さきばしれメロス
メロスは全裸だった。
メロスは妹の結婚式の買い出しのため、200メートルほど離れた隣の町にやってきた。
しかし、道行く町の人々の表情はなぜかみな一様に暗い。
気になったメロスは、その辺にいた青年を呼び止め、首を引きちぎったが、彼はだらしなく白目をむいたまま話をしようとしなかった。
別の人を当ろうと、エーゲ海沿岸の強い夏の日差しを避け、木陰に腰かけて平安を享受していた老人の首を絞めたが、やはり彼も口を割ろうとしなかった。
仕方なくメロスが老人の細い腕を一本折ると、彼は断末魔の悲鳴とともにようやくその重い口を開いた。
「王様は……王様は、アリを殺します!」
「は?」
老人はどっと噴き出した脂汗を拭いつつ苦しそうに話した。
「王様はまず最初にアリを、次にアリを、それだけでは我慢できなくなってアリからアリへと殺してゆき、とうとうアリまで殺してしまったのです!」
メロスは老人の告白を固唾を飲んで聞いた。
そして、驚愕を隠しきれずに震える唇で次の問いを口にした。
「王様は全裸か?」
「いいえ、葉っぱを一枚つけております」
「どこに!?」
「……頭に」
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
メロスはその話を聞くや否や、王宮に乗り込んだ。
憲兵に抑えられつつ、メロスは玉座にふんぞり返る王に向かって叫んだ。
※二人とも全裸です。
「王様、王様はなぜアリを殺すのです!」
「うるさい、黙れ。お前に俺の孤独な心が分かってたまるか。
お前の様な市民は絞首刑にしてやる!」
「ま、待って下さい。私はまだ死ぬわけには参りません」
「なぜだ? ここに来て命が惜しくなったか?」
「妹の結婚式があるのです。あと五日……いえ、三日だけ時間を下さい!」
※三日もいらない。
「ふん世迷言を抜かすな、この卑怯者めが! 逃げ出す気だろう!」
「違います、それは私の名誉にかけてありえません」
メロスは須臾の間虚空を見つめていたかと思うと、急に向き直ってこう言い放った。
「その証拠に、この町にいるわが親友を人質にしてください!
私が帰ってこなかったなら、かの男を処刑するのです。
彼ならきっと、私が裏切るような人間でないと知っていますから、私を信じて待っていてくれるでしょう」
「して、その男とは誰なのだ!」
「その男は……」
メロスの口元に、家来や大臣たちの視線が一気に集中する。
「王様です!」
メロスは無論帰ってこなかった。
王は処刑された。
かくして、町は平和になったとさ。(終)




