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不思議な世界の日常的なお話

実は幽霊の僕が人間の女の子と勉強をする話

作者: nite

 うーらーめーしーやー

 別に誰も恨んでないけどね。僕は村上康太(むらかみこうた)。幽霊だ。

 元々はちゃんと生きた人間だった。でも三年前のある日、僕は高い崖から足を滑らせて落ちて死んだ。幽霊になってから死体を見たけど…なんていうか、酷かったよ。

 なぜか死んだときにこうして幽霊になってしまった。よくあるイラストみたいに、足がウニョウニョしてるわけじゃなくて、普通に足はある。ただ浮こうと思えばちょっとだけ浮けるだけ。

 どうやら幽霊になった僕の姿は、昼夜問わず誰にも見えるらしくて、試しに普通に歩いて道を通ったけど僕のことを幽霊だと気が付く人はいなかった。ただ流石に家から遠く離れたところにある神社の神主さんにはバレて怒られた。

 怒られただけで済んだ。てっきり祓われるのかと思ったけど、僕が当時は中学三年生っていう若さで、せっかく幽霊になったんだからできなかったことをしたら?と言われたのでそうさせてもらってる。

 僕の家の近所だと、知り合いに見られて驚かれる可能性があるから遠くまで来たけど、それは正解だったみたいだ。

 幽霊なのに体は成長するみたいで、今の僕は高校二年生の体だ。残念ながら鏡には映らないので、自分の顔を見たのは三年前が最後だけど、多分あまり身長は伸びてない。

 そんな僕はさっき言った神主さんがいる神社に住まわせてもらってる。何か食べたり飲んだりする必要はないから、身を隠すときに使っていいよって言ってもらってる。幽霊に理解のある神主って何なんだろう。


「康太くん、私は少し出かけてくる」

「あ、はい。行ってらっしゃい神主さん」


 ちょっと長めの黒髪と、整った顔をした神主さん。イケメンだけど、まだ彼女はいないんだとか。若々しいけど、既に三十歳。結婚も大変だよねぇ。

 そんな僕は彼女を作ることもできないけど。だってこの神社に女の子なんて来ないし。この三年間で出会った女性と言えば、近所のおばちゃんか近所の幼稚園の女の子くらいだ。そもそもこの神社そこまで大きくない。


「暇だなぁ」


 元々僕はあまりゲームをするようなタイプじゃない。そもそも死んでから自分の家には一度も戻ってないので私物は一切持っていない。流石に神主さんに買ってもらうのも気が引けるからね。

 こう、幽霊らしく空を飛んで遊べたらいいけど、さっきも言った通り僕の姿は誰にでも見えてしまうので、空高く飛んだら騒ぎになってしまう。

 なので結局、こうして神社の敷地の中で掃除をしたり整備をしたりして時間を潰すのである。物を持つかどうかは僕の意思で決めれるみたいなのがよかった。いつでも手をすり抜けてしまうとなると、本当に何もすることがなくなってしまうから。

 今日も僕は落ち葉掃除。春と夏の間の今は、参拝客も非常に少ない。着替えるのも面倒なので、いつもの服で境内の掃除をしていたら、本坪鈴の音が聞こえた。本坪鈴っていうのは、あの神社の参拝するときに鳴らすガラガラのやつね。

 この音が鳴ったということは、誰かが来たという合図でもある。様子を見に行ってみると、そこには制服を着た女子高生…女子高生!?こんなところに?!


