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女性騎士の課題

 魔獣の繁殖による被害確認と駐屯中の騎士の激励を兼ねた短期遠征から戻ったユルバンが耳にしたのは、熱砂の国の王子がスハール王国初の女騎士団の騎士団長を娶ろうとしているという話だった。

 熱砂の国と呼ばれるネフシヴ共和国は国土の六割を砂漠が占めている。

 砂漠の各地に散っているオアシスが独自の繁栄を遂げることで都市となったのが始まりだ。

 補給点であったり、商業の要となるオアシスだが、砂漠のオアシスというものに永遠という言葉はない。

 太陽に照った砂漠の真ん中、地中から涌き出てくる水がなくなればオアシスは滅びる。

 滅びゆくオアシスを相互に助け合うために生まれた共同体がネフシヴ共和国だった。

 基本的には各都市にいる都市長がオアシスを治め、オアシス全てに関わることは都市長が集う場にて決められる。

 そんなオアシスの中で共同体意識を高めるために輩出されたのが、ネフシヴ王族だと言われている。

 祖はネフシヴ共和国を形成したと言われるオアシスの賢者であり、今に連なるネフシヴ王族とは彼に賛同した各民族の長の娘達の子孫だという。

 そしてその祖にならい、ネフシヴ王族はオアシス共同体の象徴として各オアシスの娘を一人ずつ嫁に取り、ハレムを形成するのだとか。

 第三王子ファイサルは、第三王子ながらハレムを形成する権利を得た王族だという。

 一夫多妻制を取るネフシヴ王族は、そのハレムを形成するための権利獲得も独特なものだった。

 成人を迎えた王族男子は皆、古来よりの試練を受けて『ハレムの鍵』というものを受けとり、一番巨大なハレムを形成したものが次の王位を継承するという。

 第一王子、第二王子は試練を突破できなかった。

 その試練を突破したのが第三王子であり、実質的な王太子であるという情報を伝え聞いた、が。


「それが何故、アンジェを……アンドレアを娶るという話になる!」

「どうどう。落ち着いてください、団長」

「これが落ち着いていられるか!?」

「そうですけど、ここで目くじらたてて何になりますか。王族の意思に一介の役人程度の私たちでは介入も何もできませんよ」


 遠征から帰還早々、執務室でケヴィンに詳細を聞いたユルバンが執務机を力任せに殴った。ケヴィンはそんなユルバンの態度に意外そうな顔をしながらも、その暴挙をたしなめる。

 だが、たしなめられたユルバンの表情は険しいままで、ちっとも落ち着きやしなかった。


「……嫌な話ですけど、一部の人間からは賛同の話が上がっています。今なら第四騎士団は正式な着任前。ヒューゴー様推薦のアンドレア嬢ではなく、もっと高位の貴族で見目麗しい娘を団長に任命すれば良いとの声が出ているんです」

「なんだそれは」

「所謂お飾りの人間ってことですね。女騎士に実力なんて求めていないという」

「ふざけてるのか!? 総帥は、王太子はそれを認めているのか!?」

「今のところはまだ……って感じですね。仮にも騎士団長という地位にそんな無能な人間は置けないでしょ。でも別にそれはアンドレア嬢でなければならない理由にはなりません。これを機にネフシヴ共和国と友好関係の強化を望むのなら、喜んで差し出される可能性はありますよね」


