言葉は選びましょう
アンジェは困っていた。
哨戒任務用の騎士団の詰め所で血まみれのワンピースを着替えさせてもらったまではいいが、そこからが問題だった。
「いやー、しっかし驚きだな。ここまでアンジェそっくりの子がいるとは……。男女の双子でもここまで似るものなんかね?」
「ネイト先輩もアンジェのことお知りなんですか?」
「知ってるも何も、昔からいるやつは皆知ってるよ。剣聖の申し子、前騎士団長の期待のホープ。ゆくゆくは近衛騎士を約束された少年騎士。最年少だったし、第三の奴ら全員で可愛がっていたからな」
「へぇー、そうなんですねぇ」
ロランドが楽しそうに笑いながら、机の下でアンジェをこづく。
着替えたアンジェは、そのまま詰め所でお茶やらお菓子やらでもてなされ、騎士達に囲まれてしまったのだ。
見せ物小屋の動物のように顔馴染みの騎士達に囲まれたアンジェは気が気ではない。
さらに居心地が悪くなって身を縮こまらせる。
「というか、ロランド。お前もアンジェと知り合いならそう言えよなぁ」
「僕のアンジェはアンドレアだけなので」
からりと笑ったロランドに、年上の騎士達がヒューと口笛を吹いたりして冷やかした。
「なんだお前らそういう仲なのか!」
「でもその割には顔を忘れられてたよな!」
「可哀想にロランド!」
当人を前に冷やかす騎士たちも騎士たちだが、それに否定せずに「いやぁ~」と笑っているロランドもロランドだ。
立つ瀬がなく、アンジェが愛想笑いを浮かべていれば背後からのそりとやって来る大男の影があった。
「アンドレア嬢、ちょっと良いだろうか」
「……」
「アンドレア嬢!」
「ひゃい!?」
自分のことかとアンジェが返事したのは、ユルバンが二度目にアンジェの名前を呼んでからだった。
「アンドレア嬢はアンジェの妹なんだろう。アンジェの様子はどうなのだろうか。そしてその剣の腕はどこで磨いた? およそ女人の身で魔獣を皆殺しにするまでの腕になるには相当な鍛練が必要だろう?」
ユルバンが嫌なところばかりつついてくる。
えっと、えっととアンジェが口ごもっていると、助け船を出してくれたのはロランドだった。
「団長。アンジェもすごいですが、アンドレアの剣の腕もなかなかのものですよ。さすが双子、剣の才能も等しくあったみたいで、ヒューゴー様に一緒に稽古つけてもらってたんですよ」
「前騎士団長に、か」
ユルバンが赤い瞳を胡乱気に細める。
「その剣の腕の理由は分かった。ではアンジェの様子はどうだ? 騎士団を出ていってからあいつは何をしている」
ユルバンとしてはそれが本題なんだろう。
鬼の形相でアンジェの肩を掴み、ずいっと顔を寄せた。
「血に混じってはいたが、覚えのあるこの匂い。シャンプーも石鹸も、アンジェが好んで使っていたものと全く同じだろう。この二年、忘れたことはない。体臭もそっくりだ。食べていたものも同じなんだろうな。わずかに今の方が女性らしい甘い匂いがするが、九割九分、記憶の中のアンジェと同じ匂い。アンドレア嬢、アンジェと一緒に住んでいるんだろう! 本当のことを言ってくれたまえ! アンジェは今、何をしているだ!」
ユルバンの声が詰め所に響く。
肩を掴まれたアンジェは頬を引きつらせた。
そう、これだ。
ユルバンの、これだ。
アンジェはこの、ユルバンの気持ち悪いほどの嗅覚に恐れをなして、彼から離れるべく騎士団を出たというのに。
そろりと視線を動かせば、周りの騎士もドン引きの顔でユルバンを見ていた。
さすがのロランドもこれに対するフォローは持ち合わせていなかったのか、アンジェの隣で同じように頬を引きつらせていた。
この場にいる者、全員……いや、ユルバンをのぞいての全員の気持ちが一つになる。
───騎士団長が気持ち悪い。
自分より一回りも違うであろう初対面の少女を捕まえて、匂いだの体臭だのというのは、人として、大変、気持ちが悪かった。
ドン引きのあまりに、誰も何も言えない空間の中、時間が刻一刻と過ぎているのを感じていると。
「団長。さすがに女性にそれはどうかと思いますよ」
かつかつとブーツの踵を鳴らして、ユルバンの副官であるケヴィンが部屋へと入ってきた。