「成績…もっと…お金…」


 いくら賽銭箱に入れたのかは知らないけど、随分と熱心にお祈りしている。神主さんが、ここは健康の神様だって言ってたから、多分成績もお金も叶わないんじゃないかなぁ。

 必死に祈っていた女子高生がバッと顔を上げた。その様子にびっくりしてしまう。


「誰?この神社の子?」


 その瞳はこちらを向いていた。僕は幽霊なので気配は相当希薄のはずだけど、気が付かれてしまったようだ。もしかしてあの子の実家も宗教系かな。


「えっと、村上康太って言って…この神社には住み込みさせてもらっています」

「ふーん、中学生?」

「あ、いえ、えっと…」


 体は高校生だ。しかし僕が死んだのは中学生の頃なので、中学生と言えなくもない。だって僕は中学を卒業していないから。

 それに見た目だってあまり高校生には見えないだろう。服のセンスとかは中学生の時に止まっているから、流行りのものとかわからないし。


「一応、年齢的には高校二年生です」

「年齢的には?高校行ってないの?」

「ここで、働いているので」


 そういうことにしておいた。物をすり抜ければ幽霊だって信じてもらえるだろうけど、態々説明する理由はない。

 にしてもズカズカとパーソナルスペースに入り込んでくる子だ。普通こんなに初対面の人に対して質問を投げかけたりしないだろう。


「えっと、君は?」

森本智花(もりもとともか)、新東高校の二年生」


 どうやら同級生だったようだ。同級生ってこの場合言うのかな。

 しんとう…ああ、新東高校か。確かこの神社から歩いて二十分くらいの共学の高校だ。この距離だから高校生はもうちょっとここに来てもいいと思うのだけど。


「今時高校にも行かずに神社で働いているなんて珍しいわね。神主志望の人でも高校は卒業するのが基本よ?」

「僕は、ちょっと事情があって」


 お金の問題もあるし、そもそも僕は入学できない。僕のことを指し示すはずの個人情報は、既に死亡の証がついている。


「ああ、ここぼろいものね。お金がないのも納得だわ」

「…そうだね」


 失礼な子だな。神主さんはこれでもこの神社を残していこうと精一杯やってるんだから。


「ということは、高校の勉強は知らないわけね?」

「そうだね」


 中学の勉強だって完了したわけではない。三年生だったから、基礎的なところはできるけど、最後の応用だとか受験用の勉強は一切しなかったので未熟もいいところだ。

 僕が返答すると、智花ちゃんはこちらに近付いてきた。


「なら私が勉強を教えてあげるわ!」

「…はい?」

「困ってる人がいると見過ごせないのよ!」


 別に僕困ってないけど。幽霊だから何か食べる必要はないし、消費するものもない。お金が必要ないのだから働く理由もない。つまり勉強は必要ないのだ。神主さんが許す限りはここにいさせてもらうつもりだし。

 そんな僕の心情を彼女が知る由もなく、僕の手を握ってきた。


「明日から勉強開始よ!」

「えぇ…君の時間だってあるだろうし、もっと必要なことがあるでしょ?」


 ここで手を透けさせれば驚いて逃げていくかもしれないけど、せっかくの参拝客を減らす行為は神主さんの手前やりにくい。一人の参拝客だとしても、神社にとっては大切なのだ。

 智花ちゃんは何も言わずに帰っていった。本当に明日来るのだろうか…


……


 来た。昨日と同じ制服を着たままの智花ちゃんが境内に立っている。


「来たわよー!康太ー!」


 行かないとだめかなぁ…勉強が嫌いというわけではないのだけど、わざわざ必要のないことをするのもなぁ。それに、多分僕が大人くらいになるときに神主さんに祓われるだろうし。

 僕は茂みの中から様子を伺った。このまま帰ってくれるなら楽なのだけど、その様子はない。


「そんな大声出さないでよ。近所迷惑になるよ」

「すぐに出てこないあなたが悪いんじゃない」


 結局僕は折れて、姿を見せることにした。神主さんは本殿の中で仕事をしているはずなので、邪魔はしたくなかったのだ。一応智花ちゃんのことは神主さんにも話しているから大丈夫だろうとは思うけど…


「さあ、どこか良い場所はないの?」

「ええっと…」


 この神社はボロボロだけど、住み込みで一人が泊まれる場所はある。僕に睡眠は必要ないので、使ったことはないのだけど、確かあそこには布団の他に机もあるはずだ。神主さんがたまに作業をしている。


