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カヤック村にて

 ガルム商隊とともに王都を後にしたアンジェは、一日は道中にある宿場に泊まり、二日目の夜には何事もなくアンジェの生まれたカヤック村にたどり着いた。

 ガルム達は村の宿へと泊まるらしいので、アンジェも手続きだけは済ませ、その足で孤児院へと赴く。

 もう夜も遅いので誰も起きていないだろうと思っていながらも向かってみれば、孤児院のある一室に明かりが付いていた。

 記憶にあるその部屋は院長室だ。

 まだ院長が起きているのなら、アンジェは約八年ぶりの挨拶になるなと思い、少しだけ緊張した。

 玄関で鐘を鳴らしては、寝ている子供達を起こしてしまうかもしれないと思って、非常識だとは思いつつ、アンジェは院長室の窓を叩いた。

 コツコツと窓を叩けば、妙齢の女性が窓によって来た。

 そして窓越しにアンジェの姿を見つけると、驚いたように目を丸くする。


「まぁ、まぁ、まぁ! まぁ!」

「マリー先生、こんばんわ」

「まぁ! アンジェ! アンジェじゃないの! 大きくなって!」


 孤児院の院長であるマリーは、寄る年波によるシワが少し増えていたけれど、昔と変わらず元気そうだった。

 マリーもすぐにアンジェであるということに気がついたらしく、興奮している。


「すっかりお姉さんになって。元気にしてた? あぁ、待って、お部屋に入って頂戴。お茶を出しましょうね」

「夜だから良いよ、先生。宿に泊まるつもりだし、明日また来るから」

「そんないけずなことを言わないで。久しぶりなのよ。せっかくなんだから、お茶一杯分、お話ししましょうよ」


 マリーにねだられて、まんざらでもないアンジェは裏口から孤児院にいれてもらった。

 院長室の控えめな明かりのなか、二人でソファに並んで昔話に花を咲かせる。


「懐かしいわねぇ。もう八年? 元気にしてた?」

「病気一つしないくらい元気だった」

「それは良いことよ! ヒューゴー様にアンジェが騎士になったと聞いた時はびっくりしたけど、大丈夫だった?」

「まぁ……騎士だった時は大丈夫だったかな」


 曖昧な言い方をしたアンジェに、マリーが首をかしげた。


「何かあった?」

「騎士、辞めたんだ。二年くらい前。私、女の子は騎士になれないって知らなくて。それで、辞めたの」

「まぁ、まぁ、まぁ! ヒューゴー様ったら! 騎士は男しかなれないのにアンジェを連れていったから私も不思議に思ったのよ。もう、それじゃその後、苦労したんじゃない? すぐに孤児院に戻ってきても良かったのに」

