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第三騎士団への出向

 女性騎士がお茶会でリオノーラ姫の命を見事救ったという話は瞬く間に広がり、女性騎士への見方はかなり変わり始めた。

 たとえドレスでも、女性は剣を握れる。

 その強さを見事、試験期間の間に発揮できたアンジェ達は地盤固めが進み、まずは第四騎士団設立の第一歩を踏み出すことができた。


「第四騎士団が一ヶ月の試験期間を終えた。次は準備期間か……」

「一年で第四騎士団棟の建築と、業務の確定、騎士試験の登用整備……あぁ後、騎士服をリオノーラ姫がデザインするとか? 他の騎士団の応援に駆り出されても問題無いよう、現騎士団員は研修を兼ねて各騎士団にも巡ってくるそうですしね」

「そうだな」

「楽しみですね、団長。アンジェにそっくりな妹さん、来週にはうちに研修きますよ」

「……ああ」


 執務室で書類にサインをしていたユルバンは、気の無い返事をケヴィンに返す。

 ちょっと前まで「アンジェ、アンジェ」とうるさかったユルバンが、ここ最近この調子だ。

 アンドレアに何か言われたのか、アンドレアの話題を出すとどこか気まずそうに視線をそらし、口をふさぐばかり。

 だからといって仕事に影響が出るわけではないのだけれど。


「団長。ぼんやりしているのも良いですが、第四騎士団が研修にきてもその調子だと表に出せません。しゃきっとしてください、しゃきっと」

「あ、ああ」


 ケヴィンにどやされ、ユルバンは表情を引き締める。


「それにしても、アンジェは本当に惜しい奴でしたね。女性のアンドレアで女性騎士団長になれたのなら、アンジェは将来的にうちの団長にまでなれたかもしれませんよ」

「……そうだな。そうだったら、良かったんだがな……」


 ユルバンは深く息をついて、ペンを置く。


「アンジェ……」


 アンジェが騎士になりたがっているのはよく知っている。

 あの剣の腕だ。重宝されるのは間違いないし、女性という付加価値もつけばさらに貴重な存在になるだろう。

 だが、それと引き換えに、アンジェは「普通の女性」としての幸せは得られなくなる。

 アンジェはまだ十五歳だ。

 十五歳の少女と言えば、友人とおしゃべりに花を咲かせたり、色恋に胸をときめかせたり、そういう、可愛らしい時分のはずだ。

 それを一切知らないで、騎士の世界に身を置くことは、アンジェのためになるのだろうか。

 ユルバンには分からない。

 女としての幸せを選ぶのならば、ヒューゴーの言うように結婚させるのが手っ取り早いのは分かるが……その相手に自分がふさわしいのかさえも分からない。

 今日も今日とて、ユルバンはヒューゴーの置き土産に頭を悩ますのだった。



 ◇



「今日からしばらくお世話になります、第四騎士団所属、アンドレア・ジルベールです。よろしくお願いいたします」


 第三騎士団での研修が始まった日、第三騎士団には激震が走った。


「アンジェだ」

「アンジェがいる」

「アンジェ……?」

「アンジェが戻ってきた」

「アンジェー!」


 男物の騎士服に身を包み、第三騎士団に現れたアンジェは、第三騎士団の団員に頭のてっぺんから足のつま先までなめるように見られ、まるで見せ物のように囃し立てられた。

 研修前の試験期間に顔を合わせていた団員もいるけれど、業務的に被ることもなかった第三騎士団の大半は「アンドレア」の騎士姿を見ていなかったのだ。


「アンドレアです、よろしく」

「アンジェだー!」

「アンジェがきたぞー!」


 念を押すアンジェの話なんて誰も聞いちゃいない。

 アンジェが深々とため息をついていると、ロランドが近くまで寄ってきた。


「やぁ、アンドレア」

「ロランド」

「人気者はつらいねぇ」


 くすくすと笑うロランドに、アンジェは恨みがましそうに上目遣いに見やった。


「全然嬉しくない」

「そう? これだけアンジェは先輩達にとって大事な存在だったんだよ」


 けろっとした表情のロランドにそう言われ、アンジェも口をつぐむ。

 ちょこっとだけ、悪いとは思ってはいた。

 何も言わず、簡単に姿だけを消したこと。

 騎士をやめた後、仲良くしてくれた人たちがどう思うかなんて、考えてもいなかったなんて言ったら、彼らに薄情者と罵られてしまうだろうか。

 ちょっとだけ不安そうにうつむいてしまったアンジェの肩を、ロランドは軽く叩く。


「何をうつむくことがあるのさ。大丈夫、胸を張っておけばいいんだって」

「うん……」

「アンドレア。……アンジェ」


 ロランドが微笑む。


「そんな辛気くさい顔をしてたらせっかく手に入ったものも逃げてっちゃうよ。アンジェは普通にしていれば良いんだって。騎士団長になるんだろう? 僕らより上の立場になるんだからさ」


 ロランドに背中を叩かれて、アンジェは背筋を伸ばす。

 ロランドの言う通りだ。

 アンジェはもう、性別を偽ることなく騎士になれるのだから普通にしていれば良い。

 アンジェもアンドレアも、二人とも正しく自分なのだから、受け止めるしかないのだ。

 アンジェがロランドと二人で話していると、その姿を見た先輩騎士達がこそこそと二人の姿を見て何かを言い出す。


「お似合いだな」

「さすが幼馴染み」

「すごい自然体だ」

「アンジェそっくりだけど、アンドレアちゃんってよく見ると女の子らしい顔してるよね」

「「「それな」」」


 アンジェとロランドの年若い二人の温かい雰囲気に、先輩騎士達はほっこりとする。

 そんな第三騎士団だが、ユルバンの一声で皆がすぐに姿勢をただす。


「第三騎士団、注目!」


 ザッと音を立てて、皆がユルバンの方へと注目する。


「第四騎士団が合流した! これより各班に分かれ、任務に当たる! 通常のように、遠征班、哨戒班に分かれ、それぞれの班にて組み込まれた第四騎士団員を指導すること! 第三騎士団の任務は魔獣討伐だ! 第四騎士団は魔獣との戦いや後処理をよく学ぶといい! 以上! 解散!」


