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駆けろ、第三騎士団

 王都の近辺で魔獣の目撃情報が多発していた。

 王都周辺の村々からあがる不安の声もだんだんと大きくなり、いよいよ騎士団による調査が始まった。

 今回の調査では、王都の南に広がる、広大な森を居住区とするフォレスト・ウルフに焦点を搾っている。

 王都の西には小さな山があり、西から南にかけて広がる裾野一帯の森がフォレスト・ウルフの縄張りだ。

 西側では魔獣の目撃情報がそれほどない上、魔獣目撃情報の八割が、南側でのフォレスト・ウルフだったこともあり、騎士団はフォレスト・ウルフが人里に下りてくる原因を調査することになったのだ。

 調査にあたり、騎士達はユルバンの指揮下のもと、部隊を作り、目撃情報が多かった村を幾つか拠点として調査をする。

 その中でも、最多の目撃情報が報告されているカヤック村は、騎士団の本部拠点となる予定のため、ユルバンも自ら騎士を率いて赴いた。

 王都から徒歩三日かかるカヤック村へは馬で向かう。

 道中に一度、調査をかねつつ、ユルバンの部隊は夜営をした。

 代わる代わるに仮眠を取りながら、騎士達は森の様子に聞き耳を立てる。

 ユルバンもまた例外ではなく、夜は遅くまで、朝も随分と早い時間に目を覚ますと、夜営地から離れすぎない程度で探索を進め、魔獣の痕跡を探した。


「足跡がまだあるな。ここにも魔獣は足を伸ばしているのか」

「団長、向こうに水が流れて来ている場所がありますけど、この近くに川なんて無いですよね?」


 なかなか寝つけなかったロランドがユルバンと一緒になって魔獣の痕跡を探していると、少々気になるものを見つけた。

 ユルバンがロランドの見つけた場所を見に行くと、そこには確かに水が流れている痕跡のある場所があった。

 ただし、土壌がぐずぐずになって、小川にもならないような水の流れだ。

 元々がかなり小さな小川の派生なのだろう。

 これが普通の森なら水流系が少々変化したところで気にはしないのだが。


「ロランド、この水の出所を追え。二人ほどお前を追わせるから先行しろ。報告はカヤック村だ」

「はっ!」


 ロランドは威勢良く返事をすると、水源を突き止めるべく、水の流れを追っていく。

 ユルバンも夜営地へ向かうと、起き出してきた騎士を二人みつくろい、ロランドを追わせた。

 そして陽が登り始める頃、カヤック村へと向けて馬を駆ける。

 駆けるうち、段々と胸の鼓動が緊張で早くなる。

 虫の知らせ、というものだろうか。

 何か嫌な予感がしてならない。


(あの水流の先はどこに繋がっているのか。西の山から流れる川も王都を流れているが、水位が減ったという報告は受けていない。各村の井戸はどうだろうか。この先、魔獣被害に加え、井戸が枯れたとなれば、村の復興に致命的になるだろう)


