プロローグ
50話まで書き上げれば、絵を描いてくれるって神絵師さんが言ってた気がするので、投稿します。
目を覚ますと、全身が鎖に縛られていた。
その状況に対して疑問を抱くよりも先に、そんな状況になっても目を覚まさなかった自身の鈍感さに、賢はため息を漏らした。
芋虫のように、這いずりながら目線を上に向ければ、にやにやとした笑みを浮かべた少女の姿が目に入る。
優雅に飲み物を嗜みながら、こちらを見下ろす視線は見慣れたものだが、一体全体どういう理屈で、こんな状況下に置かれたのかの状況説明を賢は視線をもって求めた。
その視線を受けても少女は変わらずに、ティーカップを傾け続けている。
そんな態度に賢はため息をついて、全身に力を込めた。
ギシリと、金属がこすれ合う音が車内に響く。
しばし悲鳴を上げ続けた鎖は、数秒と持たずに限界を迎え、甲高い悲鳴を上げながら床に落ちた。
ゴキリゴキリと首を鳴らしながら、凝り固まった筋肉をほぐし、革張りのシートに腰を下ろす。
窓から外を見れば、見知らぬ森の風景が、急速に後ろに流れていくのが見えた。
自分のまるで知らない景色に、ここがどこであるかの理解を早々に諦めて、賢は再度少女の方へと視線を向ける。それでも、素知らぬ顔でカップを傾ける彼女に仕方なく、彼は彼女に向かって問いかけた。
「で?」
「で? とは、どういう意味かな? 賢君」
「この状況に決まっているだろ、蓮」
目を細め、怒りを示す賢。しかしながら、その怒りを受けてなお、蓮の表情は変わらなかった。
怜悧なと形容のつく美麗な貌に笑みを浮かべたまま、僅かに赤みがかった二つ眼を賢に向けたまま、何も答えない。
その態度に賢は眉根を顰めると、大きなため息をついた。
ため息とともに怒りを吐き出して、再び彼女の眼を見ながら問いかける。
「何のつもりで、こんなことをしたのか、教えてはくれませんか? お嬢様?」
「ふふ。そんな風に下手に出られると、流石に答えないわけにはいかないなぁ」
クスリと笑みを浮かべて、蓮はカップを置いた。そば仕えのメイドがそのカップを受け取り、片付けていく。
「今日は、入学式だからね。遅れないように君を連れて行ってあげようという親切心からの行動さ。納得してくれたかな?」
「ほむ。入学式」
「そう、入学式」
「なるほどなるほど。良く分かったよ蓮。だが、一つばかり問題がある」
「何かな?」
「俺は、お前と違う高校に通う予定で、俺の学校の入学式は明日のはずだ」
「成程。それは確かに大きな問題だね」
「だろう? だから、俺をここで下ろして家に帰してくれないか?」
言った賢に対して、蓮は笑みを浮かべて見せた。
美しい笑みだ。
美しすぎて、背筋が凍る。
この笑みを浮かべた彼女に対して、賢はいい思い出がまるでない。
嫌な予感を全身で感じつつ、彼女の返答を待った。
「それは無意味だね、賢」
「無意味か。無意味っていうのはどういう意味だ?」
「言葉の通り。君の入学式はこちらになったって事だよ」
「は?」
「君が願書を出した高校への進学許可。つまりは合格通知は無効になって、君は私と同じ高校に通う事になった。ただそれだけ」
彼女の言葉に賢は言葉を失った。
あまり自身の事を賢くないと自覚してはいるが、蓮の言葉を上手く呑み込めなかった。
大概に破天荒である事は知っていたが、ここまでの事をしでかすとは思ってもいなかった。
少なくとも、人様の人生を無茶苦茶にするような行動をとるような女ではないと信じていたのだが。
その信頼を無為に踏みにじられたとあれば、流石に激情が走る。
端的に言えばムカついた。
腹立たしさが視線に乗って、蓮を刺し貫く。
そんな、賢の態度に対して蓮は両手を上げて降参の態度を取った。
応じて賢が彼女を問いただした。
「何のつもりで、こんなことをしたんだお前」
