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急襲・騎士団長

「アンドレア嬢はご在宅だろうか! 少々お時間よろしいか!」

(来たのか、団長……)


 アンジェが「アンドレア」としてユルバンと出会ってから一夜が明けた。

 昨日の今日でユルバンがどう出るのか不思議には思ったが、朝六つの鐘に響くユルバンの声が珍しく聞こえなくて安心していたところ、朝九つほどの鐘でユルバンの突撃お宅訪問を受けてしまった。

 いつもの時間に来なかったので、とうとうアンジェのことは諦めたのかと思ったけれど、そんなことはなかったらしい。

 家事も一息ついたところで、一人でゆっくりお茶をしていたら、玄関からユルバンの大きな声が響き渡った。

 居留守を使おうとも思ったけれど、昨日のロランドとのやり取りを思いだし、これは良い機会なのではと思い直すことにした。

 アンジェはそろりと玄関に近づき、ゆっくりと扉を明ける。

 自分より頭二つは大きいユルバンが、アンジェを見下ろした。


「アンドレア嬢!」

「あの、近所迷惑なので叫ぶのはちょっと……」

「む。それは失礼した」


 ユルバンは素直に謝ると、膝を曲げて、視線をアンジェに揃えた。


「幾つか尋ねたいことがあってここに来た。少々お時間をいただけないだろうか」

「……こちらもお話ししたいことがありますので、どうぞ中へ」

「失礼します」


 きちんと言葉を交わせば、ユルバンは声量を抑え、礼儀にのっとって話をしてくれる。

 上官と部下でありながら、まるで弟のように可愛がってもらっていたあの頃とはうって変わって、他人行儀なのが少し寂しく感じられたが、これはアンジェが招いた結果なのでとやかく言えはしなかった。

