Die HACHIOUJI Stadtmusikanten
「でもね、昔の事をうじうじと考えていてもそれでどうになかなるってもんでもないしねえ。アタシもすっぱりと家族への思いを断ち切れたってわけではないけど、前を向いて生きなきゃおまんまも手に入らないしね」
吹雪は夜空の三日月を見上げながら淡々と語るのであった。
「姉さんは立派な三毛猫だ。それに引き換え、あっしみてえなちんけなウサギ野郎なんか意気地がなくって恥ずかしくって仕方ねえ」
「おや弥太郎、そんな事お言いでないよ。あんたにもお腹を痛めて生んでくれたおっかさんがいるだろう、女にとって身重の身体で生きるって事はそりゃあ大変な事なんだよ、そうして命をかけて子どもを産むってもんさ。あんたがそんな自分を卑下してたらおっかさんの立つ瀬がないってもんさ」
「おっかさんですかい、あっしはガキの頃は殆ど覚えてねえんでさ。気づいたらペットショップのケージに居たもんで・・・でも吹雪姉さんの言う通り、確かにあっしにも生んでくれた恩義のある方がいるんでさあね」
「どんな事情かは知らないアタシが軽々しく言っちゃあいけないんだけど、弥太郎にも大事にしてくれたお方がいるんだ。これからだってそんな方が新しく現れるかもしれないさねえ、あんたはその時に備えてお相手に相応しい自分でいられるように心がけて生きてみちゃあどうだい?」
吹雪はそういったが、弥太郎は既に子ウサギでもない只のイエウサギである自分を大切に思ってくれるお方と出会えるとは思えなかった。しかしそんな自分にも親身になってくれた吹雪の顔を立て、言い返すことなく神妙な顔でうなずくのであった。
「しかしいつまでもこの生垣の中にいるってわけにもいかないねえ、アタシの寝ぐらは幾つかあるけど猫の寝ぐらとウサギの寝ぐらじゃあ勝手が違うんだろう?」
「へい、姉さんのおっしゃる通りあっしらウサギは地べたに穴を掘って寝ぐらにしやす、幸い隣の分譲住宅地が更地のままになってやすから今日はそこに身を潜めようかと思ってやす」
「そうかい、それなら安心だね。じゃあアタシも寝ぐらに戻るとするかね」
「姉さん、今晩は本当におかたじけ」
「気にするこたあないよ、アタシの勝手でやった事さ」
そう言うと吹雪はひらりと潜んでいた繁みからブロック塀に飛び移り、弥太郎の方に振り向くと
「また縁があったらアンタとも会えるかもしれないね、元気でやるんだよ」
と言うが早いかすうっと暗やみに姿を消した。