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二つの顔

 二年前、自ら進んで職を失ったアンジェだが、見習い騎士をやっていた時の貯蓄が結構あるから、それなりに生活はできている。

 それでもそろそろ団長のモーニングコールがうざったいので、引きこもって一年を過ぎた頃から王都を出て引っ越そうかと考え始めていた。

 団長とすれ違う可能性がある限り、王都での就職は望めない。

 かといってアンジェにはツテがない。というのも、アンジェには頼れる親戚というものがないからで。

 元々、孤児だったのを前騎士団長に剣の才能を見込まれて今の生活を手に入れたのだ。その前騎士団長はアンジェを置いて諸国漫遊中。家の留守居を任されているのだから、今のところ勝手に出ていくこともままならない。

 さてどうしようかと考えながら、今日も団長が騎士団に詰め込まれている日中に、小遣い稼ぎのご近所さんの『お手伝い』を済ませる。

 アンジェの住む小さな家の三件隣に、お爺さんが経営してる薬屋がある。

 そこのお爺さんは一人暮らしで、足腰もそんなに強くないから、アンジェが買い物や家事の代行をしていた。

 いつものようにお爺さんから買い物リストとお金を受け取って、いざ買い物へ。

 騎士だったときも自分で料理はしていたけれど、日中は仕事をしていたからそんなに手の込んだ料理は作れなかったのを思い出す。今は仕事もしないで暇をもて余してるので、ちょっと凝ったものを作るのにはまっている。

 大通りへ出て商店街へ。

 立ち並ぶ屋台の中をすり抜けながら、買い物を済ませていく。

 増える荷物で両手が塞がった頃、さて帰るかと踵を帰した。

 少し買い込みすぎたかもと思いつつ、アンジェがふらふら歩いていると、前方から巡回中の騎士が歩いてきた。


(うっわ、同僚じゃん……)


 アンジェは顔を伏せて人混みに紛れるような歩調で歩く。

 緊張しながら元同僚とすれ違った。


(よかった、バレなかった)


 ちょっと視線を下げているだけで、今のアンジェは町娘として紛れられる。

 それもそのはず、そもそも向こうはアンジェを男だと思っているのだ。

 スカートをはいて、騎士時代には常に低く括っていた黒い髪を垂らしているだけで、見た目はただの女の子。

 身長も際立って高いわけではないから、顔を見られないように下を向くだけで誤魔化せてしまう。

 騙されてくれる騎士たちを背中に感じ、アンジェはほくそ笑んだ。

 いつものように巡回中の騎士をやり過ごして、含み笑いをしながら帰ったアンジェは、その足で薬屋のお爺さんに頼まれ事をされた。

 なんでも急な注文で薬の材料が足りないらしい。

 普段なら薬草売りが定期的に売りに来てくれるけど、その定期便が所用で今週お休みなのだという。

 足りないなら代わりに誰かが採りに行かねばならない。

 薬草は町を出て森へと入る必要がある。野生の獣だけではなく、魔獣もいる森だから慣れていないと危険な場所。

 でもアンジェは魔獣と戦うのが本職みたいなものだったから、お爺さんに頼まれて二つ返事で請け負った。


「久しぶりに外出るなぁ~」


 一度家に帰り、剣を手に取った。

 相棒である細いレイピアに笑いかける。

 腰へと佩いて、スカートの裾を翻しながら家を出た。

 もう一度お爺さんの所へと寄って、採取用の篭を受け取ってさぁ出発。

 るんるんと鼻唄混じりに城門を目指して歩いて行く。

 通常なら森へ行く際、町の出入りに城門を通る必要がある。

 でも城門を通るには身分証明書が必要だ。

 アンジェの身分証明書は二つある。

 スハール王国第三騎士である「アンジェ・ジベール」と、幼い頃にこの町に入った時に作った「アンドレア」という通行手形。

 アンジェは元々、この王都の外にある村の廃れた孤児院に住んでいた。

 王都の外はそれこそ魔獣がうろうろしている。

 アンジェのいた孤児院のある村もまた、魔獣の脅威に脅かされていた。

 そんな中、アンジェには剣の才能があったのだ。

 最初は孤児院の大好きな先生や家族を守るために、孤児院のガキんちょ共が旅人に剣の教えを乞うたのがきっかけ。男勝りなアンジェは女の身でありながら男子に混じって剣を習った。

 そうしたらどうだろう。

 旅人もびっくり。剣……と言ってもそれを模した棒切れを持った三日目で、アンジェは小さな兎を仕留めた。

 これは偶然かと仕留めた兎を孤児院の皆と美味しく頂いたそのさらに数日後、村を襲ったはぐれ魔獣を仕留めたのもまた、幼いアンジェだった。

 こんなに剣の才能があるなら、と旅人に連れられて王都へ旅だった。とは言っても、馬で駆けてたった一日程度の旅程。

 そして王都へ入る際に、アンジェは身分証明書となる通行手形を作った。自分で文字が書けたので、旅人とは別の窓口で入都手続きをしたのだ。

 その時に書いた名前が「アンドレア」。

「アンジェ」は「アンドレア」の愛称なだけだったから、子供ながらにしっかりとしていたアンジェはきちんと「アンドレア」で身分証明書を作ったのだ。

 そうして旅人が後見人になって、アンジェは騎士団に放り込まれることになる。

 その際の手続きは旅人が全部やってくれたのだが、そっちの書類は全部「アンジェ・ジベール」と名前が書き込まれていたらしい。

 だからアンジェには二つの身分証明書があった。

 ただの孤児の女の子としての「アンドレア」。

 騎士として自立した男の子としての「アンジェ・ジベール」。

 アンジェの顔を知らない下っ端門兵を横目に、騎士を辞めたアンジェは「アンドレア」の通行手形を片手に堂々と関所を抜けて見せた。

 偽造身分証?

