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女性騎士の強さ

「きゃぁぁぁ!」

「シェリー、ヒルダ! あそこの木の上! ウィレミナ様の護衛は退路を確保! 他に刺客がいないか確認!」


 アンジェは身を起こしながら声をあげる。


「姿勢を低くしてください。姫様、屋内へ。お三方も」


 不安げな面持ちのリオノーラと、真っ青な顔をするウィレミナ達。

 さすが王族と言うべきか、自分の命が狙われていると言うのに落ち着き払っている。

 リオノーラを隠しながらアンジェは屋内へと移動すると、ウィレミナ達が着いてきていないことに気がついた。

 どうして、と思って振り返れば、へたりこんだウィレミナがいる。


「こ、腰がぬけて……」

「……」


 アンジェは舌打ちをしそうになった。

 室内にいたウィレミナの護衛に声をかける。


「そこのあなた、ウィレミナ様をこちらに連れてきてくださ───」


 声をかけた護衛が腰の剣に手を伸ばす。

 ぎらりと殺意がほとばしる瞳。


(こいつも刺客……!)


 アンジェは刺客がリオノーラに近づく前に、体当たりをかけた。


「ぐっ! この!」

「っ!」


 だけどアンジェの体当たりでは転ばせるところまではできず、刺客は少し体制を崩しただけだった。

 アンジェは刺客の膝関節に蹴りをいれようとするが、ドレスの裾が邪魔で、足が重い。

 一瞬の違和感を感じている間にも刺客は体勢を立て戻す。


「死ね!」

「させない!」


 刺客はあくまでもリオノーラを狙う。

 アンジェはドレスの裾をはね上げると、何かあった時のためにと隠していた短剣を引き抜いた。


「アンジェ!」

「姫様、下がって!」


 アンジェは姿勢を低くし、相手の剣先を弾いていく。

 数合打ち合ったアンジェは、相手の油断を引き出した。

 攻めて、攻めて、受け流すと見せて、相手が上段から剣を振り落とした瞬間、それを避ける。

 するりと刺客の背中側へとまわり、そのまま背中から体重をかけた。


「うぁっ!」

「吐け! 誰の命で動いた!」

「ぐっ……」

「言わねばその首かき切るぞ!」


 腕をひねりあげ、アンジェは男に全体重をかける。

 だが刺客はにやりと笑う。


「護衛のほとんどは部屋の外……。部屋の中には令嬢四人……。他のお嬢様がさすがにお前みたいなクソガキではないだろう。───俺たちの勝ちだ」


 おそらく屋根の上に潜んでいたのか、テラスに降り立つ黒い影。


(三人目……!)


 気づいた護衛が黒い刺客に向かっていくが、相当な手練れなのか、一撃で昏倒させられていく。

 アンジェは下敷きにした刺客のひねった腕に、全体重をかける。

 骨を、折る。


「うぁぁぁぁぁぁ!」


 男の絶叫を最後まで見届けることもなく、アンジェは刺客の長剣を奪い取った。

 アンジェの愛剣の二倍は重い。

 だけど、振れないわけじゃない。

 三人目の刺客がリオノーラに近づく。

 アンジェは短剣を投げた。

 三人目の刺客は、投げつけられた短剣をするりと避ける。


「姫様、壁際に!」


 アンジェはなんとか刺客とリオノーラ間に割り込むと、刺客に向けて剣を突きつける。


「あ、アンジェ……!」


 不安そうなリオノーラの声が聞こえるけれど、アンジェは刺客から目が離せなかった。

 身のこなしを見るに、アンジェより確実に強い。


(時間を稼ぐ? 援軍は? 外の護衛は何をしている? 姫様が一番安全になるのは?)