「こっち」


 僕は智花ちゃんを連れて行く。ここまで来たらもう彼女に任せるしかないだろう。絶対に猪突猛進タイプだし。

 記憶の通り、小さめの机が置いてあった。座布団を敷いて準備完了。


「じゃあまずは…数学ね。基本よ」


 中学の数学の成績はどうだったかな。悪くはなかったと思うけど、抜群に良かった記憶もない。

 それに、二年間も計算とかはほとんどしてこなかったので図形の公式なんかは忘れている。それ以外にも、忘れていることは多いはずだ。


「ノートを用意しているなんて、いい心構えね」


 僕がノートを取り出すと、智花ちゃんに褒めてもらえた。この程度で褒められるのなら悪い気はしない。

 このノートは神主さんの家の方にあったものを持ってきてもらったものだ。神主さんは住み込みではなくて、近くにある家から通いで来ている。

 智花ちゃんは高校の教科書を開いて、授業を始めた。グイグイくる性格の割に、授業はとても丁寧だ。しかもとても分かりやすい。自分から勉強を提案してくるだけのことはある。


「…あなた、覚えがいいのね」

「…それはどうも」


 僕が演習をしているときに言われた一言だ。

 僕は幽霊になってから物覚えが非常によくなった…というか忘れなくなった。幽霊の体のメカニズムは分からないけど、脳の構造が人間のそれとは違うのだろう。そのおかげで僕は言われたことを忘れずにずっと覚えていられる。


「じゃあ、はい。次これ」

「ちょっと休憩しない?」


 四時半くらいに神社に智花ちゃんが来てから一時間、ぶっ通しで数学をしている。学校の授業ならば既に一度休憩時間を挟んでいる頃だ。


「あまり時間はないし、私だって六時くらいには帰らないといけないから」

「そうだろうけど…というか親にはなんて言ってきているの?」

「友達のとこで遊んでるって言ってるわ。私の親は、私に興味がないの。さ、あと三十分頑張るわよ」


 雑談もほどほどに、すぐに勉強は再開された。この日は結局、数学だけで一時間半ずっと勉強し続けたのだった。


「それじゃあまた明日ね」

「ああ、うん」


 明日も来るのか…でも明日は金曜日だからそれが終われば休みだ。土日の間に忘れてくれれば楽だけど、それはきっと望み薄だろうな。

 智花ちゃんが帰ってしばらくしたら、神主さんが帰ってきた。出かけている間に起ったことを話す。


「康太くん、勉強は楽しいかい」

「楽しい…ですよ」


 強制参加の点を除けば。お金もなしに高校の授業を受けることができることは非常に良いメリットだろうけど、今の僕には必要性が感じられないからモチベーションが低い。


「まあ、君は死んでいるとはいえ学生の歳なんだ。勉強しても悪くはないだろう」

「そうでしょうか」

「そうさ。君は私が知っている幽霊とは少し違うからね。何か変化があるかもしれない」


 神主さん、僕意外にも幽霊を知っているのか…

 まあ神主さんが言うのであれば、少しは勉強をしてもいいという気持ちになったかもしれない。相変わらずモチベーションは低いけど、智花ちゃんを無碍にする理由はないのだから勉強の方も頑張るか。


……


「…康太が、死んでいる…?」


……


 次の日、同じ時間に智花ちゃんはやってきた。猪突猛進で、委員長タイプだからか制服がよく似合う。

 昨日と同じ場所にやってきて、智花ちゃんは国語の教科書を広げた。


「今日は国語よ。読めなきゃ何も始まらないわ」

「それは分かるよ」


 英語が読めなくて困ることは、幽霊の僕にはほとんどないのだけど、日本語が読めなくて困ることというのは多々ある。特に神社にある文書は難しい言葉が多くて、中々に読むのが大変だ。

 今日も授業が始まる。

 漢字の書き取りとか、久しぶりにした。高校の漢字は難しいんだなぁ…と思って書き取りをしていたら。ふいに智花ちゃんがこちらを見て言った。


「ちょっと失礼するわ」

「え?」


 直後、ほっぺたをぷにっとされた。それ赤ちゃんにしかしないやつでは…?


「…いえ、気にしないでちょうだい」

「気にするよ!」

「ただの確認よ、確認」


 ほっぺたを突くことの何が確認になるのだろうか。僕は決して赤ちゃんではないぞ!

