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嗅覚の悲劇

 はた迷惑な非番騎士を引き連れ、アンジェは城下の大通りを歩いた。

 焼き菓子や雑貨の店をのぞいては、財布の中身と相談しつつ、色々と買い込んでいく。

 言葉の通りユルバンは文句も言わずに荷物持ちを引き受けてくれた。

 ユルバンの両手が紙袋で一杯になる頃、ようやくアンジェの買い物も一段落し、近くのカフェで休憩することになった。


「それにしても沢山買ったな。こんなに菓子を買って、食べきれるのか?」

「私が食べるわけじゃないです。これは全部、孤児院の皆への土産です」

「孤児院とは……アンジェもいた?」

「そうですね」


 なんでもかんでもアンジェを絡めないと気が済まないのか……という内心は表に出さず、アンジェはうなずいた。


「顔を見せに行こうと思いまして。孤児院を出てから一度も帰っていなかったものですから」

「一人でか?」

「そうですけど」

「女子供の一人旅は危険だ」


 ユルバンが真面目な顔で、至極まっとうなことを言う。

 アンジェはそれを鼻で笑った。


「心配不要です。私、それなりに強いですし、馬でたった一日の距離ですから、そんな危険もないです」

「油断は禁物だ。ここ最近、魔獣の動きが活発化してきている。過信はいけない」

「油断なんてしませんよ」


 ツンっとそう言って、アンジェは頼んだアイスティーに口をつける。

 冷たいアイスティーが喉を潤して、歩いてじっとり汗ばんだ体を少しだけ冷やしてくれた。


「……どうしても行くというのなら、俺も…………………………………………やっぱりやめておこう」


 アンジェがアイスティーを飲みながら「正気か??」という顔をすれば、ユルバンはあっさりと前言を撤回した。

 ズズッとアイスティーの最後の一滴まで飲み干すと、アンジェはユルバンへと冷めた視線を向ける。


「どうしてそんなにアンジェを追いかけるんですか。アンジェはもう、帰ってきませんよ」

「なっ……!? 帰ってこないだと!?」

「そうですよ。だからアンジェは騎士団を辞めたんです。なのにどうして追いかけるんですか」


 少年騎士「アンジェ」を諦めきれないらしいユルバンに、アンジェ自ら引導を渡してやる。

 それと同時に、そこまでしてユルバンがアンジェを追いかける理由を聞き出そうとする、が。


「アンジェは、帰ってこない……? もう二度と会えないのか……? なぜ……? なぜだ……? ハッ、まさか、あの日の不調が原因で死んだのではあるまいな!?」

「はぁ??」


 ユルバンの中で何かが飛躍した。


「実はアンジェは死病を患っていたのだろう! それを隠し、騎士団では明るく振る舞って見せて、最後まで悟らせずに騎士団を去っていったのだな!? それなら辻褄が合う!」

「何も辻褄合ってませんけど??」


 ユルバンにはついさっき「アンジェはヒューゴーと旅立った」と説明したはずなのにと首を捻っていれば、ユルバンがテーブルを飛び越えて、アンジェの肩を掴んだ。


「うわっ」

「本当のことを言ってくれ、アンドレア嬢! アンジェは死んだのか!? やはり病か怪我で死んでしまったのか!?」

「勝手に人を殺さないでくれません!?」


 死んでいる所か、むしろユルバンの目と鼻の先にいる。

 騎士団長にまで登り詰めた人間が、まさかここまで馬鹿なことを言い始めるとは思っていなかったアンジェは、内心がっかりした。

 アンジェはこれでもユルバンを尊敬していたのだ。

 魔獣に物怖じせず、船頭切って駆けていくその背中。

 赤く燃える髪は戦場の何処にいても騎士達の目指す旗となり、力強い太刀筋は剣を握る勇気を与えてくれる。

 そんな、かっこいい騎士団長だと思っていたユルバンが。

 まさか子供一人が騎士団を去っただけでこうも冷静さを欠くとは知りたくなかった。


「アンジェは怪我も病気もしていません。いたって健康です」

「嘘だ! 退職届を出す前、あいつは血の匂いをさせていた! 戦場に行っていないはずの日だ! 一日だけならまだしも、一週間近く血の匂いをさせていたんだ! 人間、あれだけ濃い血の匂いをさせていればどこからか出血しているだろう! なのにあいつは平気そうな素振りで俺たちに心配をかけまいと……! なんて、健気な……っ!」


 感極まったのか言葉をつまらせるユルバン。

 だが対するアンジェはたまったもんじゃない。

 アンジェはもう「大人の女性」になったのだ。

 その証としての生理現象を察知されただけでも穴に入って埋まりたいくらいなのに、それをまさか不死の病と勘違いされていると知り、むしろユルバンを穴に埋めて闇に葬り去りたくなってしまった。


