Die HACHIOUJI Stadtmusikanten
「さて、姉さんにはああ言ったがあっしは自分で穴を掘った事なんざねえんだ。時間もいくらかかるか分からねえし、フクロウの野郎に気を付けて寝ぐらを掘るとするか」
弥太郎は隣のセイタカアワダチソウが繁茂する土地の真ん中にまで用心深く進むと一心不乱に前足で土を掘り後足でどんどん穴の外に土を蹴り出すのであった。
「まあ今日の所は何とか過ごせるだけの穴にはなりそうだ、初めてにしちゃあ上出来さね」
生まれて初めての穴掘りに心地よい疲れを感じながら弥太郎はまどろみに身を任せる事にした。表では太陽が顔を出して徐々に空を濃い暗やみから紫、そして青へと染めていくのであった。
「弥太郎、あれ?扉が開いている」
弥太郎が眠りについてしばらくしてから、父親は弥太郎の掃除が行き届いているとは言えないケージをのぞき込んでいた。
「ママ、弥太郎のケージの扉開けた?」
「そんなわけないじゃない、どうしたの?」
そうして母親は父親に続いてケージをのぞき込み、使い古しのバスタオルの中に弥太郎がいない事を確認すると、慌てて家の中を探し始めた。そんな母親の姿を見て父親はやっぱり愛着があったんだとほっとしていた。
「もう、やだあ。また家具や壁紙を齧られでもしたら・・・あ!ケーブルをやられたら家電が終わりだわ!満天星空ちゃん、起きて!弥太郎を探してちょうだい!」
日中カラスを警戒して弥太郎は巣穴の外に出る事はしなかった。目につく場所にはセイタカアワダチソウとススキしか生えておらず、弥太郎の胃袋を満たしてくれる美味しそうな草が生えていなかったという悲しい事情もある。念のため昨晩のうちに文字通りの道草を食いながら歩みを進めていたため、すぐに餓死することはないだろう。
そんなわけで空腹感を紛らわすように弥太郎はひたすら巣穴を奥に掘り進めて行った。
「まああっしみたいなウサギも追い詰められれば、大抵の事は出来るって事が分かっただけでも儲けものさね」
巣穴の奥で独りごちた弥太郎はふと違和感を感じた。巣穴の出入り口辺りがなんだか嫌な感じがする。
犬の気配でもない、カラスの気配でもない、人間でもないなんとも気持ちの悪い感じだ。
「一体誰だい、こんなぼろの巣穴にやって来る奴なんざ・・・」
弥太郎はそこで巣穴の侵入者と顔を合わせる事になる。アオダイショウがチロチロと舌を出しながらこちらに進んできていたのだ。
「ぎゃあっ何なんだい、お前さんなんざあ用事はないよ!帰っておくれ!」
咄嗟に巣穴の奥の方に向き直った弥太郎は後足で思いっきり土を掛け続けた。息も上がりこれ以上は弥太郎の心臓が持たないとなった時、ようやくアオダイショウは諦めたように来た道を戻って行った。
「こいつはびっくり仰天しちまった、でもなんとか追い払ったようさね」
「そううまく行けばいいんじゃがなあ」
弥太郎が安堵のため息をつくと、脇に掘っていた巣穴から声がかかった。