「私も思うところがあったし、ね?」


 ここにはいないヒューゴーにぷりぷり怒るマリーに、アンジェはくすくすと笑った。


「それにしても驚いた。ロランドにあったよ。騎士になってた」

「そうなのよ! うちの孤児院から二人目の騎士様がでたのよ! 彼、すごくかっこ良くなってたでしょう?」

「ほんとにね。泣き虫だった昔が嘘みたい」


 アンジェがそう言うと、マリーは懐かしそうに目を細めた。


「彼が一番、剣のお稽古を頑張っていたのよ。あなたに追いつきたいって言って、泣き虫だった子が泣かなくなったのよ」


 アンジェは少しだけ驚いた。

 ロランドがそこまでして本気で騎士になろうとしていただなんて。

 八年で人は変わるものなんだと、なんだか感慨深く思う。

 マリーとの話しは尽きなくて、王都での生活や騎士のこと、孤児院の現状など、積もる話しは山ほどあった。

 それこそ、夜が更け、朝が来るまで語り合う勢いで二人で話していたけれど。

 ふとアンジェは思い出したようにマリーに尋ねた。


「そういえば、今年の魔獣被害ってどう? 増えてる?」

「そうねぇ、被害っていう被害はないわ。でも目撃情報は多いかも。数は増えているように見えるのだけれど、村を襲うってことはまだないわねぇ」


 魔獣も生き物だ。

 その生態は良く分かっていないことも多いが、繁殖期のようなものが存在する。

 特にフォレストウルフのような魔獣は数年に一度、繁殖期を迎えるので、その度に目撃情報や襲撃情報が増えるのだが……。


「やっぱり今年が繁殖期なのかな」

「おそらくはねぇ。時期的にも今年くらいに繁殖期が来そうだから、備えはしているんだけど……不安は大きいわ」


 マリーが頬に手を当て息をつく。

 マリーが言うなら村の中でも、魔獣の動向については話題に上がっているようだ。


「数日は私もいるから。できるだけ魔獣対策も手伝うよ」

「あらあら。それは助かっちゃうわね」


 アンジェが手伝いを申し出ると、マリーは素直に喜んだ。

 だがすぐにちょっとだけ心配そうな顔をする。


「無理はしなくていいからね。怪我だけは、しないように」

「大丈夫。私こう見えても体が丈夫だし。もし魔獣が来たって対処も出きるし。準備が終わるまで手伝うよ」

「そうねぇ」


 残念ながら、人間と魔獣は相容れない。

 普通の動物と違って、魔獣は知能が高く、その生態系も謎のものが多い。

 比較的この王都の森で見かけられるフォレスト・ウルフも、ただの狼ではないのだ。

 フォレスト・ウルフは群れで行動する。

 そして縄張り意識が強く、彼らの巣の範囲に入った外敵の匂いを覚え、共有し、どこまでも追いかけてくる。

 森に入りさえしなけれは、フォレスト・ウルフの縄張りに踏み込むこともないのだが。

 だがそれも人間のエゴ。森に入るなといったところで、先日のアンジェやカールのように豊富な恵みを求めて森に入っていってしまうものだ。

 逆もしかり。

 フォレスト・ウルフも森の恵みだけでは足りないのか、人里に下りて縄張りを広げようとして来る時がある。

 魔獣の目撃情報も増えることから、繁殖期と言われているそれ。

 周期的にも、今年がそうなんじゃないのかと、魔獣の森と隣接している村々では不安が広がっているらしい。

 どうしても互いに相容れない存在。

 それが普通の獣と、魔獣の違いだ。


「繁殖期がくるとして、騎士の派遣は申請したの?」

「してはいると思うわ。魔獣の目撃情報も多いから、調査依頼を村長さんがだしてるはずよ」


 それならまぁ大丈夫だろう。

 ロランドが言うには討伐部隊が編成されるようだった。

 そしてこの村から騎士の派遣要請があるのなら、この村に騎士も来るはずだ。

 それがいつになるかは分からないが、でも無惨に魔獣に襲われることはないはずだ。

 まだ魔獣は人を襲っていない。

 一度襲ってしまえば湯水のように群れてくるから、群れを呼ばせる前に魔獣を殺さねばならない。

 逆に言えば、それさえできれば、魔獣から村を守れるのだ。


「先生。やっぱり私、騎士が来るまでこの村にいようか? はぐれ魔獣くらいなら倒せるし、もし万が一騎士が来る前に魔獣が襲ってきても、村の皆が逃げるまでの時間は稼げる」

「あらあらあら。頼もしいわ。でもね、いいのよ。危ないことはしないで頂戴。あなたは女の子なんだから」


 くすくすと笑ってアンジェの頭を撫でるマリーに、アンジェはちょっとだけ照れた。

 女の子だから。

 ユルバンから女性だからどうのこうのとは言われた時は反発心しか生まれなかったけど、その時とは違ってなんだかむず痒い。

 ちゃんとアンジェを女の子として扱ってくれるのが、なんだか気恥ずかしいのだ。


「女の子って……強い人が守るのは当然だから心配しないで」

「あらあらあら。でもね、アンジェ。戦える女の子もかっこ良いけれど、それじゃ男の子が困っちゃうわ。男の子は皆、女の子を守りたくてしょうがないんだから」

「なぁに、それ。私にも守ってくれる男の子がいるみたいな言い方」

「あら、いるでしょ?」


 マリーがからかうようい言う言葉に、アンジェの脳裏には一瞬ユルバンの顔が浮かんだ。


『アンドレア嬢、どうだ、ここで俺とひとつ手合わせでも』


 アンドレアが女性だと分かっていても、手合わせをねだってきたユルバン。

 彼の姿を見ていると、女の子を守りたくてしょうがない男の子なんて夢のまた夢ではと思ってしまい、「いやいや」とアンジェは首を振った。


「私を守ってくれる男子がいたら会ってみたいけどね。いないよ」

「あらあらあら。ロランドはあなたのことを守ってくれないの?」

「ロランド?」


 唐突にでてきたロランドの名前に、アンジェは面食らった。


「ロランドが私を守るって言われても……実感ないよ。ロランドと手合わせとか共闘とかしたことないし」

「もう、手合わせとかそんなんじゃないの。ピンチの時に助けに来てくれるかどうかが大事なのよ」


 ぷりぷり怒るように言うマリーに、アンジェは微妙な顔をした。


「私がピンチになる時ってどういう時か、想像つかないかも。……あ、でもロランドには一回助けてもらったな」

「ほらやっぱり! どうやって助けてもらったの?」


 まるで若い娘のように目を輝かせて、マリーはアンジェの話に食いついた。

 アンジェは大したことないんだけどと笑いながら、マリーにいきさつを話す。


「私、性別隠して騎士団にいたじゃん? で、騎士団辞めた私が女の格好で騎士団の人に見つかったとき、私が騎士団にいたアンジェとは別人だってロランドが助け船出してくれたの」

「それで? それで?」

「えっ、それだけだけど?」


 あっさりとアンジェがそう言えば、マリーは少しだけ残念そうな表情になる。


「そう……ロランドは何かその時言ってた?」

「んー……特には?」

「もう、意気地無しねロランド」


 マリーがぼそっとロランドに対して何か言っているが、アンジェはマリーがどうしてそう言うのか理解できずに首を捻った。

 詳しく聞こうとする前に、マリーが小さくあくびをする。


「先生、眠い?」

「ふふ、大丈夫よ」

「もう夜も遅いんだからやっぱり寝よう? 私も宿に戻るし、明日もまた来るから」

「まぁ、そう?」


 残念そうにしょんもりするマリーに、アンジェは笑う。


「先生は昔から変わらないね。子供より子供っぽい」

「これでもちゃんと皆のお世話をしているしっかり者だと思っているのだけれどねぇ」


 アンジェのからかいに、マリーはわざとらしく首をすくめた。

 目が合った二人は笑いあうと、ようやく話を切り上げて、明日の約束をする。

 アンジェはマリーに見送られ、こっそりと孤児院を出ると、ガルム達が取ってくれている宿へと戻っていった。



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