 アンジェは頭のなかでどうすればこの状況を切り抜けられるのか、道筋を立てていく。

 緊張に汗がにじむ。


「……女の護衛と聞いたから楽な仕事とばかり思っていたよ。まさかドレスを着た騎士がいるとはな。滑稽な姿だ」


 対峙した刺客がそう言う。

 アンジェは僅かに眉をひそめたけれど、ふっと笑って見せた。


「好きに言えばいい。でも私がドレスを着ていたから、あなたは姫様の命を奪えないってこと、覚えていた方がいい」


 アンジェは剣を構える。


「降伏しなさい。さもなければ痛い目を見る」

「どっちの話しかな」


 刺客が動いた。

 鋭く一点を狙ってきた相手の剣を、アンジェは柄を使って受け流す。

 アンジェは、下段から刺客を切り上げようとしたが、刺客は体を大きくそらして、切っ先を回避した。

 最初は二人とも軽く様子見だった剣の動きが、段々と熾烈さを増していく。

 斬っては守り、近づき離れ、突いては引き下がる。

 アンジェと刺客の激しい攻防に、誰も動けない。


「なかなか良い太刀筋だ。王族付きになるだけはあるか。だが、甘い!」

「っ!」


 アンジェの剣が弾かれる。

 ビリビリとアンジェの手がしびれた。

 アンジェの筋力の限界が、近い。

 受け流すのは無理だと思ったアンジェが、間合いの間隔を変えた。

 だが、それが裏目に出る。


「っ、!」


 刺客は、アンジェが逃げる場所を誘導し始めた。


(まずいまずいまずい!)


 このままでは壁に追い込まれる。

 アンジェは剣で再度受け流し始めた。


「逃げるのはやめたのか?」

「ほざけ!」


 アンジェの瞳孔が開かれる。

 アンジェは剣をまっすぐに突きだす。

 刺客はそれを軽くいなす。

 勢いのままアンジェはまっすぐに進むが、アンジェは最初からそれを狙っていたかのように、身体と腕を回転させる。

 身体のしなやかさはアンジェの武器。

 小柄なゆえに人より歩幅が小さいのもアンジェの武器。

 剣を捨て、すり抜けた刺客の首に腕を伸ばす。


「んぐ、ぁ!?」


 さすがに剣を捨てることは予想だにしていなかったのか、無防備だった刺客の首にアンジェの腕が絡みつく。

 そのまま背中側から、アンジェは刺客に組みついて、その首を締め上げた。


「大人しく降伏するなら気絶するだけで勘弁してあげる。抵抗するならへし折る」


 淡々と述べたアンジェに、刺客は地面に膝を付きながらも笑った。


「だ……れ、が……!」

「ならば死ね」


 アンジェはそう言うと、締め上げる腕に力を込めた。

 しばらくもがいていた刺客だが、やがて力尽きたように脱力した。


「あ、アンジェ……? 殺してしまったの?」

「安心してください。酸欠で気絶しただけですよ。殺しては黒幕を吐かせれませんから」


 リオノーラがおそるおそるアンジェに近寄ってきた。

 リオノーラの不安げな言葉に、アンジェはさらりと返す。

 室内が落ちつく頃、ようやく庭にいた護衛達も部屋の中へと戻ってきた。


「団長、お怪我は」

「大丈夫。問題ないよ」

「さすがだね。一人で刺客二人をやるとは……いやはや若いって怖い」


 シェリーとヒルダも戻ってきて、アンジェを褒めた。

 アンジェとしてはもっとスマートに片づけたかったのだが……あまり騎士らしくない戦い方だったという自覚があるので、褒められたところであんまり嬉しくはない。

 シェリーとヒルダにガーランド家の護衛と連携し、調査を進めるように指示を出すと、アンジェはリオノーラ達の方へと向き直る。


「姫様。こんな騒動があってはお茶会の続行もできません。こちらの件の処理もありますので、本日のところは」

「ええ、そうね」


 アンジェの進言に、リオノーラはこっくりと頷いた。

 それからドレスをつまみ、低く腰を落として淑女の礼をする。


「皆様、こんな時に申し訳ございませんが、退出させていただきます。ウィレミナ、また誘ってくださいね」


 簡単に退出の挨拶を述べたリオノーラが、アンジェ達を引き連れ、部屋を出ようと足を向ける。

 すると。


「お、お待ちください!」


 ウィレミナがリオノーラを引き止めた。

 リオノーラが振り返る。


「なにかご用?」

「そ、その……あ、アンジェ様! アンジェ様は何者なのです!? 刺客と対等に渡り合えるご令嬢など聞いたこともありませんわ!」

 

 ウィレミナが胸に手を当て、強い言葉でリオノーラに問いかける。

 リオノーラは一瞬だけきょとんとして目を瞬いたけど、ゆっくりとアンジェを見た。

 その目が「教えてあげて」と語っているように見えたアンジェは、ため息をつきそうになりながらも、ウィレミナ達に向き合う。


「ご挨拶させていただきます。私は、スハール王国第四騎士団騎士団長の任をお受けいたしました、アンドレア・ジルベールともうします。どうぞ、お見知りおきを」


 ドレス裾をさばき、胸に手を当て、騎士の礼をする。


 アンジェが顔を上げるタイミングで、リオノーラはウィレミナに向かってにっこりと微笑んだ。


「どう? わたくしの騎士はかっこいいでしょう?」




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