 解散の声と共に、騎士団の緊張もほどかれる。

 各々、班に分かれ、事前に通知された第四騎士団員に声をかけに行く。


「アンドレアは僕とネイト先輩のいる班だよ」

「うん。よろしく」


 アンジェはロランドに声をかけられ、こっくりとうなずいた。

 それから、行動を共にする班員を紹介してもらう。

 一班、五人編成で、そこにアンジェが加わることになる。顔見知りの古参騎士二人と、ロランド、それから見知らぬ新人の二人に、アンジェは無難に挨拶を交わした。

 そのうちの班長で、古参騎士であり、尚且つアンジェを可愛がってくれていたうちの一人であるネイトが、にんまりと楽しそうにアンジェに仕事の話を振った。


「さぁて、アンドレアちゃん。俺たちの班は今日……というか今週の間は遠征班だ。騎士団長の指揮下の元、三つの班が北の渓谷に山籠りするぜー」

「北の渓谷へ遠征ですか? 哨戒ではなく? 珍しいですね」

「なんでも最近、魔獣の出没が活発で、北からの荷馬車が襲われてるらしい。まぁ、場所は渓谷で足場は悪いが、南の森と同じ要領だ。フォレスト・ウルフを掃討したアンドレアちゃんなら楽勝だろ~」

「あはは……」


 へらへら笑いながらアンジェに期待を寄せるネイトに、アンジェはから笑いする。


「出発は午後からだから。夜になる前に北の渓谷で夜営地見つけるように動くぞー。急だが、支度はロランドにほとんど頼んどいたから、後必要なものを自分で用意しとけ」

「はい」

「んじゃ、後でな~」


 さらっと遠征の説明をしたネイトは自分も準備をするべく、それだけを説明するとさっさと班から離れていった。

 他の班員も、まだ準備が終わっていないのか、ネイトにつられて解散する。

 残されたアンジェはロランドを見上げた。


「ロランド、ごめん。私の分まで準備してもらったみたいで」

「大したことじゃないよ。一人分も二人分も、そう変わらないから」


 本当に手間ではなかったようで、ロランドはあっさりとアンジェに答えた。でもふと思い出したように眉根を寄せる。


「あ、でも……」

「でも?」

「女子にもたしなみってものがあるとは思うけどさ……あの荷物、女子が持つには重たすぎないかな?」

「何をそんなに詰め込んだの……。ちょっと見せて」

「うん」


 ちょっと不安そうなロランドに、アンジェも不安になる。

 何よりロランドの怪しげな言葉が妙に引っ掛かっていた。

 とりあえず荷物を確認するべく、ロランドと一緒にその荷物が置いてある準備室へと移動することにした。


「女子のたしなみって何よ」

「それは……色々だよ」


 本当に何をいれたのか。

 渋い顔で、アンジェは準備室を目指した。






「これもいらない、これもいらない……なんなの、これ? 馬鹿にしているの?」


 アンジェは半分キレながら自分用に用意された遠征用の荷物をひっくり返した。

 案の定、誰の入れ知恵かは知らないが、アンジェ用に用意されていた遠征用の荷物の中身は無駄が多かった。


「私は魔獣と会いに行くの。化粧品なんていらない」

「それはネイト先輩が、女の子ならいるだろうって」

「ボディケア品もいらない。遠征中にのんびり温泉に入れると思ってるの?」

「女の子の肌はきちんとケアが必要ですからってケヴィン先輩が」

「これこそ何。ぬいぐるみ? 邪魔」

「あ、それは抱いて寝ると夜営でも安眠できるって同僚が」

「ああもう、それもこれも。 いらないものばかり詰め込んで。 着替えもこんなにいらないってば。 遠征でしょう。予備の服一式で事足りる」


 アンジェは遠征用の荷物をひっくり返すと、必要なものと不要なものを徹底的に選別した。

 最終的に残ったのは、男性騎士とそう変わらない荷物の量。最初にロランドが用意したという荷物の半分にまで減っていた。


「なんでこんなに要らないものをいれるの。というか、なんでこんなに女性ものが集められているの。気持ち悪い」

「既婚してる人達の意見を参考に、皆が用意したんだ」


 その用意の良さと経験値を活かすのは素晴らしいことだと思うけれど、アンジェにそれは必要がなかった。


「女性扱いしないで。私も騎士だから。場はわきまえてる。遠征は旅行じゃない」


 アンジェは不要なもの一式をロランドに返す。

 ロランドは苦笑しながらそれらを受け取った。


「まぁ、アンジェの言いたいことは分かるけど……でも仕方ないんじゃないかな。女性騎士なんて初めてなんだから、皆、手探りなんだよ」

「だからってこんなあれこれ用意する必要はないでしょ。まったく……」


 文句を言いながら、アンジェは荷物を背に背負った。

 軽くなった荷物はアンジェが普段通り動ける量に収まっている。


「これでよし。これなら移動中に魔獣が来ても動ける」

「さすが元第三騎士? 遠征準備に手慣れているや」

「おだてても何もでないよ」


 ロランドとアンジェがぽんぽんと言い合っているうちに、準備室から徐々に人が捌け始めた。

 そろそろ遠征部隊の集合時間だ。


「行ける?」

「ばっちり」


 ロランドの問いかけに、アンジェは力強くうなずいた。


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