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第四騎士団、仮設立

 ヒューゴーの書類にサインをしてから一ヶ月もしないで、第四騎士団が仮設立された。

 本設立ではなく、一ヶ月間のお試し期間らしい。

 滞りなく進むようであればさらに一年と期間を伸ばし、その後ようやく新設騎士団としてお披露目がされるそうだ。

 肝心なのはこの一ヶ月。

 この一ヶ月で成果が上げられなければ、この話はなかったことになるらしい。


「ヒューゴー様も人が悪い。成果も何も、このままじゃなんにもないでしょう」

「本当にな。ったく……このままだと腕が腐っちまう」


 アンジェを挟んで頭上で会話をする美女が二人。

 まずアンジェの右側。金髪を高い位置でくくり、言葉も態度も丁寧な女騎士の名前はシェリー。辺境伯の私兵隊から引き抜かれた、れっきとした女軍人だ。

 次にアンジェの左側。くすんだ赤髪に焼けた肌、ちょっと乱雑な言葉と態度が目立つエキゾチックな女騎士の名前はヒルダ。元冒険者で、冒険者としての実力は指折りらしい。

 頭一つ分背の高い場所から繰り出される会話に耳を傾けながら、アンジェは最近知り合った二人の女騎士を連れて、まっすぐ目的地を目指す。


「二人とも、そろそろ近いから口を閉じて」

「はい」

「ん」


 素直にアンジェの言葉を聞いてくれる二人は、くせ者揃いの女騎士の中で一番話がしやすい。

 十名ほどしかいない第四騎士団だが、そのリーダーがアンジェのような小娘と知り、アンジェのことをなめきっている女騎士もいるのだ。

 アンジェも、自分より経験のある軍人や冒険者を差し置いて騎士団長になるなんて……と最初は思ったが、ヒューゴーに「お前が一番伸び代があるんだ。若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言われ、無理矢理納得した。

 アンジェは二人を従え、王宮の奥向きにある、とある一角へと赴く。

 人通りもかなり限られたところまで進み、一際立派な扉の前に来ると足を止めた。

 扉の前には二人の男性騎士がいた。


「お疲れ様です。交代の時間です」

「お疲れ様です。身分証をお願いします」


 アンジェは新しく作った「アンドレア・ジルベール」の騎士としての身分証を見せる。シェリーとヒルダもそれぞれ見せると、男性騎士は頷いた。


「第四騎士団アンドレア・ジルベール、ならびにシェリー・マイヤーとヒルダ・エアハートがお見えです」

「どうぞ」

「失礼します」


 アンジェが部屋に入ると、とても華やかな花の香りが漂った。

 部屋の調度品は柔らかい色合いで、若い女性が好みそうな可憐な花や鳥の細工が散りばめられている物が多い。レースやフリルもふんだんに使われて見るからに贅沢な部屋のあつらえだ。

 そんな部屋の中央のソファに座る少女が一人。

 年はアンジェと同じくらい。

 清廉な銀の髪に濃い深緑の瞳。

 ドレスに身を包んだ少女は、スハール王国の第一王女、リオノーラ姫だ。


「待っていたわ、アンドレア! わたくし、あなたが来るのを待っていたのよ!」

「ご機嫌うるわしく存じます、姫様。でも失礼ながら、お話の前にお仕事をさせてください」


 可愛らしい声をちょっとだけ大きく響かせて、アンジェの来訪を喜ぶリオノーラに、アンジェは真面目な顔でストップをかけた。

 リオノーラが機嫌よく「分かったわ」と身を引いてくれたので、アンジェは一礼して、部屋の中で待機をしていた三人の女騎士のうちの一人に声をかけた。


「引き継ぎを」

「特記事項特になし。以上」

「分かりました。ではお疲れ様でした」

「失礼します」


 仕事は仕事だと割りきってくれてはいるらしく、必要事項だけ端的に報告した女騎士はあっさりと退出していった。

 それを見送って、アンジェはもう一度リオノーラの側に歩み寄る。


「姫様、お待たせしました。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ええ、ええ! 待っていたわ! ねぇアンジェ、お願いがあるのよ」


