1 ホラーは苦手なんです
六月のある晴れた昼下がり。佐久良未希は一人ベンチに座り込み、なぜ自分が毎日のように一人で昼食を取らなければならないのかを考えていた。周囲を見渡すと腕を組んで楽しそうに歩いている女子たちが視界に飛び込んでくる。もちろん未希のように一人で過ごしている者などいない。
「ふう、これが巷で噂のぼっちというやつか……」
高校生活はもう残り十ケ月を切っている。『私は単にスタートダッシュで少し出遅れただけである』二年間そう自分に言い聞かせ、未希は今日も一人で売店のパンをかじる。
「でもここの売店のパンは美味しいんだよなー」
未希は、友達ができない理由をある程度悟っていた。
「まあ、そうよね。こんな絶世の美女に自ら近づこうとしてくる奴なんていないよね。人は傷つきたくないのよ。だから自然と自分と同じステータスの人間を本能で見極めることができる。そうだ、そうに違いない。私という高嶺の花に近づくことはいわゆる自殺行為。メンタルがまだ柔らかい思春期の子供が私に拒絶されることがあろうものなら、きっとこの世から消滅してしまう。そう、それが怖いだけ。でも諦めるな未希。きっとこの学校にも私と同じステータスの人間はいるはずよ。うん、きっとそうよ。そうだわ。はっ、もしかしたらそのイケメン白馬の王子様は、今この瞬間も私のことをそこのドングリの木の陰からじっと監視しているのかも。やばいやばい、危ないところだった。姿勢を正さねば。私は常に優雅でエレガントな女子である。そう決めたではないか。ふっ、ふっ、ふっ。早く来いイケメン王子! 最初はちょっと素っ気ない振りをして、気を引いてやる。簡単に靡いてしまってはそこらへんにいる尻軽女と同類になってしまうからな。そうだ。そして、彼が『待ってくれ』って手を伸ばしてきても、後ろ髪を引かれながら一旦その場を去る。でもその王子は次の日も私にアタックをして……」
「なんで、お前と同じステータスのやつがイケメン王子って設定なんだよ。妄想垂れ流し女」
未希は聞き慣れた声に遮られて妄想、いやもとい思考を止めた。
「なんださっちんか……」
声のした方へ振り向くと、そこには未希の唯一の友達である山上幸子が立っていた。
「なんだ、とは何よ。失礼ね。友達がいないぼっちのあんたが寂しくて泣いてないかと思って声を掛けてあげたんじゃない。感謝してよね」
さっちんこと山上幸子は、気持ち悪い独り言を呟く友人の隣に腰かけた。
「泣いてなんかないわよ。私は孤独を楽しむ大人の女なの」
「何が大人の女よ。イケメン王子様との妄想を人が聞こえる声で垂れ流している根暗女が」
「ちょ、何で……、さっちんまさか人の心が読めるの? そういう能力者っていう設定だったっけ?」
「馬鹿。あっちの廊下まで聞こえる声出しておきながら何を言ってるのよ。さっきまでそこにいた木下君なんか、未希が喋っているのを聞いてびっくりしてたわよ」
「ふん、木下君なんかに今さら気持ち悪がられても平気だもんね。あいつ、割と頻繁に目が合うのよ。私のことに気があるのかも知れないけど、可能性は万に一つもないんだからこれに懲りたら今後は止めて欲しいわ」
「あんた、自意識過剰女なのか地雷女なのかどっちかにしてよね」
未希はふいに何かに気が付いて頭を抱えた。
「はっ、あっちの廊下まで……とういことはそっちのドングリの木まで聞こえていた……あーっ、終わりだ。私の王子様に聞かれてしまったわー」
「……あんたがそんな気持ち悪い存在だから、誰も近づいてこないのよ」
幸子は大声を出しながら頭を抱える未希に優しく助言をする。
「うっ、さっちんには分からないんだよ。私みたいな至極平凡な顔、身長、体型。すべて見事に日本人の典型みたいな特徴のない女の悩みが」
「顔とか身長はともかく、髪型も肩までの黒髪ボブって、そこまで平均に合わせることないのに」
「さっちんはいいよね。身長162センチ、スリムなボディに、平均以下のささやかな膨らみ。少しウェーブのかかったゆるふわヘアーに肉付きのいい尻」
「おい、なんか気持ち悪いセクハラが入ってるぞ」
「すれ違う男の8割が振り返ってあらぬ妄想を掻き立てるそんな魅惑の女さっちんには分からないんだー」
「おい、だからそんなの何も嬉しくねーわ」
幸子が未希の頭を叩く。
が、未希はそれには何の反応を示さず、ぼーっとドングリの木の方を見ている。
「おーい、未希。どうした? どれだけ見つめてもその木の陰には男はいないよ」
「いや、そうじゃなくて。さっちんは聞こえなかった?」
「ん? 何が?」
「さっき、さっちんに頭を叩かれる前にあっちから何か聞こえたような……」
未希がドングリの木を指さす。
「何言ってるの? 私には何も聞こえなかったよ」
未希はそれには答えず、じっとドングリの木を見つめる。
「……いた。見つけ……た」
はっと二人は顔を見合わせた。確かに声が聞こえた。あのドングリの木から。