「後処理に来たんですが……廊下にまで団長の気持ち悪い台詞が聞こえてきたので。騎士団の士気にも関わるので、そういうストーカーじみた発言は控えてください」
「いや、ケヴィン。ストーカーも何も、俺は事実を述べたまでで」
「それが気持ち悪いんです。団長の鼻は犬並みに利くので仕事の上では大変ありがたいですが、プライベートで使うと途端に犯罪臭がするので自重してください」
「む……」
ケヴィンに言い負かされたユルバンが、アンジェの肩を掴む手を緩める。
このチャンスを逃すまいとユルバンの手をはねのけたアンジェは、ユルバンとの間にロランドを挟んだ。
「あ、アンジェっ?」
「アンドレアです」
「そ、そうだった、な……」
ユルバンが残念そうに視線を下げる。
そこまでの自分の存在を惜しまれているとは知らなかったアンジェは、少しだけ自分の正体をばらしたい衝動にかられたが、それでは今までの自分の努力とロランドの機転が水の泡になる。
アンジェは自分がアンドレアだと主張し、その上でユルバンの手から逃れた。
「あの、騎士の皆さん。私今、お使いの途中なので失礼してよろしいでしょうか?」
「おつかい?」
「近所の薬屋のお爺さんに頼まれて、薬草を取りに来たんです。急ぎの用事だったので、早く渡しに行かないと」
「そうだったんだ。それなら早く渡しに行かないとだね」
「うん。なので、私はこれで……」
「いや、待て」
ロランドがアンジェの言葉に同意してくれたので、これで帰れると思ったアンジェだが、そう簡単にユルバンはアンジェを逃がしてはくれなかった。
「送っていこう。魔獣と渡り合えるとはいえ、女子供がそう簡単に森へ出るのは危険だということを君は分かっていないようだからな」
「いや駄目でしょう」
「アウト」
「団長チェンジで」
「犯罪臭がする」
「ここはロランドに花を持たせてやりましょうよ」
口々に騎士からブーイングがあがり、ユルバンが反論をする前に、ケヴィンがその肩にポンと手をおき、ユルバンにトドメをさす。
「身内の気持ち悪い趣味は誰しも知りたくはないものなんですよ、団長」
気持ち悪い趣味、とまでいわれたユルバンはさすがにショックを受けたように固まった。
その隙にネイトがロランドとアンジェの背中を押して、二人を部屋から出させる。
アンジェとロランドは顔を見合わせると、二人はそのまま詰め所を出た。
行き同様、門兵に通行手形を見せて王都の中へと入ると、城下町の喧騒にまぎれこむ。
そこまでしてようやくアンジェは、深々と息をついた。
「ロランド、ありがと。助かった」
「いやもうすっごい笑ってしまいそうだったんだけど。団長何あれ。言葉が悪いけど、気持ち悪いぐらい君のこと追いかけてるじゃないか」
涙を浮かべて笑うロランドに、アンジェは悩ましげに額に手を当てる。
「だから会いたくなくてずっと避けてたんだよ……。団長のあの鼻が、ほんと気持ち悪いから」
「でも普通にしてたらあんなにこじれないだろう。何したんだい?」
「何したのと言われても……あなたどこまで知ってるの?」
「ぜーんぶ。ヒューゴー様に聞いた。で、君のフォローするために僕が来たんだよ」
「ヒューゴー様……!」
どこをほっつき歩いているのか全く消息不明だった後見人の名前に、アンジェが目を輝かせる。
どうやらアンジェの後見人であるヒューゴーが、アンジェのために色々と根回しをしてくれたようだ。
「いやぁ、アンジェが引き取られてった時はまさか騎士団に入れられるとは誰も思っていなかったからね。後々になってアンジェのことを知ったヒューゴー様が念のために孤児院の奴らに稽古をつけてくれたんだよ。いざというときはフォローできるように。ま、騎士団に入れる実力になるまで今の今までかかってしまったわけだけど」
人懐こそうに笑うロランドが花も恥じらうほどの貴公子っぷりで、アンジェは思わず一歩引いた。
「え、何」
「いや、見ないうちにロランドの顔の画力が上がってるから」
「顔の画力って」
ロランドが残念そうにアンジェを見る。
それから何かを思いついたように目を細めると、アンジェの髪をすくい、キザったらしくその髪に口づけた。
「昔読んだ物語の騎士ってこんな感じだったよね、お姫様?」
「大衆の前でやめて」