 リオノーラはアンジェと年が近いせいか、何かとアンジェと話をしたがった。

 今日もまた他愛ない世間話をせがまれるのかと思ったら、アンジェの予想から離れたお願いをされる。


「今度私の行くお茶会に着いてきてほしいの」

「お茶会、ですか?」

「そうなの」

「護衛の仕事があるので行きますけど……」

「違うわ、護衛じゃないわ。護衛じゃなくて、わたくしのお友達としてよ」


 突拍子のないリオノーラのお願いに、アンジェは目を丸くした。

 一瞬、言葉が飛んで、思わず壁際に待機しているシェリーとヒルダを見た。

 シェリーは真面目な顔だし、ヒルダは面白そうに目元を細めているだけ。

 どう返答するのが正しいのだろうかと困惑していると、援護をしたのはリオノーラの侍女だった。


「件のお茶会ですが、ガーランド侯爵令嬢ウィレミナ様が開かれるお茶会でございます。ただ、姫様とウィレミナ様はあまり仲がよろしくなく……。その上、普段付き添いをお願いしているご令嬢が、今回ご用事のために付き添いができなくなってしまったのでございます」


 さりげなく寄ってきた侍女がアンジェの手を握った。

 そして熱心にアンジェにお願いをする。


「どうかお受けくださいませ。もちろん、必要なものはこちらで全てご用意いたします」


 侍女はそうお願いすると、小声で、リオノーラに聞こえないようにさらに言い募った。


「ウィレミナ様は騎士や侍女の目の届かないところで姫様に嫌がらせをされることがございます。姫様はいたずらに事を大きくはしたくないようで言いませんが、万が一のことがありましたら……」


 そうまで言われては、アンジェも頷かないわけにはいかない。

 アンジェはこっくりと頷いた。


「分かりました。私で良ければ参加いたします」

「まぁ嬉しいわ!」


 リオノーラは顔を輝かせる。


「お茶会は一週間後よ! あぁ、あんなに憂鬱だったのに、アンジェが来てくれるならとても楽しみになってきたわ! そうだわ、アンジェはドレスを持っている? お茶会にふさわしい素敵なドレス、せっかくだからわたくしとお揃いのものを……」

「姫様とお揃いなんておそれ多いです」

「まぁ、お嫌なの?」


 しょんもりとするリオノーラにアンジェは困ってしまった。


「嫌ではないですが……でも私、ドレスなんて着たこともないし」

「大丈夫よ! わたくしに任せて! とびきり素敵なドレスをアンジェに着せて差し上げるわ!」


 笑顔の花を咲かせるリオノーラに、アンジェはたじろいだ。

 断りたいが、断ってしまうと不敬になってしまうだろうか。

 そうっと背後の様子を伺えば、シェリーは微笑ましそうにしているし、ヒルダはますます面白そうだと言わんばかりに目元が笑っていた。

 結局折れたアンジェは、リオノーラにドレスの件はお願いすることにしたのだった。






 リオノーラの私室の護衛が終わったアンジェは、その足で第一騎士団にお茶会当日の段取りについて聞きに行った。

 元々、リオノーラの護衛を含め、王族の護衛は第一騎士団の仕事だった。

 女性王族に限定されるが、第四騎士団は一部、第一騎士団から仕事を引き継ぐ形になる。

 今はまだ王女の護衛だけだが、これが本当に第四騎士団の設立が決まれば、王妃や側妃の護衛も含まれるようになるらしい。今の人数では到底できる気もしないが、ヒューゴーはそこら辺をちゃんと考えているのか聞きたい今日この頃である。