 その後は、普通に勉強が進んだ。僕がぷにっと事件のことを聞いてもはぐらかされるだけなので、途中で質問するのをやめた。不毛な時間を消費する理由はない。

 今日は国語だけで一時間半を使った。九十分の授業って、大学の長さじゃなかったっけ?


「…私、ちょっとここの神主さんと話していくわ。いるんでしょ?」

「うん。本殿の方に」

「分かったわ。ここの片付けはお願いできる?」


 僕が頷くと智花ちゃんは本殿の方に行った。確かに僕に勉強を教えているのに、神主さんに何の挨拶もしないのはおかしいか。


……


「失礼します。森本智花です。康太に勉強を教えています」

「君がか。康太くんのために、ありがとう」

「いえ、こういうことは私の役目なので…神主さんは康太の親…」

「というわけではない。少々事情があってここに住まわせているんだ。将来はここの神主を継いで貰ってもいいと思っている」

「………康太が死んでいるっていうのは…本当ですか?」

「…ふむ?それは、どこで?」

「昨日、あなたが話していたので」

「聞いていたのか。帰ったと聞いていたんだけど…そうだなぁ…」


……


 次の日、なぜか智花ちゃんが昼くらいから神社に来ていた。いつもの制服ではなく、淡いピンクのスカートに、薄水色のブラウスを着ている。


「なんでよ!」

「いいじゃない。平日だけだと時間が足りないのよ」


 どうやら土日の間に忘れるどころか、土日の間も勉強は続行するらしい。


「智花ちゃんは休まないの?土日でしょ?」

「…それじゃあどこか遊びに行く?」

「え?いいの?」


 私服の智花ちゃんは随分とかわいらしい。しかし持っているバッグの中には勉強道具が入っているはずだ。少しだけ見える中の本には、確かに英語と書かれている。


「その様子だと、どうせあまり街に行くことはないんでしょ?」

「そうだね」


 お金はお小遣い程度に神主さんから貰っているけど、特に欲しいものとかないし。


「たまには遊ぶのも必要よ」

「本当にいいの?」

「勉強がしたいって言うなら私はそれでもいいわよ」

「遊びに行きたいです」

「よろしい」


 一度智花ちゃんと別れて僕は駅へ。ここは街から外れたところなので、電車で街に向かわなければいけない。

 僕が駅で待っていると、しばらくしてから智花ちゃんがやってきた。先ほどまで持っていたバッグはその手になく、その代わりにショルダーバッグを肩にかけていた。


「さあ、行くわよ!」

「うん」


 なぜか一昨日知り合った女子高生と出かけることになった僕。街に行くことはないので、楽しみではあるのだけど、智花ちゃんが何を考えているのか分からない。

 智花ちゃんの考えは最初から分からないな。

 智花ちゃんと並んで座って、電車に揺られる。ここから十五分くらいなのでそこまで遠いわけではない。が、その間の時間に話すことも思いつかないので僕らの間には沈黙が流れていた。


「…」

「…」


 気まずい…何か話さないといけないとは思いつつも、一昨日知り合ったばかりということもあって、智花ちゃんに対して遠慮がある。


「…昨日神主さんに聞いたわよ。親、いないんだって?」

「そうだね。とても遠いところにいるよ」


 話題は彼女の方から振ってくれた。話が弾む、という類のものではなかったけど。


「大変ね。親がいない苦しみは、私には理解することができないわ」

「そういうものじゃないかな普通は。僕ももう慣れ切ってるし」

「そう…」


 それだけ言うと話は途切れた。僕ってこんなに人との付き合いが悪かったっけ。

 そのまま無言で街まで到着した。やはり僕らの間には気まずい雰囲気がある。何か話すことあったっけなぁ…


「…さ、到着よ。どこか行きたいところはある?」

「お任せするよ。あまり何があるかとか知らないし」

「了解よ」


 智花ちゃんは僕を連れて色んなところを歩き回った。ブティック、アクセサリー、化粧品、よく分からない変なものを置いている店まで。

 一体どこに需要があるんだと思いながらその店を出たときには、僕は智花ちゃんの荷物持ちになっていた。この大量の袋の中に僕のものは一切入っていない。


「ふう、楽しいわね」

「…そうかもね」


 幽霊だからどれだけ重いものを持っても疲れはしないけど、智花ちゃんについていくという精神的疲労は積み重なっている。女の子とお出かけなんてしたことなかったけど、こんなに疲れるんだな。