 ケヴィンの冷静な分析に、ユルバンは歯噛みする。


「騎士になるには結婚を認めないと言っているくせに、政治的な道具として嫁がせるつもりなのか……!」

「特殊な例になりますけどね。正式発表前なら幾らでも首をすげ替えれるってのは、嫌な感じですけど。……やはり女性が騎士職だなんて無謀なんでしょうね」

「無謀だと!?」

「ちょ、近づかないでください暑苦しい」


 ぼやくケヴィンにユルバンがぐいっと顔を近づけた。

 以前言っていた半径五メートル以内に立ち入り禁止令はどこいったのかというくらい、ユルバンがケヴィンに顔を寄せている。その迫力ある顔に、ケヴィンは顔をひきつらせた。

 ケヴィンに邪険にされたユルバンは舌打ちをしながら荒々しい動きで自分の執務机まで移動すると、ドカッと乱暴な音を立てて椅子に座る。

 苛々とした表情で、顎に手をつき考え込む。

 空いている手がもどかしそうに机をコツコツと叩いた。


(仮にも騎士としての素質がある人間、それも騎士団長職に着けるような人間を他国にやる利などどこにもない。不利益を被るだけだ。軍事的に有用な人間が他国に流れるのを阻止するべきだろう。王太子がこの事を考慮にいれないはずがないと思うが……第四騎士団の規約を逆手に貴族の狸どもが動かないとは言いきれない)


 このスハール王国ではまだまだ女性は家に入るものという意識が根強い。

 女が子を育て家を守り、男が外で稼いで家を養う。

 他国がいくら女性の活躍を望むような風潮になっても、スハール王国内ではまだまだ意識が変わるには時間がかかる。

 騎士に一番近い女冒険者だって、結婚すればどこかの街で身を固める。家庭を持つ女性が冒険者をしているだなんて聞いたことも無かった。

 結婚すれば子を孕む。

 膨らんだ腹では何もできないから、そうなるのも無理はないのだが。


(……そもそもアンジェは結婚を望んではいない。だから騎士になれた。そんな彼女を政治的な道具として見なそうとすること自体がふざけているのか)


 ネフシヴの第三王子がどうしてアンジェを娶ろうという考えに至ったのかは不明だが、アンジェのためにも諦めてもらうのが一番だ。

 くだらない理由でアンジェを娶り、彼女の夢を潰えさせるような男は何がなんでも握りつぶすしかない。

 そう思うと同時、胸の奥が何かを主張するかのようにずきりと痛んだが、ユルバンは黙殺した。


「……アンジェに寄る虫は全て叩き潰す」


 殺気にも似た気迫と供に吐き出されたユルバンの呟きに、ケヴィンは「過保護な保護者ですか……」と肩をすくめた。






 ファイサル王子が王城に滞在して数日が経った。

 アンジェはお忍びで城下に行って以降、自らファイサルの護衛役を外れた。

 ファイサルが望み、国王が気をきかせて護衛に任命したものの、あの城下の一件以降、ファイサルの距離感が近すぎて護衛任務を果たせないと判断したからだった。

 今だって。


「ほぅらアンジェ、土産やー。あまーい蜜菓子や! 綺麗な色しとるやろ? この果物とか、わしの国にはなかったやつやなぁ」

「ファイサル様、自分にはもったいないお心遣いです。でもせっかくご自身で買われたのですから、そのお味を堪能されてはかがですか」

「アンジェに食べて欲しいんや~」


 庭園へ散歩に向かおうとしたリオノーラの護衛任務中、アンジェは王城を抜け出していたらしいファイサルと偶然はち会った。

 距離があったのに目敏くアンジェを見つけたファイサルがアンジェに向かって勢いよく駆けてきて、手に持っていた菓子袋をアンジェにぐいぐい押し付ける。

 仕事中だからと慇懃に対応するアンジェのネコを剥がしたいのか、ファイサルが菓子袋を開けてアンジェに食べさせようとまでする始末。

 アンジェが辟易していると、猛攻をしかけるファイサルをやんわりとたしなめる声があがった。


「ファイサル様、申し訳ございません。僭越ながら姫様は急用がございます。アンドレア様は姫様の護衛ですのであまり引き留められると困ります」


 凛と姿勢を伸ばしたリオノーラの侍女ハンナがファイサルとアンジェの間に入り、断りをいれると、ファイサルははたと気づいたようにリオノーラを見た。


「あ~……堪忍な~。そかそか、急いでるなら引き止めちゃあかんなぁ~。それじゃあアンジェ、また会おか!」


 アンジェに菓子袋を握らせたファイサルはばつが悪そうに謝ると、手を振りながら王城の奥へと消えていった。

 嵐のようにやって来て去っていったファイサルに、アンジェは深々とため息をつく。リオノーラも困ったように頬に手を当てた。


「ファイサル王子ったら、本当にアンジェの事を気に入ってるのね」

「あはは。……そう、ですね」

「でもアンジェは嬉しくなさそうよ。ファイサル王子と結婚すれば玉の輿でしょうに。ネフシヴの王族の後宮は特殊ですけれど、あれだけ好意を持っていただければ厚遇していただけれるのではなくて?」