にべもなくアンジェがロランドの手にある髪を払って背中に流すと、ロランドはパッと手を離してにこにこと笑った。
「ひどいなー。ちょっとくらいときめかない?」
「全然。顔が良くても中身がロランドだって思うと萎えるし、むしろ私が騎士役したい。女の子にちやほやされたい」
「あー、アンジェはそういう子だったよね……」
今度こそ残念そうな目でロランドはアンジェを見下ろした。
さすが小さい頃に男子に混じって剣の稽古をして、男子以上に剣の才能を見せて、ヒューゴーに引き抜かれていっただけの事はある。
ただでさえ男勝りで跳ねっ返りだったアンジェがさらにやることなすこと男に寄ってしまっているのは、男に混じっての騎士生活をしていた影響だろうと思うと、ロランドはほろりと涙が出そうになった。
「嫁の貰い手があるのか心配になるよ」
「別に結婚願望ないし。結婚したって私みたいな孤児がちゃんと母親なんて出きるわけないし」
達観しきった言葉を吐くアンジェに、ロランドはぱちりと瞬きをする。
「……ま、結婚なんて僕らには関係ないか」
「そだね」
「それで、アンジェ? 団長がなんであんなにまで必死に君を引き止めてるのに、何か心当たりは?」
「それが分かったら苦労しないって」
強引にロランドが話題を変えたことをアンジェは気づいたけれど、アンジェは特に言及することなくそれに乗っかった。
孤児である二人にとって、結婚というのはあまり直面したくない事柄だという認識が共通していたから。
アンジェにとっても避けられる話題は避けてくれた方がありがたい。
必然的にユルバンのことに話を戻し、二人は情報を共有する。
アンジェとしては、ロランドがヒューゴーの差し金で事態収拾のために一役買ってくれるのなら万々歳だった。
「騎士団で聞いてる感じだと、君の剣の腕に一番惚れてるのが団長だって話なんだけど」
「あはは、それは嬉しいことで」
「でもそれだけなら、あそこまで必死にアンジェを探さないよな? やっぱり何かしたんじゃないの?」
アンジェが一笑しても、不思議そうにロランドが首を捻り、何かないかと追求をする。
アンジェこそ思い当たる節がないからこそ、困っているのだ。
「私が知ってたらこんなことになってない。剣の腕だって、私みたいにすばしっこい人間が物珍しいだけで、強い人なんて騎士団に沢山いるし」
「まぁそうか」
二人して首を捻る。
どうしてユルバンがアンジェにこだわるのか、二人で考えても、剣の腕が惜しかった以外の理由が浮かばない。
「どうして団長がアンジェにこだわるのかは聞いておくよ。で、君、これからどうするの?」
「どうするって?」
「アンドレアはヒューゴー様の所にいるってことにしておいてもいいけど、アンジェはどうするのかってこと。君のことを知ったら余計に団長はアンジェの所在が気になるんじゃないかな?」
アンジェは額を抱えた。
確かにロランドの言う通りだ。
「……何が一番だと思う?」
「一番良いのはヒューゴー様に着いて諸国漫遊していますとかかな? 不在を隠すにはちょうど良い口実だと思う」
「よし、それ採用」
アンジェの一言で、少年騎士「アンジェ」は後見人について諸国漫遊をしていることに決まった。
色々と探られそうになったら、知らぬ存ぜぬの一点張りでぼろがでないように二人で口裏を合わせておく。
ロランドと話しながら歩いていると、アンジェがおつかいを頼まれた薬屋まであっという間だった。
薬屋の店先でアンジェはロランドに礼を言う。
「送ってくれてありがと。あと、ワンピースも。買ってきてくれたのロランドなんだよね?」
「そ。べつに気にしないで。再会の記念のプレゼントってことで」
「ロランドのくせにキザったらしい。誰にならったの」
「さーてね」
顔の良さとあいまって妙にウインクが似合ったロランドをこづくと、ロランドは人懐こそうに笑った。
「それじゃーね。たまには孤児院に顔を出して上げてよ。皆さみしがってるからさ」
「そうなの? 分かった」
アンジェがロランドの言葉に頷けば、ロランドは手を振って去っていく。
人混みに紛れたロランドの背を見送ったアンジェは一息着くと、おつかいを果たすべく薬屋の敷居を跨いだのであった。