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迷子の旅人達と赤銅色の鳥

 アンジェを含め、第四騎士団の一年間の研修は順調に進んでいった。

 第三騎士団の魔獣討伐は勿論のこと、第二騎士団での町中の治安維持の任務も問題なく終えることができた。

 そして本命の第一騎士団での、貴人の護衛任務。

 お試し期間内にもやっていたおかげか、こちらも大きな問題なく進んだ。

 今はちょうど、第四騎士団の設立が決まり、半年とちょっとが過ぎた頃。

 第四騎士団の為の棟も建設が進み、リオノーラが率先してデザインした騎士服も出来上がった。

 段々と近づく女性騎士団の設立に、噂を聞いた国民達も期待しているようで、女冒険者を目指していた少女達が騎士に興味を持ち始めた話も聞く。

 アンジェも半年をかけて、ようやく団長としての自信が生まれてきた。

 最初は険悪だった女性騎士達も、アンジェの強さと判断の的確さを身近で感じることができたのか、今では強い反発は無かった。

 ここ半年の事を振り返ったアンジェは、ふぅ、と一息をついて秋の色に染まる森を見渡す。

 今日は久々の休日だ。

 最近は忙しくて薬屋のおじいさんのお手伝いがまともにできていなかったので、今日は休日を返上しておじいさんが欲しがっていた薬草の採取にやって来た。


「フォレスト・ウルフの痕跡がちらほら……やっぱり繁殖期だったんだね」


 騎士団にいれば否が応でも各騎士団の動向は耳に入る。

 今年は例年に比べてフォレスト・ウルフの討伐数が多く、魔獣の活動が落ち着くまで一時的に南の森一帯付近の通行が規制されていた。

 そのため馴染みの薬屋のおじいさんも、南の森で採取できる薬草が手に入りにくくなっているようで、アンジェが気をきかせて採取にやって来た次第だった。

 ワンピースにレイピアを引っ提げて、長く伸びた黒髪をなびかせながら、アンジェは籐で編んだ籠を片手にざくざくと森の中を突き進んでいく。

 程よい感じに薬草が取れた頃、ふとアンジェは視線を上向けた。

 バサバサバサと派手な音を立てて、勇ましく雄々しい目つきの大きな鳥が上空を横切っていった。


「鳥……?」


 赤銅色の見慣れない鳥に、アンジェは怪訝そうに眉を潜める。


「かなり大きかったし、もしかして魔獣とか? それも新種? そうだとすると、ちょっとまずいな」


 アンジェは直ぐ様駆け出す。薬草を落とさないように注意しながら、鳥を追う。

 鳥は徐々に高度を下げていて、やがて木々の下を滑り始める。

 追いつくか、と繁みを高く跳んで飛び越えたところで、繁みの向こう側に人がいたことにアンジェは気づいた。


「あっ」

「ほわっと!?」


 繁みの向こうにいた人物がアンジェに気づいた。

 それも、アンジェの着地点に自分がいると察すると、驚いたような顔になり―――アンジェを抱き止めた。


「危ないなぁ。怪我、してへん?」

「えっ、あ、す、すみません」


 軽々とアンジェを抱き止めた男は、心配そうにアンジェの顔を覗き込む。

 まさか人がいるとは思っていなかったアンジェは、目を白黒させながらもなんとか男に返事を返した。

 野性味溢れる獣のような金の瞳がほっとしたように細められる。

 男はアンジェがどこも痛めていないと知ると、そうっとアンジェを地に下ろす。

 地面に下ろしてもらったアンジェは、改めて男を見た。さばさばとした硬質の黒髪に、褐色の肌を持つ男は、二十代前半といったところだろうが。精悍な顔つきをしていて、髪を白い布で覆い、一枚の布を器用に体に巻いているような形の、この国ではあまり見慣れない服装をしている。


「お転婆はほどほどにしときぃ」

「え、あ、はい……」


 男が幼子をあやすようにぽんぽんとアンジェの頭を軽く撫でる。

 アンジェがたじろぎながら返事をすると、バサバサと翼のはためく音がした。


「ファイサル様。ジャーヒルが戻りました」

「おー、ナージー、あんがとさん」

「ファイサル様、そちらのお嬢様は……?」


 ファイサルと呼ばれた男の後ろから、黒い長髪を一つにくくり、開いてるかどうか分からないくらいの細目をした男が現れる。歳はファイサルとそう変わらないように見えた。ナージーというらしい男の腕には、アンジェが追いかけていた見かけぬ赤銅色の鳥が止まっている。

 アンジェは一歩下がると、軽く礼を取った。様付けをされているということは、ファイサルはそれなりの身分の人間である気がしたが、深く首を突っ込まないことにした。


「アンジェっていいます。薬草を探していたら、見慣れない鳥がいたので、新種の魔物かと思って追っていたのです」


 アンジェが自己紹介をすると、ファイサルが大きな声を立てて豪快に笑った。


「あっはっは! 勇敢な女の子やん! わしはファイサル、こっちは従者のナージー。んでもってあんたが追っかけとったのはジャーヒル言うて、わしの鳥や。人は襲わんから安心し」