 水は有限だ。

 水源があり、そこから無限にわき出ているわけではない。

 どこかからこぼれているのなら、そのどこかの水量に影響が出るはずだ。

 もし村にその皺寄せが行くのなら、大事になる前にどうにかしなければならない。

 もやもやと色々考えながら走っていると、随分先ではあるが、目的地であるカヤック村が見えてきた。

 ユルバンは気合いをいれ、馬を走らせる。

 そのユルバンの鼻が、違和感を感じ取った。

 風にのってかすかに乗ってくる臭いがある。

 まだ遠い。

 風向きからして、遠目に見える村の方角のような気がする。

 まだ遠い。

 まだ遠い。

 馬を走らせる。

 ユルバンの嗅覚は人並外れて優れているが、万能ではない。

 薄れていく臭いを正確に把握するには、風向きや、馬の獣の臭い、率いる騎士の体臭、土の臭いが邪魔をしすぎた。

 だがその違和感だけで十分だった。

 何かがあると把握していたユルバンが村にたどり着く前に、指揮下の騎士に指示を飛ばすことができたのだから。


「総員剣を抜け! 村が魔獣に襲撃されている! 村にある孤児院を避難拠点とし、村人を救助せよ!」

「「「はっ!」」」


 ユルバンが剣を抜けと行った時には事態を把握できていなかった騎士も、ユルバンの指示のもと、馬の速度をあげた。

 誰よりもいち早く事態に気がついたユルバンもまた、馬の速度をあげる。

 馬の蹄の音とともに飛び込んだカヤック村は、赤の色と魔獣の死骸であふれていた。



 ◇



 カヤック村に滞在して三日目のアンジェは、カールとともに、孤児院の子供達と朝から日が暮れるまで連日遊んでいた。

 最初は室内で、アンジェのお土産のお菓子を食べたり、おもちゃで遊んでいた子供達も、お日様の光が恋しいのか、外で遊びたくてしょうがなくなったらしい。

 アンジェはそれに付き合って、孤児院の裏庭で子供達と遊ぶ。

 鬼ごっこをしたり、草花でおままごとをしたり、ちょこっとだけ森に入ってきれいなドングリを探したり。

 八年も経てば、アンジェが孤児院を去った時に赤ん坊だった子も大きくなっていたし、周辺の村から連れてこられた子とかも増えており、かなり顔ぶれが変わっていた。


「アンジェー! これちょっと手伝ってー!」

「はーい」


 しかも合間に、かつての友人達から手伝いも頼まれる。

 てんやわんやしながら、それでもアンジェは久しぶりになんのしがらみもない場所で羽が伸ばせるのを楽しんでいた。


「おねーちゃん、皆アンジェって呼ぶけど、なんで?」

「私の愛称だから」

「おれもアンジェって呼んでいい!?」

「どうぞお好きに」


 ここ数日ですっかりアンジェはカールに気に入られ、何をするにしてもカールはアンジェに引っ付いてくる。

 そんなカールを、段々とアンジェは弟のように思えてきたものだから、邪険にすることもできずに好きにさせていた。

 友人の頼みで、魔獣避けようの罠をかけている間も、カールはアンジェにぴたりとくっついて離れない。


「アンジェ、おれにも剣を教えて! 強くなりたいんだ!」

「どうしたのさ、急に」

「アンジェは村を魔獣から守ろうとしてるんだろ? ならおれも守るお手伝いがしたいんだ!」

「嬉しい申し出だけど駄目。子供には危険だから」


 威勢のいいカールに取り合わないアンジェに、一緒に魔獣避けの罠を張っていたマルコは笑った。


「よく言うよ。自分は八歳で剣を握っていたくせに」

「なぁに、羨ましいの?」

「全然。ヒューゴーさんの剣稽古、しんどかったもん。ロランドはよく頑張ったなって思うよ」


 アンジェの男友達の一人だったマルコも、ヒューゴーの剣稽古に参戦していた一人だった。

 アンジェがいなくなった後はほどほどでやめてしまったようで、結局騎士にはならなかった。


「カール君だっけ。君、商人の息子だろ? 護身術とかなら、お父さんから教えてもらえるんじゃないかな?」

「おれは騎士の剣がいいの! おにーちゃん、アンジェが魔獣と戦ってるところ見たか!? 騎士みたいでかっこ良かったんだぞ!」


 目を輝かせるカールに、アンジェは思わず視線を明後日の方へ向けた。

 アンジェが騎士のように見えるとは、なかなかカールも目がいいことだ。

 アンジェが目をそらしていれば、事情を知っているらしいマルコがますます笑った。


「そうかー、アンジェが騎士かー。そんなにかっこ良かったのかー」

「そうなんだよ! おれを背にかばってくれてな! こうやって魔獣に剣を向けてな!」


 相づちを打ったマルコに対して、カールが語りだす。

 いかにアンジェがかっこ良かったのかをかなり美化してカールが話すので、アンジェは恥ずかしくて手元の罠を無心になって仕掛けた。

 小一時間ほど、魔獣避けに専念していると、ふとアンジェを呼ぶ声が響いた。


「アンジェ~!」

「先生?」


 アンジェを呼んだのはマリーだった。

 わたわたと転びそうになりながらマリーはアンジェのところにやってくると、息を弾ませながらアンジェの肩を掴んだ。


「アンジェ、どうしましょう! 子供が一人、いないのよ! 木の実探しをしていたらはぐれちゃった子がいるみたいで……!」


 マリーの言葉にアンジェは目を見開いた。

 マルコもマリーの言葉に息を飲む。


「先生何してんだ! なんでこんな時期に森に入ることを許したんだよ!」

「違うのよ、違うのよ、私に黙ってこっそり遊んでいたらしいのよ」


 怒鳴るマルコにマリーが涙目になりながら答える。

 子供にはよくあることだ。

 保護者の目を盗んで、言いつけを破るなんてことは。

 常ならまだ可愛い失敗として許せるだろう。

 だが、今の時期はよくない。

 魔獣を刺激するようなことは、よくない。

 アンジェは立ち上がると、すぐに踵を返した。


「先生、ちょっと待ってて、剣もってく……」

「じゃーん」


 アンジェが宿に置いてきている剣を取りに行こうとすると、カールがにんまりと建物の影からアンジェの愛剣を引っ張り出した。


「……なんでカールが持ってるの?」

「剣の稽古をつけてもらいたくて!」


 悪びれもなく胸を張るカール。

 アンジェは深く息をつくと、何も言わずに剣を受け取った。

 カールのお陰で無駄な行き来をしなくて済む。

 アンジェはワンピースのベルトに剣帯を下げると、マリーに子供達が木の実を取っていたという場所まで案内してもらう。

 マリーの案内でアンジェとカールが子供がいなくなったという森の方入り口まで行くと、子供の泣き声が聞こえた。


「せんせぇ~!」

「まぁまぁまぁ! 怪我をして! 勝手に森に行くから怪我をするんですよ!」


 森の方からよたよたと男の子が一人、怪我をこしらえて草木を掻き分けて出てくる。


「木の実っ、なってる木、見つけてっ、とろうとしたんだけどっ、とれなくて……っ、木にのぼったら、枝が、折れてっ」

「災難だったわね。危ないんですから、もう木にのぼってはいけませんよ」

「うん……っ!」


 血だらけの膝や、切り傷だらけの頬や腕を手当てするために、子供と一緒に孤児院へ戻ろうとしたマリーに、アンジェは短く告げた。


「血を拭うものはある?」

「え?」

「その子の血を拭うの。なんか嫌な予感が……」


 アンジェが言い終わらぬうちに、その予感が現実となる。


『オ────ンッ!』


 フォレスト・ウルフの遠吠え。

 それも、ひどく近い。

 アンジェが鳴き声の方へ視線を向ければ、森の奥に何対もの獣の瞳がこちらを見ていた。



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