 ちょっとだけ上目使いにアンジェを見てくるリオノーラに、アンジェは肩をすくめた。

 リオノーラの言っていることはあながち間違いない。

 ファイサルはアンジェへのアプローチの一貫か、ことあるごとにハレムへ嫁ぐ際はそれ相応の厚待遇を確約してくれていた。

 本来ならばハレムは妃側がハレムの王に対して貢ぐところを、むしろハレムの王であるファイサルがアンジェに貢ぐと言っていることからして、破格の待遇であるのは間違いなかった。

 けれどアンジェは頑なに断り続ける。

 そんなハリボテでできた檻の中では、きっとアンジェは生きていけない。


「玉の輿って言いますけど、結局は嫁ぎに行かないといけないんですから。せっかく騎士になれるのに嫌ですよ」

「……アンジェは変わり者ねぇ。そこらのご令嬢がなりたくてもなれない王族の妃の地位を捨てるだなんて。でもそれがアンジェらしいわ」


 くすくすと笑うリオノーラに同意するようにハンナも頷いている。なんだかその事がくすぐったくて、アンジェは表情をゆるめた。

 結婚して贅沢をするよりも騎士になりたいというアンジェの事を、リオノーラが受け入れてくれるのが嬉しかった。


「姫様、ありがとうございます。正式に騎士団を拝命した暁には改めてよろしくお願いしますね」

「もちろんよ! あぁ、待ち遠しいわ! アンジェがわたくし提案の騎士服をまとい、凛々しく剣を奮う姿……っ! きっと絵になるに違いないもの!」


 きゃぁっと黄色い声を上げて近い将来の出来事を想像するリオノーラ。

 アンジェはそんはリオノーラを見てわずかに苦笑をこぼしたけれど、ふとハンナが真面目な顔になっていたことに気がついて姿勢をただした。


「そういえばアンジェ様。騎士団のお披露目の前に、直近だとファイサル王子の歓迎パーティーがございます。滞在してもう数日経ってしまっていますが、ようやく準備が整ったとお聞きいたしました。ご存じでしょうか」

「はい。お披露目前ですので表だったことはできませんが、第四騎士団も護衛の任に着く予定です」

「ファイサル王子はその件にはなんと?」


 ハンナの追求にアンジェは目をそらした。

 アンジェの不自然な視線の外れかたにリオノーラが目を丸くする。


「まさか……パートナーとしての出席を求められているの?」

「……仕事があるので断ってはいるのですが」

「厄介ねぇ」


 アンジェの言いたいことを察したリオノーラがため息をつく。

 アンジェも激しく同意したいところだけれど、体裁というものもあるので曖昧に笑う。


「騎士であることがパーティの出席を断る強い理由にはなりません。それこそ仮設立とはいえ、騎士団長の地位を盾に裏から手を回されて、出席を強制されるのも時間の問題かと」


 ハンナの言葉にアンジェはぐっと詰まる。

 相手は他国の王族だ。

 無下にも扱えないことから、おそらくパーティ出席への打診くらいなら許可を出されてしまう可能性は高い。

 ただし、そうなったらファイサルのゴリ押しがエスカレートする可能性も無きにしもあらず。

 ファイサルがどう動くか不明だが、今のアンジェでは身分も立場も不安定で防ぐ術はない。


「……女性騎士は正式発表もまだの騎士です。いってしまえば見習い騎士のようなもの。今なら見習い騎士が一人くらい変わるだけでどうにでもなると判断されて、ファイサル王子に協力して既成事実を作ってしまえという方向に動いてしまわれると、怖いですね」