 アンジェはユルバンを居間に通すと、椅子に座らせお茶と簡単な焼き菓子でユルバンをもてなした。


「つまらないものですが、どうぞ」

「いただきます」


 アンジェがユルバンにお茶をすすめる。

 ユルバンは礼をいってカップに口をつけると、少しだけ目を見開いて、カップをまじまじと見つめ出した。


「どうしました? お口に合いませんでしたか」

「いや……うまい。ただ、アンジェの味がして、な」


 ユルバンの言葉に、アンジェはドキッとした。

 嗅覚と視力だけならず、味覚まで常人以上だというのか。

 的確にお茶にまでアンジェの面影を見いだすユルバンに冷や汗が垂れる。


「兄とは味の好みもそっくりですから」

「そうか」


 苦し紛れの言い訳を素直に受け入れるユルバンだが、アンジェはこれ以上おかしなところでユルバンに感づかれないようにさっさと本題に入ることにした。

 ユルバンの向かいに座ったアンジェは、カップのお茶で喉を潤すと、さっそく話題を切り出す。


「それで、今日はどのようなご用件でしょうか。いらっしゃる時間が普段とは違いますけども」

「それはもちろん、アンジェの件だ。今、どこで何をしているのかを聞きたい」


 今どこで何をしていると言われても、ユルバンの目の前でお茶を飲んでいる。

 ……とは言えないので、アンジェはおずおずとロランドとの取り決め通りの言い訳をすることにした。


「兄は今、諸事情でヒューゴー様の供についております」

「前騎士団長の供……?」

「はい。なので今どこにいるのかは分かりません」


 きっぱりと言いきってやると、ユルバンはじっとアンジェを見つめてくる。


「それは本当か?」

「はい」

「なぜヒューゴー様がアンジェを連れていった? あの人が騎士団に連れてきたのに、何故」

「私も知りません。ヒューゴー様のお考えは、いつもよく分かりませんから」


 性別確認しなかったせいで、性別偽ったままアンジェを騎士団にいれたりとか。

 性別知った後も「ま、いっか」でそのまま騎士団にいれたままにしておくとか。

 豪胆なのか考えなしなのか、アンジェにもヒューゴーのお考えは分からない。

 ヒューゴーのあれこれを思い返していると、頭が痛くなってきて、アンジェは深々とため息をついた。


「……ヒューゴー様とアンジェは帰られているのか?」

「いえ。ここ一年ほど帰られていませんね。元々、年に一度か二度ほどしかこの王都に帰ってこられませんから」


 ヒューゴーの放浪癖はひどいものだった。一処に留まっていられないようで、帰ってきても一週間もしないうちに去っていく。

 そんな感じなので、ヒューゴーと会う機会もほとんどないはずだから、しばらくはこの嘘も問題なく通じるはずだ。


「そういうことですので、兄を尋ねにこられても、兄はおりません」

「それは……二年もの間、申し訳なかった。だが、そうならそうと早くに言ってくれれば良かったものを」

「いえ。私もお伝えする機会がなかったものですから……兄からあなたには近づかないように申しつけられていたのもありまして……」

「どういうことだ!?」


 言外に何故教えてくれなかったという批判を込められたアンジェは、適当に理由をでっち上げた。

 でもそれが火に油を注ぐものだったのか、ユルバンが声を荒げる。

 急な大声にアンジェが体を揺らせば、ユルバンがハッとして咳払いをする。

 アンジェはおずおずと切り出した。


「その、団長様は鼻が利くからと……婦女子は近づかない方がいいと……」

「あ、アンジェ~~~っ!」


 ユルバンが頭を抱えて机に伏した。

 大きな体が一回り小さく見える。

 もとはといえば、ユルバンの鼻が利きすぎるのが全ての元凶だった。

 アンジェも女性としての自覚が生まれたばかりの頃に「あんなこと」をしでかさなければ、もうちょっと穏便にアンジェも退職ができたはずなのだ。

 唸るユルバン。

 アンジェは視線をそらしてお茶を飲む。

 しばらくそうしていると。


「……俺は、気持ち悪いか……?」


 唸っていたユルバンがぼそりと呟く。

 アンジェはますます視線をそらした。

 無言は肯定を示す時がある。

 今がまさにその時で、ユルバンは「ぐうっ」と悲痛な声で呻いた。

 そんなユルバンだったが、ふと顔を上げてアンジェの顔をまじまじと見る。


「……アンドレア嬢は今、この家で一人暮らしなのか?」

「え? はい、そうですね……ヒューゴー様の留守居をことづかっておりますので」

「やはりか。この家にはアンジェの匂い……じゃないか。アンドレア嬢の匂いしかしないから」


 アンジェは引いた。

 顔に出たらしく、ユルバンがハッとする。


「あ、いや、他意はなくてな!? その、年頃の娘が一人住んでいるのは何かと大変だろうと思ってだな!」

「あはは、やましいことがあれば即刻その首跳ねるくらいの抵抗はしますのでご安心を」


 にっこり笑えば、狼狽えていたはずのユルバンがキリッと顔を取り繕い。


「アンドレア嬢は剣の覚えがあるのだったな! 昨日も魔獣の一掃をしていたところを見ると、アンジェ並みの腕があるのだろうか!」

「あからさまな話題転換ですね」


 ぽそっと呟く。

 ユルバンの耳ならこの呟きも聞こえていそうなものだが、何も言わないところを見るに、聞こえない振りをして意地でも話題を変えたいようだ。

 仕方なくアンジェはユルバンに付き合って話題を変えてやる。


「まぁ、同じくらいはあるんじゃないですか? 双子ですし」

「アンジェも体が未熟だったからな……男女の差もそこまではないだろう。ふむ」


 ユルバンがまじまじとアンジェを見つめる。


「アンドレア嬢、どうだ、ここで俺とひとつ手合わせでも」

「え、嫌ですよ」


 アンジェはユルバンの申し出をバッサリと断った。


「何故だ!?」

「そんな天下の第三騎士団の騎士団長様と城下の小娘が釣り合うなんてとてもとても」

「アンジェと腕前が同じくらいなら大丈夫だ! あいつは筋が良かった!」

「アンジェは良くてもアンドレアは駄目です。無理です。お引き取りを」

「そんな! 頼む! 俺にアンジェを感じさせてくれ! 双子の妹なら可能だろう!」

「もう発言からして気持ち悪い」


「アンジェ、アンジェ」とわめくユルバンを椅子から立たせ、玄関に追い込む。

 ユルバンも女子相手に強引には出られないのか、なすがまま追い立てられた。

 それでも諦めきれないのか、ユルバンは騎士団長としての威厳はどこへやら、最後の抵抗とばかりに玄関の戸にしがみつき、ごねにごねる。


「お願いだ、もう二年も会っていないんだ。元気なアンジェに会いたいんだ。頼む、会わせてくれ!」

「無理なものは無理です。仕事行って下さい」

「今日は非番だ!」

「左様ですか。なら家にお帰りください。私はこれから出かける用があるので」

「なら俺も付き合おう、荷物持ちでもなんでもしよう!」


 大の男にこうまですがられ、アンジェはいい加減鬱陶しくなった。

 なんとかしてユルバンを玄関から閉め出す方法を考える。

 何かないかとふと視線を上げたら、庭の向こうでご近所さん達がざわざわと心配そうにこちらの様子を伺っているのが見えた。


「……荷物持ちをしてくださるのなら、まぁ」

「本当か!?」


 このまま玄関に居座られてはご近所様への体裁が悪い。

 結局折れたのは、アンジェだった。



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