11 即位式は退屈です
即位式は何事もなく始まった。
あれから未希は教頭に連れられるまま王の居城、王城と呼ばれるところへ向かった。移動は車でもタクシーでもなく、馬車であった。初めて乗る馬車に未希は気分が高揚したが、それはすぐに砕かれることとなる。馬車の揺れに未希は酔ってしまい、道中吐き気と格闘する羽目となった。
それでも何とか王城まで辿り着き、控室っぽい部屋でしばらく寝かされた。目が覚めても周囲の景色はまだ揺れていて、完全には回復しなかった。本来であれば儀式用の服に着替えないといけなかったが、気分を悪くしているところに、着慣れない服を着せてしまうとさらに気分が悪くなる、そう思った静香は未希を高校の制服のまま即位式に出てもらうことにした。始めは渋った宰相こと教頭も静香の説得に負けて了承した。
「まあ、特に儀礼にうるさい世の中ではありませんからね」
「何言ってるのよ、先代のお母さまも確か学校の制服で即位式に出たと聞いているわ」
とにかく未希は学校の制服のまま即位式に出ることとなった。会場は神社の境内の中の建物のような作りだった。未希は結婚式の高砂席のような上座に座らされられた。未希は終始景色が左右に揺れていて気分が悪いため、会場の様子や出席者の様子が全く頭に入ってこなかった。それでも儀式は未希の意志とは関係なく滞りなく始まった。
未希の目線では、誰かが挨拶をし、誰かが目の前で何かを左右に振り、誰かが意味不明な呪文を唱えているだけであったが、未希には何が起こっているかはよく分からなかった。式は何事もなく進んでいき、そして遂に最後の即位宣言の儀が執り行われることとなった。未希は背中から誰かの合図を受けて立ち上がった。立ち上がった瞬間、脳が揺らされたのか景色がぐにゃりと歪んだ。それでもこの宣言だけはちゃんとしようと未希は背筋を伸ばして、宣言を発声しょうとした。そのときであった。未希の前方にある扉が勢いよく開いて使者らしき男が入ってきた。
「何事だ?」
宰相もとい教頭が入ってきた使者、琥太郎を問い詰める。
「ご無礼をお許し下さい」
琥太郎は青ざめた表情で今にも倒れそうだった。息を付く間もなく必死で走ってきたといった様相だ。
「ゲ、ゲートが破壊されてしまいました」
「な、なに! ゲートだと!」
琥太郎はもう立っていられないと言わんばかりに両手と膝をついた。肩で息をしながら伝えるべきことを振り絞った。
「は、はい。今見張りの者から連絡があり、ゲートにある城、守世城および離れが跡形もなく破壊され、離れの中に設置されていたゲートがなくなっていたとのことです」
未希は何が起こっているのか頭がついていってなかった。
「えっ、ゲートって……。こっちの世界と向こうをつないで……」
教頭は未希よりも早く事の重大さに気が付いていた。
「それは本当か? 今すぐ向かう、式は一旦停止だ」
周囲がざわついた。一大事が起こっていることは皆理解していた。だが、王の即位式を途中で切り上げていいものか。皆がどう動いていいか周囲の様子を見ているところに教頭の檄が飛んだ。
「急がないと、向こうの世界へ行けなくなるぞ! 戦える者は近衛を除いて皆で向え!」
その言葉を聞いて未希は完全に目が覚めた。向こうの世界へ行けなくなる。つまり家に帰れなくなる。母に、家族に会えなくなる。それだけは絶対に嫌だった。未希は制服のまま誰よりも早く駆け始めた。
「あっ、陛下。ど、どこへ……」
教頭の言葉を横目に未希は駆けだした。誰よりも早く即位式会場を出た。出たところに待っていたのは幸子と木下であった。
「さっちん、木下君。止めても無駄だよ。私、絶対に行くから」
未希は二人が自分を止めにきたのだと思った。が、幸子の言葉でそうでないことを理解できた。
「未希、木下君の背中に乗って。嫌かも知れないけど、彼が一番早く現場まで飛んで行けるわ」
「おい、嫌かもしれないは余計だろ。今は緊急事態だぞ」
木下が幸子に毒づいた矢先に未希は木下の背中に躊躇なく乗ってきた。幸子と木下は一瞬驚いたが、未希の目が迷いなく前を向いていたため納得した。
「木下君、頼んだわよ。最速でゲートのところまで連れて行って」
「お、おう。任せてくれ」
木下は恥ずかしそうに答えつつも、スピットを練り始めた。未希は木下の背中に乗ったまま今度は幸子に指示を出す。
「さっちんも付いてきてよね」
「わ、私は木下君のスピードには付いて行けるかどうか……」
「何言ってるのよ! 何かあったときに誰が私を守ってくれるって言うの?」
木下が『俺もいるんだけどな』ってボヤいているが未希には聞こえていなかった。
「わ、分かった。死ぬ気でついていく。木下くん! 遠慮することはないわ。頼んだわよ」
「おう! 任せろ」
「よし、流石さっちんだ」
未希は安心したように笑った。その顔を見て幸子と木下は覚悟を決めた。何としてでも未希を守り抜くと心に誓った。
「山上、死ぬ気でついてこい。お前ならできるだろ」
「木下のくせに生意気言う。ちょっと未希が背中にいるからって調子に乗ってんじゃないわよ」
「へっ、言ってろ。行くぞ!」
そうして未希を背中に乗せた木下と幸子はゲートのある守世城まで全速力で走り出した。