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甘いお菓子とお茶会

「リオノーラ姫、ようこそおいでくださいました」

「こちらこそお誘いいただき、ありがたく存じますわ」


 ガーランド侯爵家にやって来たリオノーラは、出迎えた令嬢ウィレミナと挨拶を交わす。

 ウィレミナは赤いドレスに金の髪、強い青の眼差しと、まるで情熱的な薔薇を思わせるような容姿をしていた。

 アンジェもリオノーラに合わせて淑女の礼を取る。

 ドレスをつまみ、腰をおとしたアンジェに、ウィレミナは(まなじり)をつり上げた。


「リオノーラ姫、そちらの方はどなた? わたくし、存じ上げませんが?」

「アンジェと言うの。わたくしのお友だちよ」

「まぁ、そうなんですの。……失礼ですが、家名をお聞きしても?」


 アンジェはちらりとリオノーラを見やった。

 リオノーラは困ったように眉を下げるだけで、うんとすんとも言わない。


「申し訳ございません。家に迷惑をかけるわけにはいかないので、ご容赦くださいませ。ウィレミナ様」

「わたくしが無理を言って連れてきてしまっているのよ。困らせないであげて」


 ウィレミナは眉をしかめたが、リオノーラにやんわりとたしなめられるとあっさり引き下がった。


「左様でございますか。では、どうぞ中へ」


 ウィレミナはアンジェに一瞥をくれると、二人を中へと招き入れた。

 一瞬だけ剣呑になったウィレミナの視線に、アンジェはぐっと姿勢を正す。

 先導するウィレミナの後ろを着いていくと、リオノーラが小声でアンジェに話しかけた。


「家名はできるだけ内緒にして頂戴。ウィレミナはわたくしに難癖をつけるのがお好きだから」


 そう言うリオノーラは小さく唇を尖らせた。


「お母様の言いつけじゃなかったら来なかったのに」

「王妃様の?」

「そう。ウィレミナは母方の従姉妹なのよ」


 それでアンジェは合点がいった。

 身内ゆえに、断るものも断れない、ということらしい。

 リオノーラも難儀だなと思いつつ、アンジェは前を歩くウィレミナの背中を見た。

 ウィレミナは屋敷のある一室に二人を通す。

 そこにはかなり大きな客間になっており、庭へと降りれるテラスもあった。

 そのテラスに、二人のご令嬢がお茶のテーブルを囲んでいた。


「お二方、リオノーラ姫がいらっしゃいました」

「ごきげんよう、エレナ、ミレーユ」


 リオノーラが淑女の礼を取ると、先にいた。二人の令嬢も席を立ち、挨拶を述べる。


「ごきげんよう、リオノーラ様」

「ごきげんよう、あら、見なれぬお顔ね」


 エレナ、ミレーユと呼ばれたご令嬢がさっそくアンジェに視線を向ける。

 アンジェもまた、淑女の礼を取った。


「アンジェ、と申します。以後、お見知りおきを」

「まぁ、アンジェ様とおっしゃるの。わたくしはエレナ。よろしくあそばせ」

「わたくしはミレーユ。ゆっくりしていって頂戴」


 クスクスと笑う二人に、アンジェは愛想笑いを返した。

 ここに集まったのは比較的アンジェと近い年齢の少女達だ。孤児院の頃、年の離れた姉妹兄弟はいたけれど、こんなに同年代の少女達とテーブルを囲んだことはなくて、アンジェは少しだけドキドキとした。

 その上、テーブルに並ぶのはピンクや白のふわりとしたカラーのメレンゲ菓子や、イエローやオレンジの柑橘類のゼリー、ブルーやレッドのベリーソースがかかったケーキなど。およそアンジェには贅沢な分類に入るようなお菓子も沢山並べられていて、アンジェは思わずそわそわとしてしまった。