 いやいや、歴とした身分証明書です。

 証明書には特に性別の記載はない。一応、騎士団に入るときに関所で作った通行手形を見せた事があったけれど、前騎士団長の推薦ということできちんと確認もされず、二つ返事で書類が通ってしまったらしい。

 色々ガバガバな騎士団にそれでいいのかと思いながらも、そんな感じでアンジェは問題なく二つの身分証明書を使い分けている。

 とはいっても、もう騎士団は辞めた体なので、騎士としての身分証明書を使う日は二度と来ないと思うけれど。

 アンジェは通行手形を懐にしまい込むと、森を目指して歩みを進めた。






 薬屋のお爺さんが欲しがっている薬草の幾つかはアンジェにも簡単に見つけられた。

 特徴的な草ばかりで分かりやすかったのと、騎士団での哨戒任務の際に森でよく見かけていたというのが僥倖した。

 でも、中にはなかなか見つからない薬草もあり、アンジェは森の奥へ、奥へと足を踏み入れていく。


「あ、あったあった。こっちには沢山あるな」


 夢中になって薬草を取り、篭がいっぱいになった頃、アンジェはさて帰ろうと身を起こす。


「……ちょっと奥へ来すぎてしまったかも?」


 自分の今いる位置を把握して、額を押さえた。

 豊富な薬草にほいほいつられて足を進めていたら、あまり人の近づかないところまで来てしまっていた。

 深い森には魔獣が潜んでいる。

 だから人が近づかない。

 薬草が多く生えているのも道理だったと気づいたアンジェは、久しぶりに自分の失態だとため息をついた。

 でもまだ魔獣と出会ったわけではないからと、アンジェは踵を返す。

 その時だった。


「うわぁぁぁぁぁっ!!」


 森に響く絶叫。

 反射的にアンジェは、身を翻して森の奥へと駆けた。

 アンジェが今いる場所よりも先で聞こえた悲鳴。

 叩き込まれた騎士としての本能が、アンジェにレイピアを抜かせる。

 駆け抜けた木々の先で、腰を抜かしている男の子を見つけた。

 男の子の視線の先に視線を滑らせる。

 子供より大きな狼型の魔獣・フォレストウルフを視認。

 子供に牙を向き今にも飛びかからんとするフォレストウルフに、アンジェは横から突進し、レイピアを的確に喉元に突き刺して魔獣を絶命させる。


『───ギャンッ!!』

「立って! 走るよ!」


 レイピアを引き抜き、アンジェは子供の手を取るとむりやり立たせて走り出した。


「お、おね、ちゃ、っ」

「しゃべるくらいなら走って!」


 逃げる間も、後方でフォレストウルフの遠吠えが聞こえた。

 一撃で絶命させても、剣で斬りつける以上、血が溢れる。

 そしてフォレストウルフは群れで行動する習性があるから、血の臭いと獲物の臭いをかぎとってアンジェたちに追いつくのは時間の問題だった。


(私一人ならともかく、この子がいるなら群れる狼と相対するのは愚策!)


 騎士の本分は守ること。

 それはアンジェが所属した第三騎士団の騎士団長がことあるごとに言う言葉だった。

 アンジェは見覚えのある街道まで、子供の手を握り走った。

 街道に出る直前、すぐ真後ろでフォレストウルフの唸り声が聞こえた。


「門まで走って!」

「おね、ちゃ、っ?」


 息切れしている子供の手を離し、アンジェは振り向き様にレイピアを薙いだ。

 フォレストウルフが一匹、悲鳴を上げて倒れる。

 斬りつけた拍子に吹き出した魔獣の血が、アンジェのワンピースを赤く染めた。

 アンジェにつられて立ち止まった子供が悲鳴を上げる。

 アンジェは子供を背にかばい、迫る魔獣の気配に感覚を研ぎ澄ませる。


「ここは危ないから逃げて! 死ぬよ!」


 アンジェが子供に恫喝すると、子供は目にいっぱい涙を溜めながらも、もう一度走り出した。

 アンジェはその気配を背後に感じながら、血の臭いをかぎとって来た三体目のフォレストウルフの頭蓋目掛けてレイピアを繰り出す。

 返り血がアンジェのワンピースに飛び散り、レイピアからはだくだくと血が滴る。

 錆びた鉄のような、嫌な臭い。

 これが魔獣との戦いだ。

 アンジェは肩にかかった黒髪を背に払うと、好戦的な笑みを浮かべた。

 子供が去れば、後はもうアンジェの独壇場。

 守るものがないのなら、獲物のことだけを考えればいい。


「久しぶりに大暴れしよっか」


 エメラルドの瞳が、興奮で明るみを増す。

 迫り来る次のフォレストウルフを見据え、アンジェはレイピアを構えた。





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