 一度休憩としてカフェに入った。智花ちゃんはタルトとスムージー、僕はココアを頼んだ。


「買ったわね」

「そうだね。よくそんなにお金があるね」

「…何か怒ってる?」

「そんなことないよ」


 棒読みになりつつも返答する。


「ごめんって。ちょっと買いすぎちゃっただけなのよ」

「別にいいけど…もう少し考えてほしかったかな」

「本当にごめん!」


 気づき、智花ちゃんは買い物になると自制が効かない。

 僕を置いてどんどん進んでいくあたりは、僕が智花ちゃんに勉強を教えてもらったときと似ている。


「えっと…康太だって何か欲しいものがあれば買えばいいのよ」

「僕は物欲とかないしなぁ…」

「じゃあゲーセンとか」

「うーん…」

「何のために街に来たのよ!」


 何のためにと言われると…何のためだろう。

 智花ちゃんの言動からして、今後も毎日勉強ばかりになることを恐れたから、だろうか。話を逸らすために、休みの話をしたら智花ちゃんが乗ってきた。だから僕から街に行きたいと言ったわけではないけど…それを言うと絶対に怒るので言わない。

 楽しくないわけではない。中学の頃は友達と外を歩くことはあまりなかったので、死んだ後にこういうことが経験できるのはよかったとも言える。ただまあ一緒に遊べただけで満足してしまっているのも事実だ。


「僕は智花ちゃんのやりたいことについていくだけで大丈夫だよ」

「まったくもうっ…じゃあ、帰りましょうか。荷物もいっぱいだし」

「うん」


 気づきその二、僕はあまり街に向いてない。

 カフェで軽く腹を満たした僕たちは、沢山の荷物を持って帰ってきた。荷物が多くて、一緒の車両に乗っていた客に驚かれた。


「ありがとね」

「まあ、最後までは運ぶよ」


 僕は智花ちゃんの家の前に来ていた。沢山の荷物を運ぶためだ。僕はあまり重さを感じていないけど、きっととても重いだろうから、智花ちゃんに駅前で全部渡すのも忍びなかったのである。


「…せっかくだし家に入って。お茶の一杯でも出すわ」

「じゃあお言葉に甘えて」


 女子の家に入るのは初めてだけど、幽霊だからかあまりドキドキはしていない。というかドキドキする心臓なんてない…って言うとブラックジョークかな。

 智花ちゃんの家はすっきりしていた。親は二人とも出かけているらしい。


「一人っ子?」

「そうよ。康太には兄弟とかいなかったの?」

「僕も一人っ子だよ」


 もしかしたら僕が死んだあとで、親が新しい子を作ったかもしれないけど、今の僕には知る由もない。

 家の中をキョロキョロと見渡す。幽霊になってからこういうきれいな一軒家に入るのは初めてだから、ちょっと新鮮な気分。神主さんの家はボロアパートなんだよね。


「そんなキョロキョロしないでよ。恥ずかしいじゃない」

「あ、ごめん」

「別にいいけど…あ、そうだ」


 智花ちゃんが廊下の奥へと消えて、しばらくしてから戻ってきた。その手には小さい袋が握られている。


「これ!康太への贈り物よ」

「え?」


 袋を開けると、そこには小さなお札のようなキーホルダーがあった。僕が神社住みだからかな。


「僕、何も買ってないよ」

「そんなこと分かってるわよ。私が贈り物をしたかったから買っただけ。今日の労いってことで」

「じゃあ、貰っておくよ」


 私物がないからキーホルダーを付けるものもないんだけど…取り敢えずズボンのポケットにでも入れておこうかな。

 お茶を文字通り一杯だけ飲んで智花ちゃんの家を出た。やっぱりきれいな家っていいなぁ。


……


「やっぱり、何も知らないならただの男の子よねぇ。もっと仲良くなれればいいんだけど…」


……


 次の日、智花ちゃんが神社に来ていた。勉強道具を持っている私服の智花ちゃんだ。昨日の服とは違うけど、かわいらしいな。あまり知り合いの女子の私服を見る機会がなかったから、変化を見るのは面白い。