「本日のお紅茶は我がガーランド領より取り寄せた茶葉を使用した、ブレンドティーですわ。お砂糖がなくても甘く感じられる風味が特徴ですの」


 ウィレミナの合図で、メイドが一人一人に紅茶を注いでいく。


「香りも甘いのね」

「ええ。どうぞ召し上がって」


 リオノーラとウィレミナの会話を聞きながら、アンジェはティーカップに口をつけた。

 リオノーラの言うように、香りからして甘い。砂糖壷の中の匂いを凝縮したような匂いだ。だけど一口を口に含めば、確かに砂糖のような甘さが後味をひいた。


「飲みやすいですね」

「ほんとうだわ」

「さすがウィレミナ様。素敵なお紅茶をありがとうございますわ」


 アンジェとエレナ、ミレーユもお茶を飲んで口々に感想を言い合う。

 満足そうに頷いたウィレミナは、テーブルの上を占める他のお菓子もすすめた。

 アンジェは毒味を兼ねて、リオノーラが手をつける前にお菓子に手を伸ばした。

 アンジェが手を伸ばしたのはピンクのメレンゲ菓子。

 一つかじったアンジェの表情が変わる。


「……あまい」


 ほわっと笑み崩れたアンジェ。

 幸せそうにむぐむぐ食べるアンジェに、同席している令嬢達がほっこりと笑った。


「まぁまぁ、アンジェ様は甘いものがお好きなの?」

「ほらケーキもあるのよ、お食べなさい」

「おまちなさいな、アンジェはわたくしが連れてきたのよ」


 談笑をすすめる。

 主催であるウィレミナをよそに、三人でアンジェにお菓子を勧める。

 アンジェは勧められるまま、お菓子を食べた。

 普段、アンジェはお菓子を食べない。

 甘いものは好きだが、孤児院の頃から贅沢は控えていたので、自分からすすんで甘いものを食べることはしなかった。

 だからこそ、たまのお菓子にアンジェは骨抜きになってしまった。


「……そういえばリオノーラ姫。女性が騎士になったと」

「ええ。ほらあちらにいるでしょう? あの二人がわたくしの今の護衛よ」

「まぁ。身体が大きいので男性かと思いましたわ」


 アンジェはケーキを食べながら、分かりやすく向けられたウィレミナの嫌味に視線をあげる。

 ちらりと隣のリオノーラを見れば、リオノーラは笑顔を絶やすことなく微笑んでいた。


「ふふ、頼りがいがあるでしょう?」

「でも男性ほどではないでしょう? 女の細腕では男性に勝てないでしょうに」

「そんな事はないわ。彼女達は男性にも勝るからこそ、騎士として取り立てられたのよ」

「まぁまぁ、そんな大袈裟な。わたくしなんてペンすら重く感じる時すらあるというのに、剣なんて」

「それは、彼女達とウィレミナ様とでは鍛え方が違いますから」


 どうしても難癖をつけたいのか、リオノーラとウィレミナが言い合う。

 アンジェも最初は大人しく聞いてはいたが、さすがにそれはないだろうというたわけたことをウィレミナが言ったので、つい口を挟んでしまった。


「……まぁ、あなた。わたくしに口答えをする気?」

「いえ。事実を述べたまでです」


 じろりとウィレミナがアンジェを睨む。

 アンジェはウィレミナの視線を涼しい顔で受け流したが、ウィレミナはそれが気にくわなかったようで目をつり上げた。


「そう言うならわたくしの護衛と模擬戦をしてみましょうよ。ふふ。万が一にわたくしの護衛に負けたら、リオノーラ姫も大変ね? 弱い騎士なんてつけては護衛としての意味もないんだから」