 ファイサルはひとしきり笑い終えると、ナージーが重々しく口を開く。


「私たちは南の国より旅してきたのですが……道中野盗に襲われ、こうして森に逃げ込んだ次第でございまして。下手に街道に出て再び襲われるよりはと、ジャーヒルに周囲を警戒させながら北上しているところでございます。失礼ですが、薬草を採取されているということは、ここはもう人里に近い位置にあるのでしょうか?」


 ナージーの言葉に、アンジェは驚く。


「森の中を突っ切ってきたんですか?」

「せやな~」

「野盗よりも恐ろしい魔獣のいる森です。よくご無事でここまで来れましたね」

「ジャーヒルがいましたから。並みの魔獣程度なら、ジャーヒルが追い払ってくれますので」


 嘴が大きく、勇敢そうな顔をした赤銅の鳥は、その見た目どおりに勇敢で賢い鳥らしい。アンジェは感心してうなずいた。


「ここはスハール王国王都の南門に程近い場所になります。私もそろそろ帰るところですし、もしよければ王都までご案内いたしましょうか」

「ほえー! もう王都まで来とったん?! 久々の宿が取れるわぁ!」

「アンジェ様、申し訳ありませんがお言葉に甘えてもよろしいでしょうか」


 純粋に喜ぶファイサルとは対照的にナージーが申し訳なさそうに申し出る。

 アンジェはこっくりとうなずくと、二人を先導して歩きだす。

 森を歩くうち、ファイサルが段々と歩くだけに飽きたのか、快活にその弁をふるい始めた。


「いやー、それにしてもここって結構魔獣おるんやな。ジャーヒルが生き生きと獲物狩っとっておもろかったわぁ」

「普段はそうでもないですよ。今はちょうど繁殖期のようですから」

「そんな中、一人で薬草採取を? 女性一人では無謀ではありませんか?」

「これでも単独で森に入れるくらいには強いので、心配ご無用ですよ」

「ほぇー、そうなん?」


 ファイサルの目が爛々と輝き、先頭を歩くアンジェの背中をじっくりと見つめた。

 その表情を見たナージーがごほんと咳払いする。


「アンジェ様。アンジェ様は腕に覚えがあるようですが、冒険者の方なんでしょうか」

「いいえ。冒険者ではありませんが、それに近い仕事をしています」

「冒険者じゃないのにお強いとは……いったいどのようなお仕事を?」

「今はちょっと内緒です。守秘義務があるので」

「それは……俄然興味がわきますね」

「ええんちゃう? わしは強い娘っ子好きやで! それに冒険者のムキムキ姉ちゃん達と違ってちまいのがええ! うちの国の気が強い女共と違ってー、色白でー、我が強くなくてー、気づかいできるんやから!」


 濁したアンジェに不自然に思ったらしいナージーが首をかしげるけれど、ファイサルが豪快に笑って吹き飛ばした。

 ナージーがまた始まったと言わんばかりに大きくため息をつき、ファイサルの肩に止まっていたジャーヒルがバサリと翼をはためかせる。

 三人と一匹でざくざくと森を進み、話の中でアンジェは、ファイサルが嫁探しのために国を出て旅をしているのだと聞く。

 ファイサルの国では一夫多妻制を取っているようで、より良い子供を生むために沢山の才ある女性を娶るのだそうだ。


「アンジェならうちのハレムに入れてもええなぁ。ちまくて可愛いからのぅ」

「あはは、遠慮しておきます」


 ファイサルの熱い視線をざくっと切って捨てたアンジェに、ファイサルは身をくねらせた。


「あ~、そういう芯の強いとこもええなぁ~。やっぱ嫁にするならこういう子やでナージー! こういう謙虚な姿勢! ふざけんなって言って殴らへん! 最高では!?」

「はいはい、分かりましたから」


 ファイサルとナージーの会話にアンジェは苦笑いする。どうやら南の国の女性は気性が荒いらしく、ファイサルはそれに辟易しているらしい。

「この国にはええ子がいっぱい居そうやなぁ」とファイサルがご機嫌に胸を高鳴らせる頃、ようやく王都の南門へと辿り着いた。


「ほいじゃ~の~!」

「ありがとうございました」


 南門の前でアンジェは、二人と分かれる。

 旅人のようだし二度と会わないだろうと思ったアンジェだったけど―――






「あんれぇー! アンジェやん! こんなところで会うなんて奇遇やん!」


 熱砂の国と唄われる南の国・ネフシヴ共和国の第三王子が謁見を申し込んだということで、リオノーラの護衛任務についていたアンジェもまた謁見室に同席していた。

 スハール王国の王族が一堂に会するなか、褐色の肌に黒髪と金の瞳を持つネフシヴ共和国の王子ファイサル・サラーサ・ネフシヴが大きく声をあげる。

 手を振られながら名前を呼ばれたアンジェは顔を引きつらせた。

 謁見の間がざわめく。

 リオノーラが後ろに待機していたアンジェの方を振り向いて、不思議そうに目を丸くした。


「まぁ、アンジェ。ファイサル王子とお知り合い?」

「え、いや……その……」

「なっ、スハール王陛下! もしわしに護衛つけてくれるんなら、その子お願いしてもええ!? この国にまさか女騎士がおるなんてなぁ!」


 旅人のくたびれた格好をやめて身綺麗になっても快活に笑うファイサルの言葉に、アンジェは天を仰いだ。



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