「そんな見つめないでよ。恥ずかしいでしょ」

「ごめん。じゃあ今日は勉強?」

「ええ。土曜は休みの日にして、日曜日はちゃんと勉強をしましょう」


 普通は土曜の学校で、日曜日は休みだと思うけど…変則的にしたのは僕の方なので強くは言えない。

 その日は英語、数学、国語の三つをした。化学とかそういうのはしないらしい。あくまで、僕が生活するうえで必要なものだけを教えてくれるようだ。


「智花ちゃんって、教師に向いてるよね」

「そう?まだ私は将来の夢とか決まってないのよね」

「なら教師がいいよ!とってもわかりやすいし」

「考えておくわ」


 見た目もかわいいし、教え方も丁寧だからどの学校でも人気になると思うな。それに、特定の教科だけでなくて、色んな教科を教えられるというのも非常に良い。小学校向きとも言えるかもしれない。

 初めて授業の間に休憩時間が作られた。一時間半に一回、十分の休憩。それ大学のスケジュールでしょってツッコミしたけど無視された。


「…勉強は楽しい?」

「え?楽しいよ。僕は、もう何年も勉強してないからね」

「それならよかったわ」


 なぜか暗い表情で微笑む智花ちゃん。一体どうしたのだろう。


「…勉強以外のことは、楽しいかしら?」

「うん。楽しいよ」


 たまに幽霊の特性を活かしてちょっと浮いたり壁抜けしたりするからね。誰もいない川の上で忍者ごっこするのはまあまあ楽しかった。


「急にどうしたの?」

「何でもないわ。気にしないで」


 智花ちゃんが気にしないでと言ったことはどれも大抵気になることだ。むしろ気にしないといけないような気がする。

 そんな十分休憩を何回か終えて、六時になった。今日はいっぱい勉強したなぁ…


「康太って頭いいのね」

「だから、智花ちゃんの教え方がいいんだって」

「ふふ、ありがとう。それじゃまた明日ね」


 智花ちゃんは帰っていった。一日に何時間も勉強するって、本当に久しぶりだ。智花ちゃんのおかげで頭の中にスラスラ内容が入ってくる。


……


 次の日、智花ちゃんは来なかった。いつもの時間に境内で待っていたのだけど、六時になるまでについぞ現れなかった。もしかして風邪かな。


……


 次の日、智花ちゃんは来なかった。境内にいた猫と戯れながら時間を潰したけど、智花ちゃんと過ごすことがルーティーンになっていた僕にとっては、ちょっと味気のない一日だった。


……


 次の日、智花ちゃんは来なかった。


「神主さん、智花ちゃんは何か言ってましたか?」

「私は何も聞いていないよ」

「…嫌になっちゃったのかな」


 僕は悲しくなって顔を伏せる。やっと勉強が本格的になって、楽しくなってきたところなのに…と、神主さんが僕に言った。


「そんなに気になるなら、彼女の家に行ってはどうだい?」

「え?もし嫌になったなら、僕が行っても…」

「気にすることはない。いつも通り、幽霊なんだから、という精神でいるといいよ。それに、杞憂だと思うからね」


 どうやら神主さんは僕を智花ちゃんの家に行かせたいみたいだ。

 まあ確かに、僕ば既に死んでいるので今更人間関係が拗れたところで…智花ちゃんとの仲が悪くなってしまうのは嫌だけど…僕にとってはそこまで被害はない。縁というのは、いつかは途切れてしまうものだと僕は知っている。

 僕は神主さんの言う通り智花ちゃんの家に行くことにした。一緒に街に出かけたときに、一度訪れただけだけど、場所は覚えている。

 智花ちゃんの家の前で深呼吸。


「よし」


 インターホンを押す。この時間だからあの日はいなかった智花ちゃんの親がいてもおかしくはない。

 十秒、二十秒、三十秒…インターホンから声が聞こえるよりも先に、扉が開いた。


「こ、康太!?」

「智花ちゃん…」


 出てきたのは智花ちゃん自身だった。いつもとは違うパジャマ姿である。


「えっと…」

「ごめん!心配させちゃった?ちょっと流行り病にかかちゃって…」


 その言葉を聞いたときに、僕は心のつっかえが取れるような感覚がした。僕は、自分が思っている以上に智花ちゃんのことが気になっていたらしい。嫌われたわけではなかったので、一安心。


