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少女は孤軍奮闘する

「やっぱり、血の臭いにつられてきた……!」


 予想はしていた。

 今の時期、フォレスト・ウルフの縄張りがどこまで広がっているのか分からない。

 そんな時期に浅い場所とはいえ森に入り、あまつさえ、血を流したのだ。

 フォレスト・ウルフの嗅覚は人間の一億倍と言われている。

 フォレスト・ウルフがもし近くにいたら、当然のように嗅ぎ付けてくるのは予想できた。


「先生、その子の血をこのハンカチで拭って、私に頂戴。森に捨ててくる」

「えっ、あ、アンジェっ? それではあなたが危険だわ!」

「私は大丈夫。いいから先生はすぐに孤児院に。カールはマルコに魔獣が近くに来ているから家から出ないように伝えること」

「アンジェ!」


 マリーとカールの制止もきかず、アンジェは子供の血を拭ったハンカチを持つと、フォレスト・ウルフと一定の距離を開けて森へと入る。

 ハンカチを持てば数匹のフォレスト・ウルフがアンジェに、つられた。

 しかし。


(つられない奴がいる!?)


 動いたアンジェを気に止めることなく、村の方を見て動かないフォレスト・ウルフもまた数匹いて。

 二手に分かたれた上に、フォレスト・ウルフは遠吠えをもう一つあげると、マリー達を襲うべく森から飛び出そうとする。


「させない……!」


 アンジェは大きく息を吸うと、ハンカチをその場に落とす。

 ハンカチの血の臭いにつられて視線をアンジェからそらしたフォレストウルフの頭蓋を一つ、突いた。

 破裂したように血が流れだす。

 仲間の血の臭いを感じ取ったらしいフォレスト・ウルフ達が、マリー達から視線を外してアンジェを見た。


「先生! 逃げて! 早く!」

「え、えぇ……」


 アンジェが声を張り上げるが、マリーは放心したように頷くだけで、手足が動かない。

 これは不味いと思ったアンジェは、もう一体、フォレスト・ウルフを屠る。

 血に濡れた剣に、フォレスト・ウルフ達は鼻をひくつかせる。

 だが、仲間意識の強いはずのフォレスト・ウルフの意識が完全にアンジェに向かはない。

 まずいと思ったアンジェはもう一度声を張り上げる。


「カール! 逃げなさい! 動けない奴に剣は使えない!」

「っ!」


 マリーと一緒に動けずにいたカールだが、アンジェの言葉にハッとするとぎこちはないが、マリーの腕と怪我をした子供の手を引く。


「いくぞ! にげないと!」


 ようやく走り出したマリー達。

 だが、一歩、遅かった。

 森に潜んでいたフォレスト・ウルフが飛び出す。

 アンジェは舌打ちをすると、自分と対峙していたフォレスト・ウルフを一匹無視して、一目散にマリー達を襲おうとした先頭のフォレスト・ウルフの横っ腹に剣を突き刺す。

 剣を抜くよりも早く、アンジェが無視したフォレスト・ウルフが襲ってきたのでその横っ面を蹴り飛ばした。

 フォレスト・ウルフの腹から剣を抜く。

 返り血が、アンジェのワンピースの裾を汚すが、構っていられない。

 なんとしても村への侵入を防がなくては。

 その一心でフォレスト・ウルフを次々と屠っていく。

 だが、目視できていたフォレスト・ウルフを五体ほど屠ったところで、アンジェから離れた場所から村へと侵入していく六匹目のフォレスト・ウルフを見た。

 そしてそのフォレスト・ウルフの先には、腰を抜かした村の子供がいることも。

 血の気が引いていく。

 どうしてあんなところに子供が、とか。

 村の中で血は流したくない、とか。

 脳内に過ったのは一瞬。

 条件反射のように足が動いた。

 手が動いた。

 アンジェの持つ剣は、正確にフォレスト・ウルフの喉を突いた。

 血がたくさん、流れた。

 アンジェはすぐに剣を抜くと、怯えて動けない子供を抱き上げる。

 手が塞がるのはまずいが、子供をここに置いておくのもまずい。

 村の人気のある所まで行くと、カールがうまく伝えてくれたのか、マルコが皆に声をかけて家の中に避難するように声をあげていた。


「マルコ! この子お願い!」

「うわっ、アンジェ血だらけじゃんか! 大丈夫なのか!?」

「全部返り血。だけど、血の臭いにつられて魔獣が来ちゃうから、急がないと……!」


 アンジェが言っている側から、アンジェの後を追って来たらしいフォレスト・ウルフの姿が見えた。

 アンジェはふっと小さく息を吐くと、足に力をこめ、瞬発力をもってフォレスト・ウルフに接近した。

 アンジェは腕をまっすぐに伸ばし、向かってくるフォレスト・ウルフの(あぎと)へ突き刺す。

 フォレスト・ウルフの胴を蹴り飛ばすように剣を抜き取った。


「……手伝おうか」

「いらない。生半可な腕で剣を握っても怪我人が増えるだけ」