 第一騎士団ではあまり歓迎はされなかったものの、仕事は仕事だと割りきってくれているようで、お茶会当日の段取りについて丁寧に教えてもらった。

 メモをまとめ、実際の当日の段取りの原案をまとめたアンジェが一段落着く頃には、すっかり外も暗くなってしまっていた。


「あー……帰るのめんどくさいな……」


 ぼやくアンジェだが、日が落ちてしまったのは自分の仕事が遅いせいだと諦める。

 第四騎士団用の仮の執務室から出たアンジェが、お腹をすかせながら騎士団の建物内を歩いていると、偶然、見知った顔と出会った。


「ロランド?」

「え、アンジェ?」


 ロランドが驚いたようにアンジェを見る。

 アンジェもまた驚いて、目をぱちくりさせた。


「哨戒任務?」

「え、あ、うん。そうだけど、よく分かったね?」

「まぁね」

「それよりアンジェはなんでここに? その騎士服、もしかして今噂の第四騎士団? アンジェいたの?」

「そうだよ」

「え~、言ってくれればいいのに」

「言ったところで魔獣退治がメインの第三とは仕事する機会ないし」

「ぐっ、冷たいやつ」


 ロランドが唇を尖らせる。

 一拍置いて、二人の視線が交じわうと、どちらからともなく笑い出した。


「元気そうで何より」

「ロランドこそ。第三の訓練きついでしょ。着いていけてる?」

「まぁ、なんとか。ネイト先輩に普段からこき使われてるから、体力もかなりついた」


 むんっと力こぶを作るポーズをするロランドに、アンジェは羨ましそうな表情を向けた。


「いいな。私も筋肉ほしい。ムキムキになりたい」

「いやいやいや、止めといた方がいいよ。アンジェにムキムキは似合わないよ」

「そんなことないよ。うちの騎士団のお姉様たち、皆私より力がある。なんで私、身体小さいのかなぁ……」


 アンジェの成長期は二年前に止まってしまった。もうこれ以上伸びることのない身長を恨んで、アンジェはため息をつく。


「マッチョになりたい……」

「やめて。マジでやめて。僕、泣いちゃう」


 心底真面目なトーンで言い返したロランドに、アンジェは首を傾げた。


「なんでロランドが泣くの」

「アンジェがこれ以上強くなったら俺の立場がほんとないから」

「なにそれ」

「いやもう笑い事じゃないってば」


 情けない声を出すロランド。

 その様子が昔のロランドにそっくりで、アンジェは思わず声をあげて笑ってしまった。


「アンジェは楽しそうでいいね」

「まぁね。仕事の方もようやくやりごたえのあるものが来たし。これからが正念場だよ」

「そっか、それはいい」


 うんうんと頷くロランド。

 月明かりの差し込む窓辺で、彼の顔の陰影を見ていたら、ふとヒューゴーの言葉を思い出した。


「そういえばロランド。ロランドは魔獣と戦った?」

「え? 何回か戦ったけど……」

「死にそうな時とか、あった?」

「急に不穏だね。別にそんなギリギリな戦いかたはしてないけど……」


 話の意図が読めないらしいロランドが首を傾げる。

 アンジェはヒューゴーの言葉を手短にまとめて話した。

 騎士が殉職してしまう理由について。


「生きることに未練がないから、かぁ」

「別に私も死にたい訳じゃないんだけどね。ロランドは言葉の意味分かる?」

「あれかな、自分が死んでも第二第三の自分が現れるからいいやっていう?」

「それは本の読みすぎでしょ」

「あながち言えてると思うけどな」


 二人で首を捻ったが、さっぱり答えが分からない。


「未練がなくても、実力さえあれば問題ないと思うんだけど。死ぬ時は実力が足りなかったとき」

「手厳しい。あ、でも」


 ふと、ロランドが何かを思いついたように声をあげた。


「僕、今すぐ死ぬとしたらちょっと困るかな」

「どうして?」

「僕が騎士になったのはアンジェを守るためだから。死んだらアンジェを守れないじゃないか」


 ロランドはウインクまでしてみせる。

 アンジェは口元をゆるめながら、もう一歩だけロランドに近づき、彼の額に手を伸ばして、指で弾いた。

 ロランドが反射的に目をつむる。


「痛い」

「生意気。そういうのは私より強くなってから言いなよ」


 きざたらしいロランドを笑ったアンジェは、一歩ロランドから離れると、また歩き出した。


「それじゃ、仕事頑張って」

「ありがとう。おやすみ、アンジェ」

「おやすみ、ロランド」


 二人は、まるで孤児院にいた頃のように夜の挨拶を交わすと、互いに背を向けて歩き出す。

 ……その様子を少し離れた廊下の影でユルバンが見ていたことに、二人は終始、気づかなかった。



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