第四話 先輩と
学生寮には基本的に物は何もない。
広く、豪勢なつくりをしてはいるが、物自体は自身で持ち込むことを前提としているがためにだ。よって、賢のように何も知らされず連れてこられた者にとってしてみれば、どうしようもなく部屋の広さを持て余す。
いや、持て余す以前の問題か。
部屋はあっても家財道具がない。
お金持ちのお嬢様方はその日のうちに、家財道具一式の手配をするのだろうが、そんな金を賢が持つはずもなく、とりあえず部屋に置かれていた、自分の服一式に着替えると、さっさと自分の部屋を出ていった。
連れてこられたことは仕方がない。ここで生活する事も渋々ながら納得した。
であるならば、せめて建設的な行動を取ろうと考えて、賢は寮のホールへと向かう。
歩む廊下のところどころには彫刻が刻まれ、自身の場違い感をますます強められる。
かといって賢が委縮しているかといえばそうでは無く、学園のパンフレットでもないかと、ホールを探して回っていた。
「あ、いたいた。賢君」
「蓮か。部屋の中の手配は済ませたのか?」
「そう言うのは小間使いに任せてきたわ。私にはもっと大事な事があるからね」
「これから三年間過ごす場所の手配より大事な事? なんだそりゃ?」
「言わせないで欲しいな賢君。君と過ごすこの時間だよ」
恥ずかしげもなく言われた言葉に賢は鼻を鳴らす事で返答とした。
そんなそっけない彼の態度に怒りを見せる事もなく、蓮は賢の隣に足を進めると一冊の小冊子を手渡した。
「何これ?」
「この学園のパンフ。これが欲しかったんでしょう?」
「おお、助かるぜ蓮」
「せっかくだし、一緒に探検でもしてみない? どうせお互いに手すきなんだし」
「それは構わんが、まずはこのパンフを読んでからかな。せめて学内地図くらい欲しい。いや、それより今日の飯をどうにかしないとな」
そう言いながら賢はパンフレットを読み始めた。
長々と続く、学園の歴史などをすっ飛ばして実用性のありそうな学内地図を眺めてみれば、数ページにわたる地図を無事見つけ出す事が出来た。
ビックリするくらいに広い学園の案内図を見ながら、とりあえず目当ての場所を探す。ほどなくして目当ての場所を探し出すと、賢はパンフレットを閉じて歩き始めた。
「それで? まずはどこに向かうの?」
「そりゃ、まずは食堂に決まってるだろ? 俺はお前のせいで飯もろくに食えてないんだ」
「あはは。ごめん、ごめん。そうだったね」
「笑い事じゃねーっての。入学式の最中に腹が減ってぶっ倒れるかと本気で心配したんだからな。朝飯は、一日の活力なんだぞ」
二人でじゃれ合うように言葉を交わしながら寮に隣接された食堂へと向かう。
この学園、あまりにも広すぎるその敷地から、食堂が複数ある。
学生寮の側に一つ、職員寮の側に一つ、そして第三学年棟の側に一つ。
その中の内、賢は学生寮の側にある食堂へと足を向けていた。
よどみなく歩みを進める賢に蓮は追従する。
そんな彼女の歩幅に半ば無意識に賢は歩幅を合わせて進む。その事が彼女にとってたまらなく嬉しかった。
ホールを抜けて豪奢な玄関を抜けて数百メートル歩けば、大きな建物がある。
太陽の傾きを見るに時間は正午前。昼飯の時間としては悪くない時間帯だと賢は思いながら、その食堂へのドアを開いて中に入った。
食堂もまた広い。
いったいどれだけの人数が利用するのか知らないが、適当な大学食堂の数倍の広さは優にあるだろう。
一つ一つのテーブルにはクロスが引かれ、ワインでも嗜むのかグラスまで備え付けられている。
食事の方式はビュッフェ方式で、好きなものを好きなだけ取って食べる形式のようだ。
その余りの豪奢さに賢は蓮に向かって小さな声で問いかけた。
「え? これ一回いくらかかるの?」
「学園生は無料だよ?」
「マジかよ、やっほい」
良いことを聞いたと言わんばかりに賢はさっさと食事を取りにかかる。
肉類を重点的に、そしてデザートのバナナも忘れずに。
山盛りの食事を取ってきた賢を見ながら、蓮は苦笑した。
欠食児でもあるまいし、そこまで大量に取りに行かなくてもいいんじゃないかと思いつつ、自身も食事を取り終えて、賢の前の席に座る。
当然のように食べ始めていた賢を眺めながら、自身も手を付け始めるとそこに声がかかった。
「やあ、隣は空いているかい?」
「ん? フィルシュ先輩じゃないっすか。お疲れっす。隣なら全然かまいませんよ」
「そうかい。それはありがとう。では、失礼するよ」
そう言うと、フィルシュは賢の横の席へと腰かけた。
そして、賢が食べている食事の量に少しばかり驚きの視線を向けながら、自身の取って来ていた食事に手を付け始める。
その様子を賢はちらりと眺めた。
そして、品のある食事姿に、良いところのお坊ちゃまとはかくあるべきかと感嘆の息を漏らす。
まあ、だからと言って彼自身、テーブルマナーを習得しているわけではない。
食い方の汚さは諦めて欲しいと心の中で詫びながら、飯をぱくつく。
「しかし、良く食べるね、森野君」
「先輩が喰わなさすぎなんっすよ。成長期なんっすから、ガッツリいかないと」
「ははは。僕もこの学園の女生徒達よりはよく食べるつもりだけど、君ほどでは無いなぁ」
苦笑しながらパスタをフォークでくるくる巻き取っていく。
その様子さえ上品で、育ちの違いが浮き彫りになった。
「んで、先輩は何の用なんですか? わざわざ俺の隣に座ったんだ、世間話だけってわけじゃないでしょう?」
「いや、世間話だけさ。この学園も三年目ともなるとね、男同士の会話って奴に飢えてくる。だから、君と男同士の話をしたいんだよ」
「男同士の会話なんて下ネタかカードゲームの話くらいしか出来ないっすけど、それでいいのなら付き合いますよ?」
「カードゲームというとポーカーとかかい?」
「文化が違うっすね。ここはやはり下ネタで仲良くなるべきっすか?」
「君は、僕を社会的に殺す気かい?」
「ははは。冗談っすよ」
言い合いながら、二人は食事を取る。
その光景を蓮はにこやかに笑みを浮かべながら眺めていた。