「きっついなぁ」


 マルコがおずおずと申し出た協力すらもアンジェは一刀両断する。

 マルコは苦笑いをしながら、せめて避難指示だけはと声を張り上げた。


「家から出るなー! 外に出るなー! 北西の森に近づくなー! 魔獣が来るぞー!」


 マルコはアンジェから預かった子供を抱き上げると、アンジェの方を向いた。


「アンジェ、本当に一人で大丈夫か?」

「くどい。問題ない。群れとはいえ、多くても二十体くらいのはず。うまく立ち回ればいいだけ」


 そう言うと、アンジェはレイピアを濡らす血を振り落とす。


「マルコ、良かったね。今日、私がいて」

「本当にな。騎士団は何してるんだか……」

「騎士団も組織だからね。迅速を心がけても初動は遅くなる。村長がいつ騎士団の派遣を申請したのかは分からないけど……」


 また一匹、二匹と、村に侵入するフォレスト・ウルフを見つけた。

 アンジェは目を細めると、剣を握り直す。


「騎士団が来る前に、カタをつけてやる」


 瞳孔が開き、口の端がつり上がる。

 エメラルドの瞳を爛々と光らせて、アンジェは駆け出した。





 アンジェの予想を上回り、フォレスト・ウルフの死骸は優に二十を越えた。

 やはり魔獣は通常の獣と違って知能が高いらしく、微妙に散りながら村へと侵入してきた。

 その上人の臭いを的確にかぎ分けているようで、何匹かのフォレスト・ウルフは家の戸口付近をうろつく様子さえ見受けられた。

 村人は皆屋内に入っているとはいえ、もし戸口を壊し始めたらとゾッとする。

 アンジェは身軽に一つの民家の屋根へと登ると、村の全貌を見渡した。

 転々とする魔獣の死骸以外には人影もない。

 もう侵入してくるフォレスト・ウルフはいないかと様子を見ていると、ふとある一ヶ所に目がいった。

 それはアンジェが、マリー達を助けるべく、胴を貫いたフォレスト・ウルフがいた場所。

 そこにフォレスト・ウルフの死骸はなく、森へと続く血の後が。

 血の気が引いた。


(まずい、まずい、まずい! 仕留め損なってた!)


 群れは一つじゃないはずだ。

 広大な森で繁殖するフォレスト・ウルフの数は、今アンジェが屠った数だけでは決してない。

 知能の高いフォレスト・ウルフが何を思って瀕死の体を引きずってまで森に帰ったのかは分からないが、近くに別の群れがいた場合、まず間違いなく、血の臭いにつられて新しい群れがやってくるに違いない。

 アンジェは舌打ちを一つすると、屋根から飛び降りた。

 水をこぼしたかのような血の跡を追いかけ、木々の合間を駆け抜けて、瀕死のフォレスト・ウルフを追う。

 手負いのフォレスト・ウルフは幸い、森の浅いところで息絶えていた。

 血の臭いを消すべく、近くに臭い消しになるようなものは無いかと辺りを見渡したアンジェの背筋に、冷や汗が滑り落ちていく。


「嘘でしょ……」


 森の奥から獣の息づかいが聞こえてくる。

 見通しの悪い森の中。

 一体、奥に何匹の魔獣がいるかは分からない。

 森で仕留めるか。

 村で仕留めるか。

 アンジェは一瞬考えた。

 その一瞬が、命取りだったかもしれない。

 もしくは一人で二十をも越える魔獣を屠った疲労が、アンジェの感覚を鈍らせたのかもしれない。

 ぼんやりしたアンジェ目掛けて、フォレスト・ウルフが森の木をなぎ倒す勢いで突進してくる。


「……っ!」


 気づいたアンジェは余裕でフォレスト・ウルフの突進を避けた……が。


「っ!」


 足場が悪く、膝がかくんと下がる。

 すぐに体勢を整えようとするが、別のフォレスト・ウルフがすぐさまアンジェに飛びかかる。

 無理は承知で、アンジェは踏ん張りのきかないまま、剣を薙ぐようにフォレスト・ウルフの横っ面に叩きつける。

 だがそんな事をすれば、アンジェの体に合わせて作られたレイピアは。


 ───パ、キン。


 半ばから折れた剣の刃先が、地面に刺さる。

 叩きつけられたフォレスト・ウルフは地面に転がる。

 アンジェは。

 剣の折れたアンジェは。

 アンジェの喉をかっ食らわんと飛びかかってきたフォレスト・ウルフと、目が合った。

 逃げようにも間合いが近すぎる。

 死を覚悟したアンジェが、諦めて剣を手離そうとした。

 でも、天はアンジェを見放しはしなかったらしい。


「剣を構えろ、アンジェ───!」


 フォレスト・ウルフすら怯む怒号が響き渡る。

 アンジェは反射的に剣を構えた。

 頭が折れた剣での間合いを計算し、身体が反射的に動く。

 アンジェが無心で繰り出した迷いのない一撃が、今にも食いちぎらんと大きく口を開けたフォレスト・ウルフの喉に深く突き立てられた。



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