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八王子市の音楽隊  作者: 丸山 あゆむ
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Die HACHIOUJI Stadtmusikanten

地球とは別の世界である、異世界の八王子市です。地球にある八王子市とは何の関係もありません。

「ねえママ、ワンちゃんが欲しい!」

「急にどうしたの?満天星空ギャラクシーちゃん」

八王子市のとあるマンションの一室で、小学2年生の少年がノートパソコンを閉じてオンライン会議を終えたばかりの母親の腰にしがみつき甘えていた。

「だって遊星シリウス君のお家のワンちゃんがね、遊星シリウス君がお家に帰ったら玄関で待っているんだよ。それでね、お手もするしおかわりもするし、だから僕もワンちゃんが欲しい!」

「そうねえ、ワンちゃんは子どもの教育にも良いって聞くし・・・一応パパが帰って来たらお願いしなさい、それでパパも良いって言うんなら良いわよ」

母親は少年の頭をなでながら微笑むのであった。


「え?だって家には弥太郎やたろうがいるじゃないか?」

「だって弥太郎やたろうはお手もしないし、おいでって言っても来ないし」

帰宅して洗面所で顔と手を洗いながら既に弥太郎やたろうを飼っていると諭す父親に少年は食い下がる。

「そりゃあウサギだからな。ウサギは芸を覚えたりしないさ」

「だからワンちゃんが良いの!ママもそう言ってたよ!」

「う~ん、でもウサギも犬も飼うのは厳しいよ。お部屋が足りないからね」

父親は少年の要求を受け入れるキャパシティがない事をどう説明したものかと思案する。


「あら、弥太郎やたろうは自然に帰してあげれば良いじゃない」

「おい、冗談でも言って良い事と悪い事があるぞ」

軽い調子で提案する母親に父親は眉を顰める。

「だって両方飼うのが無理なら、ねえ?」

悪びれることなくペロッと舌を出す母親に父親は内心ため息をつく。弥太郎やたろうはペットショップで購入した生まれながらのケージ暮らしのイエウサギだ。野生生活に馴染めるわけがない、と。

「とにかく満天星空ギャラクシーもママも一晩考えてくれ。今まで弥太郎やたろうと過ごした思い出を」


父親の言葉に、ソファに並んで座る母親と少年は「はーい」と返事をしてスマホをタップしていた。

やれ、今までの弥太郎やたろうと過ごした日々の画像や動画を見て考え直してくれるだろう、と父親はほっと胸を撫でおろすのであった。しかし母親と少年が見ていたのは過去の思い出などではなく、ペットショップの犬のサイトであった。そんな事を知らず父親は、明日には考え直してくれるだろうと安堵するのであった。


一方、隣の部屋のケージの隅でいつ洗濯したのか分からないバスタオルにくるまってイエウサギの弥太郎やたろうは独り考えていた。

「こりゃあどうやらあっしはこの家では要らねえ奴ってことかい。世知辛えもんだ、いままで同じ家で暮らしてきたってのに情のない話だねえ。しかし旦那さんやおかみさんや坊ちゃん、おいらを河川敷にでも捨てていくつもりかねえ。こいつはいけねえ、そんな事になったらあっしなんざカラスの野郎どもの餌食になるに決まってらあ」

父親の様子からして、彼は弥太郎やたろうをどうこうしようという意思はないようだが、この家での権力はもとより彼にはない。弥太郎やたろうの行く末は決まったも同然であった。もし目の前で弥太郎がカラスにさらわれても彼らは「そういう運命さだめだったのよ・・・」で終わるであろう。


「しかしねえ、捨てられるってのはいくらあっしがケチなウサギ野郎だからって腹に据えかねるねえ。むしろあっしがあべこべにおかみさんや坊ちゃんたちを捨ててやらあ」

もとより短気な弥太郎やたろうは翌朝を待つことなく脱走を決意した。年季が入ってガタついたケージの扉を開ける事など弥太郎やたろうには容易い事であった。

今まではケージを出たところで行く当てもないと実行していなかっただけで、器用に扉を開け、雑然と物が並ぶ廊下を跳ね飛びながら玄関横の窓にぴょんと跳び乗り、アルミサッシを難なく突破して格子の間をするりと抜けて弥太郎やたろうはマンションの廊下を非常階段を目指して消えて行った。

皆さまタイトルでお気付きの通り、原典はグリム童話の「ブレーメンの音楽隊」です4.

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