「うん。それじゃあ、理由から説明しようかな」
「ああ」
「君と同じ学校に通いたかった。それだけじゃ、駄目?」
「その為に、人様の人生プランを無茶苦茶にしたとあれば、流石に軽蔑はする」
「あはは。君から人生プランなんて言葉を聞くとは思わなかったよ」
「蓮」
「わかってる。説明でしょ?」
「理由は分かった。納得は出来ないが、理解はしようさ。俺だって、お前と一緒に学校生活を送りたいと思ってはいたからな」
賢と蓮の付き合いは長くなる。
幼馴染といえるほどの長さは無いが、腐れ縁である程度の仲ではある。
その彼女との高校生活を全く望んでいなかったと言えば嘘になる。しかし……
「だからと言って人の通うはずの高校の合格通知を差し止めるのはやりすぎだ。どれだけ金をばら撒いたんだか」
「ふふ。君と通う学園生活には、そのくらいの価値はある。そう信じているからね」
「はー。金持ちの考える事は理解が出来ないな。暇なときにでも、呼べば良いだろうに」
「……暇なとき……ね」
そう言うと蓮は小さく笑った。
その悲し気な笑みに対して賢は首をかしげた。
その反応に対する蓮の答えはない。
「それに、親父や母さんの説得も良くしたもんだな」
「君の通うはずだった学校よりも、学力水準が高いし、大学への進学も有利だからね。私学の学費は全部こっちもち、それに加えて、年間いくらか支払う契約もかけたから、お父様、お母様にとってはメリットしかなかったんだよ」
「大学進学うんぬんよりも、親父たちを買収したこと、そして買収された事が俺は悲しいよ」
「お金の力は血縁の愛情を越えるからね」
そう言って蓮はくすくすと笑って見せた。
先ほどまでの憂いを帯びた笑みでは無く、純粋に面白がっている笑みだ。
その笑みを浮かべる蓮に対して賢はこれ見よがしにため息をついて、それ以上の追及を止めた。
父母が納得しているならまあいいか。
そんなことを考えて、革張りのシートの心地よさに身を委ねた。
「で? 俺は結局どこの学校に通う事になるんだ?」
「礼董院学園」
「? それ、女子高じゃなかったか? いわゆるお嬢様学校って奴」
「三年前まではね。今では立派な共学だよ?」
「へー。そうなのか。俺には無縁の世界の話だから分からんかった」
などと言っている間に、彼らを乗せたリムジンは山道を抜けて学園へとたどり着く。
到着し扉が開くと、賢は慣れたように先に出て、蓮に向かって手を差し出した。
にこやかな笑みを浮かべてその手を取って、蓮はエスコートされるがままに外に出る。
二人を出迎えたのは大きな門だった。
守衛が門前を守るその門構えは、とても学園の物とは思えない。
どう見ても重要人物を護衛するための施設の入り口だ。
その光景を見て賢は、これから通う事になる学園の異質さを理解して、頬をひきつらせた。
「場違い感が半端じゃないな」
「ふふふ。そうかもね。賢君には、少しばかり異世界に見えるかも」
「楽しそうに言うなよ。誰のせいでここに通う事になってると思うんだ?」
「ああ、大丈夫。君は通うんじゃないから?」
「は? え、どういう事?」
「この学園、全寮制だからね。これから三年間、君は私と一緒の寮で暮らすんだよ」
「聞いてないんですが、それは」
「まあ、言わなかったからね」
いたずらな笑みを浮かべる彼女に対して、再度賢は大きなため息をついた。
言いたいことは山ほどあるが、その言いたい事の殆どを馬耳東風で聞き流されるのなら意味がない。
意味がない質問をすることを諦めて、賢はたった一つだけの疑問を彼女に示した。
「全寮制とか知らなかった……どころか、拉致されてきてるから、生活道具はおろか、泊り道具もないんだが?」
「大丈夫。身の回りの物はすべて私が用意してあげるから」
「ああ、そうかい」