「ウィ、ウィレミナ様~!」

「模擬戦なんて野蛮な……!」


 エレナとミレーユが不安げになるが、リオノーラは不敵に笑って見せた。


「いいでしょう。その代わり、わたくしの騎士が勝ちましたら先程の言葉は撤回してくださいませ? いずれ女性騎士はこの国の支えになる方達ですので」


 リオノーラもひそかに腹が立っていたようで、ウィレミナの挑戦を真っ向から受けてたった。

 アンジェとしてもこれは是非とも受けて立って欲しい案件だ。

 それにここで女騎士の強さを少なからず示すことができれば、第四騎士団の地盤を固める一手になりえる。


「イーノック、庭へ。お相手差し上げて」

「こちらはそうねぇ……ヒルダはどう?」


 イーノックと呼ばれたウィレミナの護衛と、指名されたヒルダが庭へと降りる。


「さぁ、二人とも戦いなさい」


 ウィレミナがそう言えば、イーノックとヒルダは困惑したように互いの顔を見合わせた。


「……あら?」

「早くしなさい」


 アンジェはため息をつく。

 苛立ちながら庭に声をかけるウィレミナの目を盗み、アンジェはリオノーラに耳打ちをした。


「……確かにそうね? シェリー。貴女、審判をなさい。ルールは貴女に任せるわ」

「はっ」


 稽古ならともかく、試合となれば審判がいるし、ルールも必要だ。

 木剣ならばともかく、真剣の場合、殺すことが目的ではないのなら大事故にならないようにも必要だ。

 シェリーも庭へと降り、ようやく試合が始まる。


「どちらかが剣を落とすか、急所に剣を突き付けた方が勝ちです。異論は」

「ない」

「ないよ」

「では構え───開始!」


 シェリーの合図で突発的な試合が始まる。

 最初に動いたのはイーノック。

 真っ向勝負でヒルダに剣を上段から振り下ろした。

 ヒルダはそれを剣で受け流す。

 ヒルダは受け流した勢いのまま、自らイーノックの懐に入り体当たりを食らわした。


「ぐっ……」


 よろめくイーノック。

 だが、倒れるまではいかず、剣を横に凪いだ。

 ヒルダは後方に飛んで回避する。

 そうやって剣を打ち合い攻防していく二人の様子見て、リオノーラが笑った。


「どう? わたくしの騎士は負けていないでしょう?」

「どうだか……。イーノック! 本気を出しなさい! 本気を!」


 女相手に手を抜いていると思ったのか、ウィレミナはそんな事を言い出す。

 ウィレミナが声をかけた拍子、一瞬だけイーノックの注意がそれた。


「よそ見はいけないねぇ?」

「い゛っ……!?」


 ヒルダが笑いながら、剣の束でイーノックの手の甲を思いっきり殴った。

 痛みで、イーノックが握っていた剣がすべり落ちる。

 拍子抜けするほどあっさりした試合に、一瞬、場が静まり返った。


「勝者、リオノーラ姫方ヒルダ!」


 シェリーが宣言をする。

 アンジェがパチパチと拍手をすれば、リオノーラとエレナ、ミレーユも拍手をして、試合をした二人を労った。


「怖かったわ! 剣が鋭くてひやっとしましたの!」

「ヒルダ様はかっこいいですわね、あんなにあっさりと殿方を倒してしまうなんて」


 きゃあきゃあと言い合う令嬢達に、リオノーラは得意気になった。


「そうでございましょう? 女の身なれど、決して男に劣る道理はないのです」

「素晴らしいわ。わたくしも女性の護衛が欲しいです」

「それに女性なら、男性同伴では行きづらいお店にも行けそうね」


 エレナとミレーユが手放しでヒルダを褒めると、ウィレミナがきっとリオノーラを睨み付けた。


「た、たまたまでしょう、こんなものは」

「たまたまでわたくし付きの騎士になんてなれないのよ、ウィレミナ?」

「……ふん」


 ウィレミナは悔しそうにそっぽを向いた。


「興が冷めましたあとは皆様でお好きにどうぞ」


 ウィレミナがそう言って、立ち去ろうとした。

 その時だった。

 ピリッとアンジェの肌が粟立つ。

 アンジェは違和感を感じた方を見た。

 庭の木上、葉に紛れて弓をつがえる、黒い影。


「伏せて!!」


 アンジェは咄嗟にリオノーラに覆い被さるように伏せる。

 アンジェの声に周囲が反応するよりも早く、リオノーラが座っていた椅子に、矢が突き刺さった。



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