さてはモテないな」
「うるせえ、黙れ。人攫いの分際で」
木下は受け止められた拳をそのまま振り抜こうとする。
「ちっ」
女は木下の力を逃すようにくるりと回ってかわした。
「そこっ!」
女が木下の拳をかわした隙を狙って幸子が手の中から何かを飛ばしてきた。すると女の動きがピタリと止まった。
「ぐっ、これは糸か。虫ケラめ」
「木下くん、今よ!」
「分かってる」
そこへ木下が女に向かって正面から蹴りを入れる。女は木下の蹴りを腹に受け、後ろに飛ばされるが、幸子の糸によって引き戻される。
「ぐっ、このくらいで」
「次で終わりだ」
女は再び木下の間合いまで引き戻され、木下が蹴りを入れようと構えた。
木下が構えた瞬間、幸子の糸が火を上げて燃え始めた。
「なにっ!」
「まずいっ」
糸が燃えて炎が未希にかかる前に幸子は糸を戻した。
「よし、このまま」
その隙をついて女が大きく後ろへ後退した。
「逃げるのかよ」
「黙れ、このお方を連れて帰るのが私の仕事だ」
木下が追いかけようと足に力を込める。すると木下と幸子の上から炎の塊が落ちてきた。
「はっ? なんだよ?」
二人はかろうじてそれをかわす。
「何だこれ? どこから……」
「木下くん、あそこ!」
幸子が背後の大きな木の上にいる男を指差す。男は女と同じローブを身に纏っていた。
「山上、届くか?」
「ちょっと無理ね。射程外だわ」
「なら、俺が行くしかねえな」
再び炎の塊が二人に飛んでくる。二人は大きく横に飛んでかわす。
「そんなに早くないけど、数が多いからやっかいね」
「あっちは俺がやる。山上は佐久良さんを頼む」
「そうね、任せたわ」
するとまた炎の塊が飛んでくる。
「さっちーん!」
未希の叫ぶ声が後ろから聞こえてきた。幸子は声が思ったよりも遠くから聞こえてきて、焦った。
「まずい、射程外まで逃げられてる。このままでは……」
未希はびくともしない女の腕を何度も押したり叩いたりして引き剥がそうとするが、やはり効果はなかった。女は全速力でこの場を離れようとしている。このままでは幸子たちから引き離されてしまう。
「よーし、古典的だけどこれしかない」
未希は大きく口を開けて、女の腕に思いっ切り噛みついた。が、女の腕はカチコチに固くなっており、文字通り歯が立たなかった。
「何をしても無駄です」
「ぐぬぬぬ」
未希は諦めなかった。女の腕は硬いが、手ごたえはあったからだ。
「ぐぬぬぬぬ」
「だから無駄ですよ。この腕が……えっ?」
女は腕から力が抜けて行くのを感じた。そして硬質化させた腕が解けていくのを感じた。
「な、なんで??」
そして、未希の歯が腕にめり込んだ。
「いたっ!」
女が未希から腕を離した。
「しまった!」
だが、女は再び未希を捕まえようと腕を伸ばす。そして硬質化した腕で未希を掴んだ。未希はまたしてもその腕に噛みついた。すると再び硬質化が解けた。
「ま、またしても……な、なんで?」
「やっと追いつきました」
女は背後から迫って来る殺気を感じ、咄嗟に振り返る。
「教頭先生!」
「えっ、教頭先生?」
教頭は女の背後に周り込み、女を遠くへ吹き飛ばした。未希には教頭が女に何をしたのかがさっぱり分からなかった。なぜだか分からないが女が急に遠くへ飛ばされた。女は沖の方で海の中に落ちた。
「佐久良さん、もう大丈夫ですよ」
教頭が未希を優しく抱きかかえる。未希は教頭といっても『口うるさいおじさん』くらいの印象しかなかったが、間近でよく見るととても整った顔立ちをしていてどうみても『おじさん』という雰囲気ではなく『品のいいおじさま』だった。近寄るといい香りが漂ってきてこれまでの教頭のイメージが180度ひっくり返ることになった。
「あ、あの……」
「もう心配はいりません。山上さんたちの方もすぐに片付きます」
未希がどぎまぎしながら幸子の方を見ると、木下がローブの男を追っ払ってしまうところだった。
「いえ、あの女の人は海に落ちちゃったけど大丈夫なんでしょうか?」
「佐久良さん、流石ですね。さっきまで敵だった者の心配をするなんて。はい、大丈夫です。あれくらい彼らには何でもないですよ。だが、佐久良さんがここにいることがバレてしまった以上、早急にここを離れなければなりません」
「は、はい……」
教頭が言うのだから大丈夫だろう。未希は分からないことが多すぎて理解が追い付かない以上、教頭の言うことを信じようとした。未希は自分が信じられないくらい、教頭から醸し出される安心感に浸っていた。
「さて、来ましたね」
一台の車が猛スピードで近づいて来た。白いスポーツカー、もとい軽自動車だった。運転席の髪の長い女が窓を開けるや否や大きな声で叫んだ。
「ほら、あんたたち! さっさと乗りな。ここを離れるよ! ほらっ、ぼさっとしない。乗った乗った」
未希達はその軽自動車にすばやく乗り込んだ。教頭が助手席、後部座席に幸子と木下に挟まれて未希が座る。
「さあ、行くよ! 飛ばすからちゃんと掴まってなさい」
はい、と返事する間もなく白の軽自動車は国道を猛スピードで走り始めた。