3 宗教の勧誘はお断りします
「ね、ねえ、さっちん?」
「なに?」
「さっちん、怒ってるの?」
「怒ってはいない。でもちょっと焦ってる」
教頭の白いスポーツカーは学校を出て、すぐに海沿いの国道に出た。田舎道の国道であるため、信号もなく、車は順調に走っていく。
「えっとね、さっちん。もはや何から聞いたらいいのか分からないんだけど」
「そうだね……とりあえず今聞きたいことからでいいよ」
車は海沿いの国道を猛スピードで走り抜けている。
「何でさっちんは車の運転ができるの? いやそもそも鍵はどうしたの? エンジンかけるのだけじゃないよ。ドアも何もしないで普通に開けちゃった。いくらあのアホ教頭でも車には鍵かけると思うんだ」
「えっ、そっち?」
幸子は意外な方向から質問が飛んできたため、危うく反対車線に飛び込みそうになった。
「おっと」
「わわわわっ、おっとじゃないよ。危ないよ。ちゃんと前見て運転して」
「ごめん、意外な方向から質問が来たから一瞬意識を持っていかれそうになったわ」
「だって、さっちん私と同じ高校生だよね。免許は持ってるの? 普通は運転できないよ」
「免許は持っているよ。ほら」
幸子はポケットから手際よく免許証を取り出して未希に渡す。未希は疑り深い目つきで免許証をジーっと眺める。
「もういいかな? 免許証の写真撮った日は雨だったから髪が爆発しそうになってて恥ずかしいの」
「えー、そんなことないよ。さっちん可愛く写ってる」
幸子は未希から無理やり免許証を奪い取る。
「取り敢えずそれはそれで置いといて、普通はあのドングリの木のこととか、私の怪我のこととか聞かない? 普通」
「あっ、そういえばさっちん怪我してた。大丈夫なの?」
幸子が怪我をしていたことを今さら思い出して未希がおろおろする。
「傷は大丈夫。取り敢えず応急処置はしたから」
「そうなんだ。よかったー。……じゃないよ! 何言ってんの? 応急処置って、いつのまに? どうやって? えっ、さっちん医者だったっけ?」
「……質問が多い」
「あっ、ご、ごめん」
「まあ、いいよ。無理もないよね。いきなりは受け入れられないよね」
幸子の運転する教頭の白いスポーツカーは山道に入った。道がうねっているため、幸子がハンドルを切るたびに二人の体が左右に揺れる。
「未希って、幽霊は信じる?」
「えっ? いきなり何? 幽霊? 私そういうの苦手」
未希は身震いするように両手で自分の肩を抱く。
「実はさ、なんて言うのかな。みんなが言うあの世とか常世っていう死後の世界がね。存在するって話」
「さっちん? どうした? 頭でも打った?」
「打ってない! 私はいたって真面目!」
「いや、だって。あの世とか、そんなスピリチュアルなものに現実主義の権化であるさっちんが興味あるはずないじゃん」
「権化って言い過ぎじゃない? まあ、それはいいとして。未希には信じられないと思うけどね、実際にあるの。そんな世界が」
「いやいやいや、私は騙されないよ。さっちんがどんな宗教に入れ込んでいるか分からないけど。私はお断り。いくらさっちんの頼みでも入会は致しません」
未希は両腕を顔の前でクロスさせる。
「いや、だから私は真面目なんだって」
「さっちん、日本は宗教の自由があるから。さっちんがどんな宗教を信じていても私はいいと思うんだ。でもね、さっちん。信じてない人に無理やり信じろっていうのはちょっと乱暴だと思うよ」
「ごめん、私が変な宗教に入れ込んでいるっていう設定、一回忘れてくんないかな?」
車は再び海沿いの道に出てきた。急に明るい道に出てきたため、二人は目を細める。
「えーっと、とりあえず、私の話の続きしていい?」
「うん、まあ、とりあえず聞くよ。まだまだ気になることあるし」
「えっとね、この世界とあっちの世界はね。一つの世界なの。俯瞰してみるとね、例えば未希の魂は今その肉体にあるけど、死んだら肉体を離れてあっちの世界にいく。それだけなんだよ。魂がこっちの世界にあるか、あっちの世界にあるかの違いなだけで、さっちんの魂はずっと「この世界」のどこかにあるってこと」
「さっちんんが言う「この世界」って、この世とあの世もまとめてしまった世界っていう意味?」
「そう。あんた意外と飲み込みいいわね」
「えっへん、一応成績は平均より少しいい方なの」
「ごめん、それ自慢にならないから」
「うるさいー。いつも成績上位のさっちんに言われると余計にむかつく」
「ごめんごめん、それで、さっきのドングリの木の話に戻るんだけど。あの木から声が聞こえたの覚えてる?」
「あっ、うん。そうだった。確かに聞こえた」
未希は今更のように思い出す。
「その後にいろいろあったからすっかり忘れてたけど。ちゃんと声は聞こえたよ」
「そう、あれはね、いわゆるあの世っていうところから聞こえた声なの。私たちはそれを「御世」って呼んでるんだけど」
「御世? あの世のこと?」
「そう。御世。こっちの世界は現世って呼んでる」
「こっちの世界が現世って言うのは違和感ないけど、あっちの世界が御世っていうのがピンとこないなー」
未希は腕を組んで首をかしげている。
「って言うかさ、未希なんか落ち着いてない? もうこの状況に慣れちゃった?」
さっきまであたふたしていた未希が助手席で普通に落ち着いているので、幸子は逆に心配になってきた。
「えっ、うん。今は落ち着いてるよ」
「怖くないの? さっきのドングリの木から襲ってきたやつ。まだどこから来るか分かんないんだよ」
「うん、考えてみたらちょっと怖いかも。でもね、平気だよ」
「どうしてよ? 私はすごく怖い。またあいつらが襲ってきたらちゃんと未希を守れるかどうか不安で不安で仕方ない」
幸子はハンドルに向かって自分の感情をぶつける。
「さっちん、ごめんね。いつもいつも私のために。思えばね、私いつもさっちんに助けられてきたんだよ。覚えているのが、ほら、小学校の時。木に登って降りられなくなった私を助けてくれたのもさっちんだった。中学のときも私が怖い男の人たちに絡まれた時、さっちんが大声で叫んで向かって来てくれて、それで男の人たちを追っ払ってくれたよね」
「そ、それは……」
「そうだよ。全部さっちんが助けてくれたんだよ。そしてさっきも、やっぱりさっちんが助けてくれた。そう考えたらね、今さっちんが私の横にいるってだけで何か大丈夫な気がしてきたの。だから平気」
未希の言葉を幸子は看過できなかった。いつもならスルーできてしまうはずなのに今回はできなかった。その言葉は幸子の感情を揺さぶり、心に訴えかけてしまった。幸子は溢れ出ようとする感情を必死に抑えた。
「なにその急なヒロインムーブ。やめてよね。モブキャラが言っても痛いだけ」
「なにそれ。ひっどーい。痛いのはさっちんだよ。いきなりあの世とか言い出すんだから」
「だからそれは真面目な話なんだって」
「ふーん、私はまだちゃんと信じたわけじゃないからね」
「なにそれ酷い。親友の私の言うことが信じられないの?」
「親友は親友のことをモブキャラとか言いませーん」
二人は笑いあった。お互いが言いたいことを言い合って、それでも笑い合える。そんな関係が心地いいと、お互いが感じていた。
「あっ、危ない!」
道の脇から急に人がふらっと出てきたので、未希が叫んだ。
「さっちん、ブレーキブレーキ! ああっ、ぶつかる」