「帰ります」

「アンドレア嬢?」

「これ以上、話すこともないので。荷物もありがとうございました」


 これ以上一緒にいては、ユルバンを物理的に地面に埋めたくなってしまう。実際問題アンジェがユルバンを地面に埋めるのは実力的には無理だろうが、衝動的にぶん殴るぐらいはしてしまいそうになる。

 にっこり笑って、アンジェは買ったものをひとまとめにして持つと、支払い請求書を手にとってユルバンに背を向けた。


「待て、ここは俺が払おう!」

「結構です。これは手切れ金変わりに私が払います」


 きっぱりそう言ってアンジェが支払いを済ませると、首を捻るユルバンが後ろにいた。


「手切れ金……?」

「そうです。微々たるものですが、これ以上私たちに付きまとわないでください。アンジェがいないことも分かったんですし、家にももう来ないでください。それと、私の半径五メートルに入らないでください」

「そんな!?」

「嫌なら騎士団に正式に被害届を出しますが。ストーカー被害として」


 アンジェがそこまで言えば、さすがのユルバンも項垂れてしまった。

 おかしな感じにこじれてしまったけれど、元はアンジェも尊敬する第三騎士団の団長だ。

 犬のように哀愁漂う項垂れかたをしているユルバンに、アンジェは最後に一言だけかける。


「アンジェにとっては尊敬する騎士団長です。嫌われたくないなら、そのお役目をまっとうしてください」

「アンドレア嬢……!」


 ユルバンがアンジェに手をのばすが、アンジェはその手を振りきった。

 アンジェは騎士団を辞めたのだ。

 ユルバンと会えば会うだけ、アンジェの隠し事はきっとどこからかほころんでいく気がする。

 嗅覚が異常に優れているユルバンのことだ。何かのきっかけで、アンジェとアンドレアが同一人物だと気がつくに違いなかった。

 アンジェはカフェを後にする。

 颯爽と去っていくその姿とは対照的に、大男が今生の別れとでもいうように項垂れている姿だけが残った。

 アンジェはついぞ気づかなかったが、二人のやり取りはなかなかに目立っていて、一部始終をカフェの店員と来店客が目撃しており、その後「少女と大男の痴情のもつれ」話が囁かれることになったのだった。






『アンジェにとっては尊敬する騎士団長です。嫌われたくないなら、そのお役目をまっとうしてください』


 ユルバンのなかで、アンドレアの言葉が何度もよみがえる。

 アンジェにとって、自分は尊敬する騎士団長だったらしい。

 そしてアンジェの声、アンジェの顔で「役目をまっとうしてください」とまで言わせてしまった自分の不甲斐なさが、ユルバンの胸にしこりとなって残った。

 考え事をしている間にも、足は馴染みの場所へ向かっていたらしく、ユルバンはいつの間にやら第三騎士団にまで来てしまっていた。

 ぼんやりとおぼつかない足取りで、騎士団長の執務室にやってきたユルバンに、書類仕事をしていたケヴィンが片眉をはねあげた。


「団長? 非番の人がどうしたんです?」

「ケヴィン、仕事をくれ……。このままではアンジェに嫌われてしまう……」


 覇気がない様子でのろのろと執務机についたユルバンに、ケヴィンは首を捻るも、とりあえず騎士団長のサインが必要な書類を容赦なくドドンと詰んだ。


「やってくれるなら助かります。昨日の哨戒任務に抜け出した分と今日の非番を取った分の未決済の書類が山になってるので」

「ああ」


 一つ返事で頷くと、ユルバンはペンを握ってもそもそと書類仕事を始めた。

 何も言わずに書類に手を伸ばすユルバンを、ケヴィンはまじまじと見つめた。

 いつもなら手を動かしながらケヴィンと雑談をしているユルバンが、今日は一言も話さない。

 かといって切羽詰まった締め切りの書類があるわけでもなく、ユルバンの動きはゆるゆるとしたものだ。

 せっかく昨日の今日で無理矢理もぎ取っていった非番を返上していることといい、いったいこの数時間の間にユルバンの身に何があったのかと、ケヴィンは好奇心むき出しで問いかけた。