「ハンナ、それは考えすぎなのではなくて? アンジェは強いもの。もしそんなことになっても自分で逃げだせれるのではなくて?」

「実際にそうであっても、誰かが是と答えてしまえばそれは事実になりかねません。一応アンジェ様はジルベール子爵の後ろ楯をお持ちですが、高位貴族への発言権は無いに等しいです」


 ハンナの推測をリオノーラは否定したが、続くハンナの言葉には何も言い返せないようでぐっと言葉を詰まらせた。

 アンジェもなんとなく察していたことだったので驚きはしなかったが、こうもはっきり言われてしまうと立つ瀬がない。

 アンジェは困ったようにリオノーラの方をうかがうように見る。

 それが、リオノーラの使命感を煽ったようで


「……っ、いやよ! アンジェを連れて行っては駄目よ! 今のアンジェの立場が弱いというのなら、わたくしの名前で後見をするわ!」

「それではジルベール子爵のお立場がなくなります。問題なのはそのジルベール子爵が王都にいないことでしょう。いらっしゃれば矢面に立ってくださったでしょうに」


 暗にヒューゴーにどうにかしてもらえればいいのにと言うハンナに、アンジェはそれはちょっと違うような気がした。

 女性騎士の登用を誰よりも推進しているのがヒューゴーだ。今だって王都にいないのは、女性騎士という存在を普及しようとしているからだ。

 そして今回のようなことは、アンジェだけではなくこれから騎士になる女性たちにも直面するはずの問題だ。


「……ファイサル様のプロポーズは、私だけの問題じゃなくて、女性騎士の問題として考えた方がいいかもですね」


 ぽつりと呟いたアンジェに、リオノーラとハンナが言い合うのをやめてアンジェを見る。

 説明を求めるような二人の表情に、アンジェは困ったような顔をする。


「私、結婚するつもりないんです。だから結婚ができないっていう規律も気に止めなかったんです。騎士になれれば、それだけで夢に近づけると思ったから……」


 それなのに今、その結婚に関する規律が邪魔になっている。アンジェが望まなくとも、辞令が下されれば、それで終わり。

 他国との友好関係と未成熟な騎士団、天秤にかけて比重が傾くのは当然―――アンジェの望まない方だろう。

 アンジェがどうにかできることなら良かったのに、仮にも相手が王族というのなら好き勝手はできない。

 つい、アンジェも深々とため息を着いてしまう。

 護衛対象の前であることを思い出して取り繕えば、リオノーラが真剣な面持ちで宙を睨むように何かを考えていた。


「姫様?」

「……ねぇ、ハンナ。そもそも、結婚ができないっていう規律がおかしいのよね。男性騎士にはないのに」

「そうですね。明文化されているのは今回の第四騎士団の規律だけではないでしょうか。ですが、わざわざ付け加えられたということは、それ相応の理由はあるかと思いますよ」

「でもお母様はお兄様やわたくし、それから弟を産みながらも公務はされていたそうよ。女性は、結婚しても働けるのよ」

「それは、王妃様と私達ではお立場が違いますし……乳母様方もいらっしゃいますから……」

「そうね。お母様はおっしゃっていたわ。お母様が公務に専念できるのは、乳母たちがわたくしたちの面倒を見てくれていたからだと。だから産み月以外はほぼ欠かさず公務に出られたと……」

「姫様……?」


 リオノーラの瞳に熱がこもる。

 深緑の瞳が燦然と輝く。


「ハンナ、アンジェ! 革命よ! 革命を起こすのよ! この世の女性がますます輝くような社会革命を起こすわ!」


 急に声を張り上げて宣言したリオノーラに、アンジェとハンナは驚いた。

 リオノーラの言いたいことが分からず、二人で顔を見合わせていると、リオノーラがずいっとアンジェに踏み込む。


「アンジェ!」

「はっ、はい」

「手始めに、お見合いはいかがかしら!」


 やる気満々のリオノーラの迫力に、つい無条件で頷きかけてしまったアンジェだが。


「……は?」


 リオノーラが笑顔で提案した言葉は矛盾に満ち溢れていた。



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