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4 教頭の車

 未希は目を閉じて衝突に備えた。が、衝撃が走るどころか車は何事もなく静かに止まってしまった。何が起こったのか分からず、未希は恐る恐る目を開けた。


「山上さん、酷くないですか? 勝手に人の車を持ち出して」


 目の前にいたのは教頭であった。未希が乗っている車の持ち主である教頭が目の前に立っていた。


「大変失礼いたしました。でも緊急事態でしたので少し拝借することにしました」


 この状況になってもちっとも慌てていない幸子の様子に、未希はただただ見ていることしかできなかった。


「酷いのはもう一つあります」

「なんですか? 車を傷だらけにしてしまったことでしょうか?」


 あくまで幸子は冷静であった。冷静な幸子は怖い。未希は幸子をよく知っているだけに教頭が少し気の毒に思えた。


「ち・が・い・ま・す・よ! あなた、僕が目の前に現れたのにブレーキひとつ踏まずに、いやむしろアクセルを踏みましたね。僕が大怪我したらどうしてくれるんですか!」

「あれ? おかしいですね。私はブレーキを踏んでいるはずなのに。ほらっ、今も一生懸命……」

「アクセルを踏んでいますよね、山上さん」

「ああっ、私としたことが、大変失礼いたしました」


 幸子はわざとらしく大袈裟に驚いてみせる。


「まったく、白々しい。今どきの若い人の考えることは分かりませんね」

「……オヤジくさ」

「ん? 何か言いましたか? 山上さん」

「いいえ、私は何も」


 幸子は諦めたように車を教頭の誘導する道路脇の駐車スペースへ移動させる。周囲には誰もいない。未希が見慣れた海沿いの国道だ。教頭が腕組みをして幸子に問いかける。


「それで、一体これはどういうことですか?」


 未希にはなぜ教頭がここにいるのか、なぜ車にぶつかっても平気だったのかが気になったが、とりあえず二人の様子を見ることにした。


「見ての通りです。若気の至りでちょっとやんちゃしてみただけです」

「シィーット! バレバレの嘘をつくんじゃありません。学校では優等生のあなたがそんなことする訳ないじゃないですか」

「いえ、一見優等生に見える子が抱えるストレスは計り知れないんです。それがたまたま爆発しただけのことです」

「山上さん、もうこっちは大体のことは把握しているんです。しらばっくれるのはいい加減にしなさい」

「教頭先生こそ、いい加減にした方がいいですよ。女子高生二人を自分の車で連れ出して一体何をしようとしたのでしょうか」

「生意気な口の利き方だけは成長しているようですね。いいです。こちらから質問しますよ」


 教頭は少し間を置く。


「攻めてきたのですね、ついに」

「……」

「白状しなさい! もう木下く……」


「おーい! 危ないぞ!」


 教頭の話を遮るように、空の方から声がした。未希は何事かと思い、上空に目を向ける。すると、大きな黒い塊がこちらに向かって落ちてくるのが見えた。


「えっ、なに? もう逃げ……」


 未希が逃げきれないことを悟ってしまう直前に幸子が未希を抱えて車の脇に飛びのいた。


「未希、大丈夫?」

「いたたた……あれ? またさっちんに助けられた?」


 未希は幸子に抱えられたまま、体を起こす。すると目の前に黒い塊が現れていた。その塊は車の運転席と助手席を見事に破壊しており、シュウシュウと煙を上げていた。


「あっ、教頭先生は?」


 未希が教頭を見つける前に幸子が目線で合図をする。合図をした方を見ると教頭が何事もなかったかのように立っていた。いや、よく見ると何事もなかったかのように見えたその姿は車を破壊されたショックで気絶していただけだった。


「あーあ、壊しちゃった」

「きょ、教頭先生、立ったまま気絶してるね……」


 教頭は立ったままピクリとも動かない。


「おーい、大丈夫だったか?」


 そこへ、未希たちの背後から一人の男が現れた。現れたというより黒い塊が落ちてきた方から飛んできた。映画のヒーローのように見事に着地した男は教頭の車が破壊された様子を見て急に焦り出した。


「ああっ! しまったー! 教頭の車がぁぁー! やばいやばいやばい、どうしよう。これ、確か奥さんに反対されてたのに大金はたいて買ったやつだよね? そして買ったのがバレたあと、カンカンに怒った奥さんと仲直りするために、次の夏休みに軽井沢にドライブ行く約束をしてたやつだよね? なあ山上。どうしよう? 俺、奥さんに何て言ったらいいと思う? 生きて帰れる自信ないよー」


 男は、被災して瓦礫の下から助けを求める子供のような眼差しを幸子に向けた。


「さあ、この際だから奥様に一思いにやってもらったら? 骨くらいは拾ってあげるわ」

「おいー! 相変わらず冷たいなー」


 未希は気が付いた。幸子と仲睦まじく話しているこの男。どこかで見たことがある男だと思っていたが、間違いなかった。男はクラスメイトの木下だった。たまに目線が合い、気持ち悪いと思っていた木下に間違いない。未希はそう確信した。


「ね、ねえ。き、木下くん、だよね?」

「ん?」


 木下が未希の存在に気が付いた。


「えっ、佐久良さん。な、なんでこんなところに……」


 木下が幸子と未希を交互に眺める。


「も、もしかしてそっちにも何かあったの? そして佐久良さんが襲われた、とか?」


 幸子が無言のまま頷く。


「待って。そっち『も』って何? 木下くんの方も何かあったの?」

「あったの? ってこの黒い塊を見れば分かるじゃん。これ、シャドウってやつの残骸だよ」

「そうね、で、倒しちゃったの?」

「ああ、急にこっちに向かって走り始めたから一発思いっきりぶん殴ってやったら、思念は抜けてこれだけになった」

「相手は誰? ちゃんと聞けた?」

「何言ってんの? こいつ何もしゃべらずにただただ襲ってくる怪物みたいなやつだったんだぜ。無理無理」

「そう……」

 

 それを聞いた幸子は考え込むように腕を組む。


「ねぇ、この残骸を操ってるやつが見なかった?」

「えっ? いや見なかったな。こいつ一体だけだったよ」

「そうか、じゃあ……」


「きゃあ! なに?!」


 幸子の背後で未希の叫ぶ声が響いた。


「しまった!」


 幸子が気が付いたときはもう既に遅かった。未希は黒いローブをまとった女に羽交い締めにされてしまっていた。


「未希!」

「佐久良さん!」


 幸子は女の方を睨み付ける。木下は素早く移動して、女を幸子と二人で挟むように取り囲む。


「やっと見つけた。このお方はは我々が預からせてもらう」

「何言ってるの? 未希は私たちのものよ」

「そうだ! お前たちになんか渡せるわけないだろう。って言うかこの状況から逃げきれると思っているのかよ。こっちは守護者が二人もいるんだぜ」

「ふん。それが何だ。こっちも命がけなんだ。私たちの世界はそろそろ救われてもいい頃だ。私はこの命がどうなろうとこのお方を連れて帰る」


 未希が女の腕の中で必死でもがく。





 



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