「団長、何かあったんです? アンジェに嫌われるとか言ってましたけど、アンジェには会えたんですか?」


 アンジェの名前に反応して、ユルバンがゆらりと顔をあげる。


「アンジェには会えなかった……だがアンドレア嬢には会った……」

「それで?」

「手切れ金を払わせてしまった……俺はもう、アンドレア嬢に……いやアンジェに会うことはできん……!」


 くっと顔を手で多い、力んだ拍子にユルバンは持っていたペンをへし折った。

 インクが書類に付かないようにケヴィンが書類を回収すると、今の会話で使うにはちょっと微妙な単語があったことに気がつく。


「手切れ金て。団長とアンドレア嬢はそんな仲だったんですか?」

「そういうわけではないが……アンドレア嬢にもうつきまとうなと……」

「アンジェに嫌われる前にアンドレア嬢に嫌われてるじゃないですか。ウケる」


 ケヴィンの言葉にユルバンが目を丸くした。


「アンドレア嬢に嫌われただと……!?」

「なんで団長が驚くんですか」


 むしろそこまで言わせておいて、嫌われていないと思っていたのか。

 ケヴィンが真顔で突っ込むも、ユルバンは頭を抱えていて聞いちゃいない。


「もしやこのままでは、アンドレア嬢から悪いことばかり伝わって、アンジェが俺に幻滅するかもしれん! それだけは駄目だ! あいつの純粋で真っ直ぐな目を曇らせたくはない! 反抗期は向かえてほしくない!」

「いやもう丸っとこの二年が反抗期みたいなものだったのでは?」

「アンジェ……俺のかわいいアンジェ……」


 めそめそと大の男が机の上に伏して項垂れる。

 これでは仕事に来たのか愚痴に来たのか分からない。

 そもそもどうしてこんなにもユルバンがアンジェに拘るのかが分からない。

 確かに将来有望だった少年は惜しい人材だったとは思うが、血眼になって引き留めるほどかと言われたらケヴィンは首を横に振る。

 第三騎士団の可愛い弟分で、皆に慕われていたけれど、それはそれ。

 アンジェがいなくなっても、団長ほど必死になって引き止めはしなかったのが現状だ。


「どうしてそこまでアンジェに拘るんです。変わりは他にもいるでしょうに」

「ふざけるな。アンジェはアンジェだ。この男所帯で唯一むさ苦しくなく、俺の鼻にも優しいのがアンジェだったんだぞ」


 眉をつり上げたユルバンはそう言うと、いかに自分にとってアンジェが癒しの存在だったのかを力説し始める。


「俺は生まれつき鼻が良いだろう? これのお陰で犯人捜査に一役買ったり、魔獣との命のやり取りをしのいできたりと、騎士としてはかなり便利な体質だと思っている。だが」


 ユルバンは拳を握り、震えた。


「だが! お前に分かるか!? 四六時中汗水垂らした野郎に囲まれて生活する俺の辛さを! 人間の体臭ってのはなぁ、日々の食べ物や健康具合で変わってくる。それに何より、体臭の相性というものもあるんだ。臭いんだよ。野郎共の体臭が、臭い」

「はぁ」

「だがアンジェはな、あの中で唯一良い匂いがしたんだ。俺の鼻に優しい匂いだ。もうそれだけで俺がアンジェを可愛がる理由はできるだろう」

「はぁ」

「それにアンジェは俺のことを兄のように慕ってくれたのだ。皆が哨戒任務に行っている間も、二人で剣の稽古をしたり、こっそり副団長のおやつを盗み食いしたりして、楽しかったなぁ。だがそれも、あの日までだ。アンジェの匂いに血が混じり始めた日。あれから数日経たずにアンジェは騎士を辞めた。あぁ、アンジェ……元気な姿が見たいものだ……」


 話す内にまたアンジェが恋しくなったのか、ユルバンの声が落ち着いていく。

 ケヴィンは右から左へユルバンの話をほとんど聞き流したが、それでも唯一言えることがあった。


「団長の嗅覚がすごいのは知っていましたが、今改めて聞くと、気持ち悪いレベルですね。俺の半径三メートルに入らないでくれます?」

「むしろ騎士団員全員俺の半径五メートル以内にいれるな」


 顔を見合わせて、二人は大きくため息をついた。

 冗談は置いておいて。


「まぁでも、そのアンジェはもういないんですから諦めてください。アンドレア嬢からも言質を取ったんでしょう」

「うむ……」

「癒しが欲しいなら嫁でも取ったらどうです? 嫁なら合法的に匂いかぎ放題じゃないですか」

「なんだそれは。それではまるで変態ではないか」

「いやもう十分変態ですけど??」


 変態の自覚のない騎士団長をスパッと言葉で切り捨てて、ケヴィンはまだまだやらねばならない書類をユルバンの机へと詰んだ。


「とりあえず仕事をするなら手を動かしてください。サボったらそれこそアンジェに嫌われるんでしょう?」

「ぐっ……。そう、だな」


 ケヴィンの言葉巧みな誘導で、ユルバンはもう一度書類の山へと手をつける。

 せっせっと山を減らすユルバンを見ながら、ケヴィンはふと自分の言ったことを反芻してみた。

 アンジェ、アンジェとうるさいユルバン。

 そんな彼に嫁を与えるというのは、アンジェから目を離させるには存外に良いことかもしれないと。



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