「なーに、本当に心配してくれてたの?」

「当たり前じゃん!三日も来なくて…」

「…ごめん。明日は絶対に行くから」


 それだけ言うと智花ちゃんは家の中に入っていった。プレッシャーをかけてしまったかもしれない。

 僕は、そんなことをした自分が嫌になった。


……


 次の日、智花ちゃんが来た。いつもの制服に勉強道具を持っている。


「えっと…元気?」


 コミュ障か僕は!

 僕の言葉に返答することはなく智花ちゃんは近づいてきた。


「え、あの」

「…」


 無言で近付かれると怖い!僕は後ずさりをする。

 何か怒らせることをしただろうか。無言で真顔なのが、非常に恐怖を煽る。

 壁際に追い詰められて、目の前で智花ちゃんが止まった。そして…


「っ!」


 智花ちゃんは僕に抱き着いた。


「ごめんね」

「いや!いいんだけど!その!抱き着かれると!」


 僕が言うと智花ちゃんは放してくれた。心臓に悪いよ…心臓ないけど。


「耳元で叫ばないでよ。ちょっとだけ、感極まっちゃっただけじゃない」

「だからって抱き着かないでよ…」


 女子に抱き着かれるなんて初めての経験だ。幽霊になってからというだけでなく、生前も僕は女子に抱き着かれたことなどない。


「…ねえ康太」

「なに?」

「私と付き合ってみない?」


 ん?また街にでも行くのかな。荷物持ちは嫌だけど…


「やっぱ精神はまだまだなのね…」

「どういうこと?」

「もうっ!康太は今日から私の彼氏!いいわね!?」

「うん…うん!?え!?」


 はい!?ちょっと話が急展開過ぎてよく分からないというか、ちょっと困ってしまうというか。僕幽霊だから付き合いはできても、そこまでで終わってしまうというか。


「色々と考えたのよ。神主さんにも話をしたし」

「え?」

「康太、何も知らないじゃない。だから私が彼女になって教えてあげるの!」


 急展開というか、智花ちゃんってこういう子だったっけ?猪突猛進なのは変わらないけど、流石に恋人とかはおかしいと思うんだけど。


「康太くん」

「神主さん?」

「いい機会だ。なに、恋人になったからって必ずしも結婚しないといけないというわけではない。物は試しと言うだろう?」

「でも、僕は!」


 幽霊だから。


「大丈夫よ」


 智花ちゃんがまた抱き着いてきた。さっきとは違って、優しい、柔らかいハグだ。


「私はあなたが何者だとしても気にしないわ。それに…神主さんに聞いたしね」

「何を?」

「康太が既に死んでるってこと」


 え?


「えええ!?」

「盗み聞きをされていたらしいんんだよ。私としたことが、うっかりしていたみたいだ」

「だから、康太が私を拒む理由はないの。それとも…私のことは、嫌い?」

「そんなことないよ!」

「じゃあいいわね」


 なんだか外堀から埋められたような感覚だ。もしかして神主さんは僕よりも先に、智花ちゃんが彼女になることを知っていたのだろうか。


「さ、じゃあ今後のことを話しましょ」

「では恋人になったお二人さんは、いつものところでごゆっくり」


 神主さんは仕事に戻り、僕は智花ちゃんに連れていかれた。頭が追い付かないよ…


……


 いつの間にやら恋人ができていた僕。幽霊の僕が、恋なんてできるのかと思うけど…それは僕と、智花の問題だ。


「じゃ、今日は英語ね。主要教科だけでも、大学受験できるくらいの学力はつけてもらうからね」

「了解です智花先生」

「やめてよ康太」

「いいじゃんか。いつかきっとそう呼ばれるようになるよ」


 神社の一室で、今日も僕は彼女と学ぶ。

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